第8部:解けた方程式-1
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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8;解けた方程式
五時間目の国語の授業中に、耳栓を詰めて数学の問題集を解いていたのがバレて、カズヤは立たされた。
「内申に書きますからね!」
「ああ、未だ下げる余裕があるんですか」
すぐに逆上する女教師に、思わず逆撫でするようなことを、カズヤは口にした。
「取り敢えず内申下げる前に、先生、昨日の授業内容の確認をしてから、今日の授業を始められたら如何なものかと思いますけど」
太った中年女教師の顔が、茹でダコのように紅潮した。
「だって先生、昨日の授業の繰り返しに半分以上費やすだけならいいけれど、昨日と言っていることが違うじゃないですか。真面目に授業受けようと思っても、時間の無駄なんですよね。ほら、これ、昨日のノート。黒板丸写しですから間違いないですよ」
昨日取ったノートを女教師の目の前に示しながらも、自分が言い過ぎていることは、重々承知している。神森にいた頃に教えられた自由というものの意味を、まるで履き違えていることも解っている。しかし、ここでは人間と接しているような気がしなくて、つい言ってしまうのだ。
怒りと恥ずかしさであわあわしている女教師などそのままに、白けた表情を露骨に見せて、カズヤは勝手に着席し、もう一度数学の問題集に向かい始めた。
そう、ここにいる鈴木和哉は、高校受験に全てを賭けている少年でなくてはならない。カズヤは鈴木和哉を演じなくてはならないのだ。
その数学も、実はやっているふりでしかない。頭の中は、本当の《夏青葉》を演じ、その為にはどうすべきなのかを考えていた。
一つだけ、答は導き出されていた。
―――何とかして、《SIN》と手を結びたい。
これは、《反日教》を利用した、一大作戦だ。何としても、《日向四天王》の尻尾を引き出させなくてはならない。その為には、《SIN》を使って、彼らを追い詰めるしかないのだ。
策士には不向きな頭を使って、ようやくここまで考えたのだが、どうやって《SIN》と接触するか、そこでカズヤの頭は行き詰まってしまっていた。
昼休みに、「オレ、《SIN》と手ェ結んだんだ」と、日向が《日向四天王》に自慢気に報告しているのが聞こえてきた。それが本当なら、何とかこれを阻止しなければ、《反日教》は目的を達成するどころか、行動を起こしたらすぐに潰されてしまう。
「まったく、あたしたちを動揺させようとしてるのが見え見えで、それがめっちゃムカつくのよねーっ!」
茂木接骨院に集まると、信吾はそのことで一気に捲くし立てた。
「ま、あたしが手を結ぼうって言ったら、《SIN》はすぐにあたしらとも組むわよ。所詮そういう連中よ。でもね、あの日向の態度がムカつくーっ!」
加賀見は区立体育館の予約に行っていて、その場にはいない。かえってその方が良かっただろう。彼も結構激しやすい性格だ。
「別にオレたちはいいんだけどさ、一、二年はどう思うかね」
梅津はチラリと聡を見た。
「ダメージは受けるでしょうね。ま、気力で乗り切るしかないでしょう。明日っから、加賀見先輩と練習もあることだし、考える暇ないですから」
それでも情報を隠しておきたいという、聡の気持ちが口調に現われている。
カズヤは立ち上がり、外に出ようとした。
「何処行くの?」
絵美がそんな《夏青葉》を見咎めた。
「加賀見の所。体育館の下見してこようと思って」
引き留めようとする視線を無視し、《夏青葉》はその場を後にした。
今日、何だかんだ話し合ったところで、何ら解決策は出てこないだろう。カズヤにはそんな気がしていた。
六人で一つの脳を形成すると言ったところで、結局は信吾の掌の上で遊ばされているにすぎない。カズヤですらそのことに気付いているのに、他のメンバーが誰も気が付いていないのが、カズヤには不思議でならなかった。
第一、自分は飾り物の《夏青葉》でしかない。いてもいなくても、信吾の考えにさして変わりはないのだ。
抜け出しはしたものの、カズヤ自身に方針がないから、さっき一人で考えた作戦を実行する為に、彼は《SIN》の溜り場を歩き、シン本人を捜し歩いた。
よく考えてみれば、どのようにして《SIN》と手を結ぶ為の話し合いをしたらいいか、それすら思い付いていない。しかしそれは考えないことにして、歩くしかないのだ。ここで立ち止まったら、事なかれ主義の昔の自分に戻ってしまう。昔の自分は、もう止めると決めたのだ。案ずるより生むが易し。とにかく行動あるのみだ。
それにしても、どうして《日向》と手を結んだという《SIN》と、敢えて手を結ぼうなどと考えてしまったのだろう。カズヤは自分の考えたことなのに、その理由が自分自身で理解していなかった。それでもカズヤは歩くしかない。
結局方策など見つからなくて、カズヤは《SIN》の事務所の陰で、彼らが戻ってくるのを待っていた。取り敢えず、シン本人と、誰も交えずに話してみたかった。
最近瞬間移動をすることが増えて、その前段階の『遠見』が、確実にできるようになっている。それは移動先の場所を、移動する前に見ることができるというものなのだが、カズヤはその能力で、《SIN》の事務所内を観察してみた。
カズヤの間抜けなところは、その能力で、アキラや神森の友人のことを、少しは覗いてみようと思ったりしないことだ。それがまた、善良なところでもある。
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