第8部:解けた方程式-2
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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覗き見た事務所の中は至ってシンプルで、パソコンとファックス、あとは飲食の為の物以外の電化製品はない。屯している連中のバイク雑誌や勉強道具は雑多に散らばっている。
―――さて、どうしたものか?
室内をもう一度確認してみると、なんと親切なことに、ファックスに番号が貼られている。こんな有り難いことはない。
メールアドレスは見当たらないからパソコンは使えない。
カズヤはそのファックスを使うことを思い付き、ファックスサービスをしている近所のコンビニに急いだ。
でもそのファックスは、シンその人が手にしなければ全く意味がない。ファックスを送信しながら、カズヤはシンがファックスの横に座ってくれることを祈った。
カズヤは当然知るわけがないのだが、シン以外は、送られてきたファックスを手にしないのだ。彼の仕事のものが含まれているという理由なのだが、ただ彼の正体がバレない為の工作かもしれない。大体、彼の部屋に勝手に屯しているメンバーが、彼宛のものを勝手に見るわけがない。
『九時五十三分発下り線の、一番空いている車両で会いたい。シン一人で来てほしい』
カズヤはファックスを送ってから、名前を書き忘れたことに気が付いた。
―――《夏青葉》くらい書いときゃよかったか。ま、いっか。この格好だし、すぐ向こうも気付くだろ。
カズヤは楽天的に考えると、シンが何と言うかを聞く為に、事務所のベランダに瞬間移動した。彼の遠見では、声を聞くことまではできない。隠れて声を聞く為には、ベランダまで行くしかない。
その場所からは、シンの後ろ姿しか見えなかったが、その姿は間違いなくシンだ。相変わらず室内でも、サングラスをかけて顔は隠しているようだ。
シンは送られてきたファックスを無造作に掴み取ると、一瞥しただけで無造作に丸めてごみ箱に捨てた。
―――おい―――っ!
カズヤは思わず脱力した。あまりに酷すぎる扱いだ。
「何、どうしたのさ?」
「よく判らん営業ファックスさ。最近多いんだよ」
一人の問いに答えると、シンは神宮司の方を向いて、何やら合図を送ったようだった。
「おい、ごみ箱一杯じゃねえか。ったく、自分の事務所のゴミくらい、自分でまとめろよな。いっつもオレがまとめてやってんじゃんか」
神宮司はそう言って立ち上がり、今送ったファックスを捨てたごみ箱のゴミを、まとめ始めた。
「悪いねぇ、いつも。はははっ。A型人間は神経質だから」
シンはそうおちょくっていたが、カズヤはすぐに気が付いた。カズヤの呼び出しに応じたのは、シンだけではなく、神宮こと神宮司唯一もだ。
―――ま、いっか。
カズヤはもう少し様子を窺おうとしたのだが、神宮司がまとめたゴミを、ベランダに出そうとこちらに向かって来るではないか。カズヤは慌てて、上の階のベランダに逃げた。冗談ではない事態だ。
「誰だと思う、シン」
「かすみちゃんだろな。ヤツならやりかねない。オレらが《日向》と手を結んだと知った上で、わざとこういう行動を取ったんだろう。他のメンバーに見せ付ける為にな。で、場所を特定されない為にって言うか、溜まり場に迷惑かけないように、コンビニから送ってきたんだろうな」
「オレもそう思う。行くか?」
「勿論。面白くなりそうじゃないか、両方で遊ぶのも」
神宮司と一緒にシンもベランダに出て、他のメンバーに聞かれないような小声で話をしていた。
―――ラッキー。
カズヤは心の中で、ガッツポーズを取った。自分の思惑通りにシンが動いてくれたばかりか、こうして声が聞けたのだから。
それにしても、シンと神宮司は日向や信吾以上の策士かもしれないと、カズヤは思った。咄嗟のシンの行動もそうなのだが、それを合図だけで理解する神宮司に、カズヤは感嘆した。《反日教》の中ではあり得ない。
今は九時を少し回ったところだ。もう少しで二人は出発するだろう。
カズヤはその場を後にした。いくら何でも、動く電車の車内に瞬間移動をするわけにはいかない。ちゃんと切符を買って、改札を通って乗らなくてはならないのだ。
「それにしてもさ、差出人くらい書けってんだよ。なあ、シン」
事務所を抜け出した二人は、ヘルメットを脇に抱えて歩きだした。
「ほっとけよ。あいつは結構自分勝手だからな、もし判らなかったら、理解できない相手が悪いと思い込んでんのさ。ほら、行くぞ」
シンは歩きだそうとしない神宮司を促した。
「シン一人で来いってあったじゃないか」
「いいんだよ。リーダーのオレを呼び出すってのに、あっちは盟主の《夏青葉》が来るんじゃないんだぜ。お相子さ」
シンは悪怯れもせずに言った。
「それにしてもさ、空いてる車両なんて、漠然としたこと言うよな、かすみちゃんも」
「あいつはあれで、回りくどいことが好きなんだよ。困るんだよな、こっちはよ。大体、空いてる車両ってことは、その電車に乗るってことだし、適当に探すか」
「お前も結構いい加減だよな、シン」
「お相子さ、これも」
偉そうに笑うシンは、マスクまでかけた。顔はあくまで隠したいのだ。
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