第8部:解けた方程式-5
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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日向は更にぜんざいを頼んで話を続ける。三杯目ともなれば、店員もカズヤも露骨に驚きの表情を見せるが、日向は動じた風もない。
「支配し奉られる側は、孤独だよ。それが善でも悪でも同じ。その辛さが本能で解る連中は、支配される方が楽であることを知っているもんだ。
そこへ『自由になりたい』だの『誰の支配も受けない』なんて格好いい青い台詞吐く我儘小僧が現れてみ。担ぎ上げれば自分もお零れに預かれるわけ。正論か過ちかはどうでもいいわけだよ。自分が気持ち良ければいいんだからさぁ。
稀に本当の一匹狼がいるけど、勝手に担ぎ上げられて旗印にされたら、そいつは迷惑だろうねぇ。
でも我儘小僧のくせに立ち上がるだけの根性のないやつは、いつだって宿主を捜してるもんさ。自分の我儘を正当化してくれる青い台詞を吐いてくれるやつをね」
これが《日向》の総長としての日向の本音なのだろう。彼はそれを解っているから青い台詞を吐き、幻想を見て群がる我儘小僧を従えているのだ。
「大多数の人間の本質は、支配する側とされる側という構図なのさ。それ抜きで生きていける程強くはない。本来人間は群れで生きる動物なんだろうな〜。
ま、そんな話じゃなかったな」
日向は一瞬熱しかけた話を取り下げた。
真面目に日向独演会を聞いていたカズヤは、敢えて自分の思っていることをぶつけてみた。
信吾の時は予想外の話に伸展してしまったが、今回はそうなっても動じない心構えをして。
「日向さ、アキラも信吾もそうだけど、やっぱりお前も、他人をゲームの駒程度にしか思ってないだろう」
「カズヤさあ、四月に初めて会った時と比べて、随分冷静に他人を見られるようになったなぁ。悪く言えば、あまりお人好しじゃなくなっちゃったなぁ。寂しいなぁ。残念だなぁ」
口にスプーンを咥えているから、日向の笑い声は『いひひ』だった。
「お人好しお人好しって言われるけど、要するに鈍感だって言ってるんだろ。ずっと言われてきたから、言葉に隠しても判るんだよ、こっちは」
カズヤは言い返した。
「そうじゃない、本当のことだって。何、捻くれてっかな〜」
日向は真面目な顔で続けた。
「解ったよ、ちゃんとオレのことを話すよ。
たしかにきみの言う通り、オレは他人を信用したことなんか、殆どない。人間なんてあまり好きじゃない。ホント、自己中心的で、自分勝手で、利己的で、うんざりしてくる」
「じゃ、お前のしようとしてることは、一体何なのさ、日向」
「オレだって一応人間だからさ、見てるんだよ、嫌な人間と、そうでない人間を。
だってオレだって人間だし、そんな自分を肯定したいし、人間で良かったって思いたいじゃん。それを邪魔してるのが、ピーチみたいな人間のカス野郎さ」
カズヤは、日向の言いたいことが、何となく解っていた。
人間嫌いなくせして、一番人間らしい人間。よく知っている人間もそうだった。
「日向さあ、政治家とかって、すごく赦せない性格だろ」
「あ、あんなの、カスだね、人間の」
日向は吐き捨てるように言った。
「昔のオレは、無条件に人間という存在そのものを憎んでいたな〜。勿論きっかけというものがあったからだけど、とにかく自分を含めた人間が憎かった。それがここ二、三年で変わって、人間は大きく二つに分けられると思えるようになった。要するに、善人と、悪人ってね」
喋りすぎで喉が渇いたか、日向は今度は緑茶を啜って続ける。
「大抵の人間は、百パーセント善人でも悪人でもなくて、両方の要素を持っているもんだと思うんだ。何か問題が起こったその時に、どちらの割合が多くなるかが重要ってこと。
例えば梅津。あいつは善人ではあるけれど、弱い人間だから、オレとアキラでカマかけて、追い詰めてみたんだ。思った通りに、本当の自分が表に出てきたな。それでオレはあいつを信じることができるようになったわけだ」
日向は本音を続ける日向に、カズヤは質問をぶつけた。
「日向は、自分自身をどういう人間だと思ってるんだ?」
「オレか?オレは人間じゃないと思う」
「え?」
一瞬理解しがたい返事に、カズヤは戸惑った。
「さっきも言ったけど、人間は正の感情と負の感情を同時に持ったもんだろ。オレが赦せないのは、悪意を持って他人を苦しめたり悲しませたりして正の感情を抱く人間や、自分のことしか考えられなくて、悪気なくても他人を踏み台にして正の感情を得ようとする人間なんだ。
けど、オレは正の感情が湧いてこないんだ。
腹立てて、憎んで、それくらいしか自分の感情が認識できないんだ。正の感情を、自分自身で抑制してるみたいなんだな。
オレはピーチみたいな人間が赦せないから潰したい。けど、潰したからって嬉しくも楽しくもない。
オレも平凡な人格が欲しいよ。善くも悪くも感情に振り回されるような平凡さがね」
乾いた笑い声を立てる日向に、カズヤは惚れた人物を思い出す。
言っていることが、同じといってもいいくらいに似ていたのだ。
ずっと一人で話しておいて、日向ははたと気付いたように質問してきた。
「ところで、カズヤはどうして《夏青葉》やってんだ?きみ、偽者だろ」
「日向、本物を知ってんのか?」
はっきり偽者と言われると、かえって反論したくなるのは人情だ。
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