第8部:解けた方程式-6
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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「オレはアキラじゃないから判らないさ」
日向はあっけらかんと言ってのけた。「けど、《春霧霞・夏青葉》はあいつの守人だけど、逃れられない苦しみを持っている人間で、アキラがその苦しみから解放する役目を負ってるんだって話だったからさ〜」
たしかに、自分には『逃れられない苦しみ』なんて大層なものはない。
「ふーん。信吾はそんなことは言ってなかったな。あいつはオレのことを《夏青葉》に育てるって言ってたんだ。本物かどうかなんて、アキラにしか判らないからって。多分そういうことだから、そのキーワードをオレにも誰にも言わなかったんだろうな」
今更策士信吾に対して怒りも何も湧き上がるわけもなく、ただ苦笑が自然と浮かぶ。
「そっかぁ。で、何で引き受けたのさ?」
「別に。お前らが梅津にカマかけたって言ってただろ。オレは自分で自分を追い込んでみただけさ。
嫌なことから目を逸らして、事なかれ主義の鈍感な甘えん坊って言われ続けてさ、それももう終わりにしなくちゃなって思っただけだよ」
さんざん本音を聞かされた後だ。カズヤだって本音の一つも出てきてしまう。
「別にいいじゃんか。無理にそんなことしなくてもさ。鈍感じゃなくて、純粋だって考えたらいいのに」
「日向ってさ、いいやつだってことは解ったけど、何もそこまでオレを善く思おうとすんなよ」
「そういうわけじゃないんだけどな〜」
意に染まぬ褒め殺しは苦痛以外の何物でもない。カズヤは話題を変えることにした。
「ところでさ、お前、ダブってないよな」
「はあ?」
日向は素っ頓狂な声を出した。
「だって、何で高校生の勉強が解るんだ?」
「あ、ああ。オレは勉強が好きなんだよ。誰にも迷惑かけずに、自分だけの為になれるじゃんか。それにできると気持ちいいし、没頭できるしさ」
「羨ましいよ、そう言えるなんて」
カズヤは、勉強が好きだといった日向が、一番人間らしくなく感じた。
「ところで、日向も信吾から、これからの予定を聞かされてんだろ?」
「ピーチを嗾けるって話だろ。たしか六月十七日だってことは聞いたけど、任せてるから詳しくは知らないんだよ。それに、あいつは教えたがらないし」
「あ、そっか。信吾、結構秘密主義だもんな」
「そうそう。そうだ、かすみちゃんに伝えてくれ。全面対決は、六月の十日にしようって」
「了解」
「じゃ、行くか。一緒に帰るわけにはいかないからな、オレは神宮を呼び出すよ。カズヤは一人で帰んな」
「おい、伝票!」
「いいってこと。聞きたくもない話に付き合わせたのはこっちだし、きみはいつも正直だから、嘘つきのオレがお詫びをかねてご馳走してやるよ。それにオレは三杯も食べてる」
日向は伝票をひらひらさせて、さっさとレジまで行ってしまった。
「おいってば!」
「こっちは領収書で節税対策。気になるなら、全部解決したら、何かご馳走してくれよ。それでいいだろ。ほら、電車もあることだから、さっさと行けって」
有無を言わせないような日向の行動に、カズヤは甘えることにした。たまにはいいかもしれないし、ここで彼と別れられるということは、瞬間移動で帰ることができるということだ。
「じゃ、今回はサンキュ」
カズヤは駅に向かって歩き出し、途中で瞬間移動で家に帰った。
考えてみたら、この争いは奥がすごく深い。とてもカズヤでは対応しきれない問題を孕んで、日向と信吾は前へ進もうというのだ。
信吾も一人では処理しきれない痛みを持っている。
日向は一生自分で自分を傷付け続けるだろう。そして誰も、彼自身が付け続けるその傷を癒すことはできないだろう。
癒せない傷を負ったことのないカズヤは、自分の幸せを恥じる気持ちにすらなってしまっていた。
幸せは恥じるものではなく、感謝しなくてはいけないというのに。
翌日の放課後、茂木接骨院に《夏青葉》として行ったカズヤは、入るなり言った。
「かすみちゃん、みんな、《SIN》と話つけてきた」
「えーっ、お手柄じゃない!で、どうだって?」
絵美は手を打ってはしゃいだ。《反日教》のメンバーのまとめ役の彼女ですら、本当のことは何も知らないのだ。
「《日向》は六月十日に全面対決を考えているらしい。《日向》と手を結んだのは、彼らを油断させる為で、《反日教》と趣旨は違うけど、《SIN》の相手は《日向》であることは変わらないから、現実に《日向》と手を組むつもりはまるでないそうだ」
これから体育館にいく為に集まった他のメンバーも、この報せに沸き立った。
「以上。十日まで、加賀見とオレと訓練するからな、みんな」
《夏青葉》はそう言うと、信吾を強引に外に連れ出し、人気のない所まで来てから瞬間移動で自宅に連れ込んだ。
「オレが何したのか、聞きたいよな、信吾」
「……」
信吾は無言でカズヤの目を見ていた。敵意のある眼差しではなかったが、勝手なことをするなと言いたそうな眼差しではあった。そして信吾は表情を見られないように顔を背けた。
「お人好し扱いついでの隠しごとか」
「……」
「結局誰にも真実は言わないんだ」
「……」
「シンも日向もビビってた。当然だよな。信吾、お前が一番の悪人だ。あいつは、本当のことを全部話してくれたよ。本音までな」
「……」
信吾が何かを言えるわけがない。六人で《反日教》の頭脳になるなんて言ったことすら嘘なのだから。
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