第10部:再会-4
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
http://ncode.syosetu.com/n9537d/
咳払いの合図からおよそ五分後。信吾はお酒を追加すると言い訳をして、ピーチたちの部屋から抜け出し、店の外に出た。
数台の覆面パトカーと、以前現れた私服警官とカズヤが信吾を待っていた。
「やくざとピーチとテルヒがいるわ。男二人はもうできあがってる。あたしたちはここで待ってるから、しっかり頼むわね。証拠は天井裏にあるわ」
「解った。ちゃんとカタつけるから安心しな。
それにしても、日向といいお前といい、どうして自分を大事にしないかね。お兄さんはそれが心配で堪らないよ」
「あなたたち権力を持った大人がしっかりしないからよ」
私服警官は嘯く信吾の肩を優しく叩き、数名の部下を連れて店内に向かって行った。
「な、あの刑事さんは知り合いなのヮ?」
カズヤは妙に親しげな私服警官に、何だか違和感を感じて訊ねた。
「月曜まで待ってね」
信吾は冷たく言った。その肩は震えていた。
六月とはいえ、天気によっては夜は涼しい。
しかし信吾が震えているのはその所為ではなく、神経が高ぶっているせいだ。もうすぐ、長かった信吾の戦いに終わりが来る。
「でっちあげだ!」
向こうから喚きながら、ピーチたち三人が、手錠で繋がれて現われた。
「お前ら、このことが上司に知られてみろ。困るのはお前らだぞ!」
ピーチは自分の兄の名前を喚き散らしている。
と、それまでカズヤに凭れかかっていた震えていた信吾が、突然背筋を伸ばして声のする現場へ向かって行った。
「なぁに、往生際の悪いこと言ってんの、センセ。さっき自分の口で、いろんなこと教えて下さったじゃない」
彼らは自分たちを接待した芸者が現われて、全てを理解したらしい。彼らの顔から、血の気が失せていくのがよく見えた。
「先生、忘れちゃったの?以前にも芸者に盗聴されて、あわや告発されそうになったわよね。今度は逃げ切れなかったみたいねぇ。残念」
信吾は手の甲を口元に当てクスっと笑っているが、仕草ばかりで顔は一つも笑っていない。
カズヤはその信吾の横に立ち、彼の用心棒を装った。勿論彼が鈴木和哉だとバレるような格好はしていない。
「思い出してくれたかしら。前科が多いから、もう執行猶予は付かないんじゃないかしら。あたしだけじゃなくって、いろんな女の子にも手を出してたみたいだし、その所為で心を壊した子もいるけど、そんなこと、あんたは気にしちゃいないでしょうねぇ。
あらあら、あたしが一体たくさんの芸者の中の誰か思い出そうとしてくれてるの。嬉しいわぁ」
ぎろりと芸者を睨みつけ、ピーチは必至に記憶を探ったが、悔しいかな、目の前の芸者の言う通り、思い当たる節が多すぎて特定できない。
「あ、そうそう、あんたは老若男女問わないんだっけ。数年前の芸者は、男だったものねぇ」
真っ青な顔で黙って睨みつけてくるピーチに、信吾は更に言葉を浴びせた。
「それと、あんた十年くらい前、こんなビデオを作ってたわね。全部処分して逃げおおせたつもりかもしれないけど、あたしは大事に取っておいたのよ、記念になると思って。欲しいでしょ、あんたの趣味ですものね」
いつ持ってきたのか、信吾は懐から一本のビデオテープを取り出した。
いよいよピーチの顔色が無くなっていく。
「あらあら、どうしてあたしがあんたのことを、ここまで知ってるかって顔しちゃって。
あんたは自分が傷付けた人間に、心があるなんて思ったことないものね。あんたに傷付けられた人間が、まさかここまで追いかけてくるとは思ってなかったでしょ。
あんた、さっき言ってたわよねぇ。手を焼いてる生徒が、オネエ言葉使うんだって」
信吾は化粧を擦り、彼の特徴である口元の黒子を顕にした。
「この十年間、あんただけを憎んで、あんたを苦しめることだけを考えて生きてきたわ。こんな惨めな子供時代を送ったあたしを、あたしは自分で哀れに思うくらいよ!薔薇色の未来なんて、想像もできないように育っちゃったもの。もう、ボロボロよ!」
ピーチは目を見開いた。女装していても、もう誰だか判る。
「か……霞!」
搾り出すような掠れた声で、ピーチはようやく自分の生徒の名前を口にした。
「そう、霞 信吾。《反日教》を掲げて四年、ようやく両方を潰したけれど、まだまだ手緩いわ。あの学校そのものを潰してやる。あんな教師の肥だめみたいな学校なんか!」
「信吾、落ち着け!」
カズヤは見兼ねて言った。信吾が自分の感情を抑えきれず、泣き叫んでいるのだ。
「おのれ……!」
「ほら、そうやって悔しがることはできるくせに、あんたは一ッつも反省するなんてできないのよ。まるでサル以下!
何も知らない五才の男の子を、自分の悪趣味と収入の為に犯して、ビデオを売り捌いて、未だ何かし足りないことでもあるの?
他人を傷付けることを何も思えない人間なんて、人間の皮を被った化物よ。他人を傷付けてでも自分の喜びを手に入れようとするなんて、本当にクズ以下の存在よ!」
「おいっ!」
カズヤは信吾の腕を掴んだ。このままでは、自虐行為の度が過ぎて、ピーチを殺してしまいかねない勢いだ。
彼が暴走してしまうと、カズヤは私服警官に目で訴えた。それを理解したのか、私服警官は抵抗する三人を、無理に車に押し込んで、車を発進させた。
日本ブログ村とアルファポリスのランキングに参加しております。
お手数ですがバナーの1クリックをお願いします。