第1部:彼女の不可解な行動-5
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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サキは初めから気付いていたのかもしれない。だから、昨日日蔭糸に話すふりをして、アキラに言いたかったことを言ったのかもしれない。
アキラは頭が痛くなった。
このままでは、アキラとしてサキと出かけても、日蔭糸としてサキを待っていても、本性がバレるのは必至ではないか。
就任早々ピンチを迎えることになるとは、さすがに考えていなかったアキラは、自分の甘さを思い知らされてしまった。
アキラばかりではない、誰もがアキラが巫女であることをバレてはいけないという水鏡の預言を知らない。
もう、サキにだったら本当のことを話してもいいかなと、アキラは諦めモードに入っていた。アキラとして、サキと大樹の森に行くことは勝手にサキに決められてしまった。
如何にアキラといえども、その身体は一つしかない。あとは野となれ山となれ、という感じだ。もう、その後のことは考えられなかった。
約束の五時。アキラは大樹の森に続く石段の下でサキを待っていた。ところが彼は現われない。
「日蔭糸さま、お待ち致しておりました」
突然、石段の上からサキの声がし、そんなわけがないとアキラは振り向いた。
サキはアキラに向かって言ったのだ。社の中に向かって言ってはいなかった。
例えはったりをかけられたとしても、アキラは動じた素振りは見せるわけにはいかない。
「何だ、サキ、来てたのかよ。オレ、さっきからここで待ってたんだぜ。ほら、行くか」
もう、後は成り行き任せだ。
「日蔭糸さま、いないんだ」
「何だよ、それ」
アキラは惚けた。
「迷っているのかもなぁ」
―――こいつは気付いてるんだ。クソっ……
アキラは心の中で舌打ちをした。
「いないなら帰ろうぜ。親が夕飯作ってるんだ、オレんとこ」
ありえない嘘をついてまで、アキラはサキの腕を強引に引っ張った。
サキは彼らしくなく、素直にアキラに従って帰り道についた。
そんなサキの態度があまりに素直で、アキラはそれから暫くの間、いつサキが神社に現われるかと、日々怯えながら日蔭糸として神社で座っていた。
しかしサキは一向に現われない。
お陰で学校でもつい彼を避けてしまう癖がついてしまっていた。
水鏡の与えた修業は、一月と持たずに苦しいものとなったのだった。
二月半ば。神森では珍しい大雪だった。三日三晩も雪は降り続き、学校は休校で全てが麻痺状態となっていた。
それでもアキラは日蔭糸として、炭櫃を置いた部屋で夕方から夜まで控えていた。
古い建物に電気もガスも水道もない。冗談じゃないくらい寒い部屋で、アキラは来てはほしくない誰かを何日も待っていた。
雪が止んで、明日は天気が回復する。となると、何か起こるとしたら今夜以外にない。
時間が来て、アキラは立ち上がり、入り口の格子を閉める為に奥の間から出た。
外の雪は腿まで埋まるくらいに積もっていた。
全てのものを吸収してしまう雪の静けさ。
「寒さに耐えるのも修行かよ。うぅ、おお寒い」
アキラは誰もいないことをいいことに、普段の言葉遣いで独り言を言い、奥の間に戻った。
―――糸?!
ちゃちい仕掛で頭上から何かが振ってくる気配を察し、アキラは思わず軽やかに宙を舞うように躱した。
「誰だ?弟御子一族の者か?姿を見せろ」
アキラは瞳の色を変えたりはしなかった。変えたりしようものなら、たちまち自分が瑞穂の谷の長であることがバレてしまう。
石飛礫が三方から飛んできた。その仕掛の情けなさに、アキラは彼らが弟御子一族ではないことだけは察した。
「日蔭糸さま、正体はバレてますよ。弟御子一族を知っているならね」
―――しまった。そういうことか……
アキラは自分にかけていた、別人に見える目眩ましの術を解いた。
もう、その術は彼ら三人には無効になっているものだ。今更続けていても意味がない。
ついでに冷水で濡らした手拭いで顔を拭って化粧を落とすと、巫女日蔭糸の格好のままで胡坐をかき、神聖な榊を後に放り投げた。
「もう、今更何も隠さないぞ、オレは。覚悟はできてるんだろうな、お前ら」
放り投げられた榊を手にしたサキは、アキラに歩み寄った。
「素顔の方が綺麗だって」
「黙れサキ。お前、いつから気付いてたんだ?」
「初詣の朝。仮にも裏鈴木の長男だぜ、オレ。代々の日蔭糸さまを見てきてるし、お前のことも毎日観察してたんだぜ。バカにしてもらっちゃ困るよ」
サキの嬉しそうな顔といったらない。
さんざん仕かけた罠に、普通なら敵わない相手が絡まっていく様が見られたのだ。
「どうしてシキとポンを巻き込んだ?」
「簡単だっちゃ。なぁ」
サキは後にいたシキとポンに同意を求めた。
「んだ。お前さんが怖いからだっちゃ」
「そうそう。アキラ、強いもん。何されるか心配だサね」
「お前ら、オレを何だと思ってんだよ」
全身の力が抜けていくことを止めることができない。
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