第11部:霧散-5
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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「何だ、この騒ぎ?」
学校をパトカーが囲んでいて、それはたしかにただならぬ状態だった。
しかし教師が一斉に検挙されたとしても、アキラがここまで動揺するとは考えられない。第一、それをするくらいの心構えで活動をしてきていたはずだ。
アキラは何も言わずに立入禁止のビニールテープを潜り、ある場所へとカズヤを導いた。
「―――!」
一面血の海が拡がるそこに、アキラはしゃがみこんだ。
カズヤは事態がよく飲み込めない。一体何が起こったのだろう。一体誰の血なのだろう。
まさか、思い余った信吾が校長でも刺し殺したのだろうかと思い、周りを見回してカズヤは呆然とした。
担架に白い布をかけられて横たわっている人物。少しだけ覗いた黒髪が、誰であるかを物語っていた。
「あいつ、遺書なんか残して逝きやがった。学校教師全員を告発する内容の遺書を残して、死んで復讐を果たしやがった。あんなに、自分を大事にしろって言ったのに……」
奈槻がいつしかそこにはいて、涙を拭っていた。
「あいつは、オレが言った《春霧霞・夏青葉》の預言に逆らったんだよ。遺書も茶番にすぎない。あいつは自分の存在理由がなくなることが、一番怖かったんだよ。思いやれなかったオレの責任だ。自殺は生物として罪になる……」
アキラは困惑してはいたが、あまり哀しんではいないように見えた。
「あいつが、ここのくだらない教師連中の為に、自分の肉体の生命を賭けるかって。別の目的の為にやったんだから、いいんだよ」
カズヤは状況を理解できていなかったから、未だ信吾の死が実感できていなかった。当然、哀しむどころではない。アキラの冷たさの方が気になった。
「奈槻兄ちゃん、かすみちゃんの遺志だ、必ずこの事件を解決してくれよ。もう、こいつはオレの手を離れてしまったんだからな」
「言われないでも、そうするに決まってる」
奈槻は涙脆いようだった。反対にアキラは、表情を一切変えずに向かい風に立ち向かっていた。
「帰ろう、カズヤ。かすみちゃんの葬式の準備もある」
アキラは信吾の死体に背を向けた。
「あ、アキラ……」
カズヤは名前を呼ぶことしかできなかった。
「いいんだよ、司法解剖して、それからオレの家に送られてくるんだから、その身体は。
それに、それはもう、ただの脱け殻でしかない。あいつは汚れた身体を脱ぎたかっただけなんだよ。いいじゃねぇか、楽になれて。そう思ってやれよ、それがあいつの遺志なんだから」
カズヤは黙って付いていった。
そう、アキラの解釈はそういうものなのだ。哀しむだけなど、自分本位の感情は持たない人間なのだ。
それでもカズヤは哀しい。
違う考え方をする人間がいるのは、当然のことなのだ。ましてアキラは死者を詰るようなことを言っているのではなく、彼の遺志を考えているのだ。それでいいじゃないか、それがアキラなのだから。
「アキラ、何か手伝うか?」
カズヤは、努めて普通の声を出した。
「お前さあ、何もオレに合わせなくていいんだぜ。哀しくて当然なんだから、泣きたいなら泣けよ。別にオレはそれを責めたりするような、そこまで人でなしじゃねぇんだから」
アキラはカズヤに、小さなタオルを投げてよこした。振り向かずに投げるところが、彼女らしい気障なところだ。
「式の件は、オレの一族が取り仕切るから心配はないけどな、取り敢えず、お前のご両親に説明がてら挨拶もしなきゃならんだろう……って、お前、それで鼻かむんじゃねぇよ!」
「うるせぇっ、オレに貸したんだから、それくらい覚悟しろよな。オレは哀しいんだ」
「はいはい。オレの分もしっかり哀しんでくれよ。オレは自分の両親の分で、涙は使いきっちゃったんだよ。
……でも、そのタオルは洗濯して返せ」
しゃがみこんで泣くカズヤの頭を、アキラは優しく叩きながら、カズヤが立てるようになるまでそのままでいた。
この事件の所為で学校は混乱状態に陥り、授業は続けられてはいたものの、登校する生徒は半数にも充たない日々が続いた。
事件の事情聴取を受けているのは、校長を始めとした責任ある地位にある者たちで、一般の教科担任にはそれ程長い時間が、事情聴取に当てられはしなかったのだ。
転校する生徒は後を絶たない。それも当然といえば当然だ。
アキラはあの後すぐにカズヤの家を訪れ、カズヤの両親に挨拶がてら、事情を説明した。
実は既に朝刊を読んでいた両親は、自分の息子がこの事件に関わっていたことに、すぐ気が付いていた。しかし、それでもカズヤを叱ることはしなかった。
「いいのよ、カズヤのことなんかはね。でも、アキラちゃんも大変よねぇ。でね、どうして別人で転校できたのか、教えてくれない」
母親はあっけらかんと、的外れなことを言う。
「いや、謝らないでいいんだよ、アキラさん。こののんびり屋が、自分の意志で責任あることをしたのは、本当に初めてのことだ。やりきれたんだから、それでいい。おい、母さん、今日は赤飯かな」
父親も少し目の付けどころがずれている。
これにはアキラは呆然としていた。
「気にしないでくれ、どうせオレの両親なんだから」
カズヤは頭を抱えるしかなかった。
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