第8部:解けた方程式-7
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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「責める気はないさ」
詰られる覚悟はできていたのに、違う言葉が聞こえてくる。
「ただ、今度こそ三人で話し合うべきじゃないか。メンバーの失敗を誰がフォローするんだ?
お前たちのやりたいことを手伝うことと、お前の駒になることと意味が違うことくらい解るだろう」
「……カズヤくん、あなた、変わったわね」
腕組みし、厳しい顔をするカズヤの目を見て、信吾はようやく口を開いた。「勿論、良い方によ」
それだけ言うと、彼は窓の外へ身を投げるようにして、茂木接骨院へ戻って行った。
「《反日教》が実戦に備えて頑張ってんの、知ってます?」
テルヒは日向と話していた。
「勿論。テルヒのことだから、相手にならないと思ってるだろ。でも、侮るなよ。かすみちゃんと《夏青葉》は、自分一人だけなら強いからなぁ」
「当然、あの二人を侮ってなんかいません」
「違う違う。《反日教》のメンバーが、少なくともその二人に迷惑をかけないくらいになっちまうと、あの二人の強さが増すってことが問題なんだよ」
「解りました、侮ったりはしません」
口では日向に従いながらも、面従腹背のテルヒは、《反日教》の思惑通りに、やはり侮っていた。
「でさ、六月十日くらいに稽古つけてやんなよ。こっちの都合とやつらの体育館の予約状況からすると、十日くらいがいいと思うんだ。オレもその時には行くから」
テルヒは、日向がその場に赴くということに少し驚いたが、それを顔に出したりはしなかった。
「解りました。車を準備しましょう」
そう言って、テルヒは日向の前を辞した。
「で、こちらの仕入れた情報だと、十日、ここから帰る途中に、《日向》は稽古を付けてくれるそうだ。少なくとも実戦経験のある加賀見やかすみちゃん、オレは、《日向四天王》相手も負けるつもりはない。あとはみんなが自分のことだけでもできれば、《反日教》は負けない。ということで、頑張ろう!」
《夏青葉》は、体育館に集まった三十人弱の《反日教》のメンバーを前に、堂々と声を出した。
ここにいる全員の能力は、全て把握しているつもりだった。これから三人で話し合う為に。
三人。
この戦いの本当の意味を知っている、信吾、日向、カズヤ。
彼らはそれぞれ属するメンバーの目に触れない場所、カズヤの自宅に集まっていた。
「オレ、当日に正体を明かそうと思うんだ。これ以上《反日教》を動揺させて、三年が抜けた時のようにしたくないんだよね」
カズヤは他の二人を前に、自分がしたいことを言った。
「大丈夫かよ。だって、作戦自体がどんでん返しの連発なんだぜ。余計動揺しちまうかもよ〜」
「じゃ、辞めるか」
「誰も、辞めろとは言ってないじゃん」
信吾は黙ったままだ。
「《夏青葉》がそうしたいなら、そうすりゃいいんだよ。オレらは事前に知ってれば、いくらでもフォローはできるし」
日向は言った。
「カズヤ、お友達に夜ご飯、食べてってもらいなさい!」
台所から、カズヤの母親が大声を出した。
「困ったなぁ、オレ、失礼させてもらうよ。好き嫌い多いからさ」
「あたしも」
二人は立ち上がった。
「かすみちゃんは残ってくれよ。小母さんのことだ、もう作ってくれてるだろうからさ」
日向は信吾の肩を押し、座らせ、手を合わせた。「頼む、オレの代わりに残ってくれ」
信吾はため息をついた。
「大悪人だから、今更いづらいのよ、あたしだって」
「おお、そうだ。大悪人だから残れ。それで全部水に流してやろう。な、カズヤ」
「そうそう、助かるよ、そうしてくれると」
カズヤはそう言うと、「母さん、一人用があるから帰るって」と、信吾を座らせたまま、日向を玄関まで送った。
「なあ、どうして日向が《夏青葉》じゃないんだろね」
カズヤは何気なく言った。
「さあな。アキラの気分だろ。オレの知ったこっちゃないさ。小母さん、ごめんなさい。これから塾なもんで。お邪魔しました」
肩を竦めてみせたところに、カズヤの母親が見送りに現われた。
「また来てちょうだいね。あ、そうそう、信吾ちゃんは嫌いなもの、あるかしら?」
「ないですわ」
カズヤの母親は、まるで息子たちの苦悩を知るわけがなく、楽しそうに台所に戻っていった。
「いいお母さんだな」
「まあね。楽天的なのが、オレに似てるかな。全部終わったら、母親の手料理をご馳走するよ」
「って、カズヤ、この間の奢りをそれで消化するつもりか」
「バレた」
「……バレバレじゃん。ま、いいけど。じゃ、作戦通りってことで。かすみちゃんの機嫌、取ってやってくれよ」
「了解」
「ところでさ、《SIN》って、本当はどういう意味なの?」
「すっげえ(Super)インテリ(Intellectual)な人間(Ningen)の略」
「はぁ?」
「まあ、気にすんな。オレの名前だよ」
日向は気楽に帰っていき、カズヤが信吾の機嫌を取ることに苦労したのは、言うまでもなかった。
文中、どうしてもルビが上手にふれていない箇所がありましたことをお詫び致します。
次回から第9部;予想外〜を始めます。
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