第7部:インターバル-7
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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信吾はゆっくり話し始めた。
「あたしはね、気が付いたら孤児院にいて、気が付いたら里親に引き取られていたわ。そしてそこで、女らしくと言うよりは女の子として育てられたの」
いきなり出だしからショッキングな話に、カズヤは後悔をした。これではアキラを怒らせた時の二の舞になってしまうではないか。
「気にしないで最後まで聞いて。これはあたしなりの責任の取り方だから」
信吾はカズヤの気持ちを察したのか、そう言って話を続けた。
「でね、その里親ってのが碌でなし夫婦でねぇ、あたしのことを一人の男に売ったのよ。たしか幼稚園になった頃だったわ。簡単に言っちゃえば幼児モデル。でも対象は変態御用達ね。それ以上は勝手に想像してちょうだい。悪い方が正しいから」
カズヤだって、その言葉の意味が解らない年齢ではない。
「あたしを買った男は、純粋に子供が好きだからということで、趣味の一環としてその仕事をしていたわけじゃない。自分の支配欲を充たすことと儲けが同じ方向を向いていたから、あたしのことを買っただけ。
あたしだって右も左も解らないような子供だったけど、あたしはそれがとってもいけないことだと解っていたわ。
でもどうしようもないでしょ。力もないし、親だと名乗る人が、育ててやってるんだから食い扶持くらい自分で稼げって言うんだし」
カズヤは心の底から後悔していた。
こんな話を聞き出す為に、信吾と向き合ったわけじゃない。
こんな話、聞きたくない。
「どういう経緯か判らないけど、あたしは警察に保護されて、里親夫婦は逮捕された。でもあたしを買った男は巧く摘発を逃れたの。
どうしてかしらね、あたしはあの男の笑い顔を忘れられなかった。成人男性の笑顔が恐怖の形として刷り込まれてしまったのよ、トラウマとしてね」
だんだんと深い憎悪の色に満ちていく信吾の顔を、カズヤは正視できずに視線を落とす。
「また施設に戻ったあたしは、今度こそ本気で荒んだわ。みんながあたしのことを、不潔だって言ってるような気がして、先生たちも陰で何言ってるのか解らなくて、もう誰も信じられなかった。
そこへ小学三年生のアキラちゃんが来たの。
カズヤくんは、アキラちゃんの一族の話は知ってるんでしょ。あたしはアキラちゃんに引き取られ、アキラちゃんの一族の一人として修業をすることになったの。
でもね、未だあたしは誰も信じられなかった。アキラちゃんのことも信じていなかった。だってアキラちゃんたら、自分の名前も身分も明かさないで、突然あたしを谷に送ったんですもの。彼女は身分を隠さなくてはならなかったなんて、あたしは知るわけないし。だから胡散臭い女の子としか思ってなかった。
でもね、チャンスは逃さないのがあたしの主義。素晴らしい能力を身に付けさせてくれるんだから、これを使わない手はないと思ったの。
彼女の一族の力を手に入れたあたしは、復讐を始めることにしたわ。修業を終え、あたしを手元に引き取ってくれたアキラちゃんの思惑なんか無視して、あたしは記憶を辿って男を探したわ。そうしたら、偶然出逢っちゃったけどね。
そいつったら、こともあろうに中学教師なんかしてるのよ」
カズヤの中で、何かが弾けた。
「ちょっと!ま……まさか、ピーチが……!」
「そういうこと。あいつは子供の一人なんて憶えていないけれど、あたしの身体は憶えてるわ。
五年の時に、自分の復讐しか考えないで、アキラちゃんを無視して料亭に忍び込み、失敗した時に、またあの恐怖が甦ったわ。身体が忘れられずにいるのよ。
ま、その現場はアキラちゃんに救けられてね、怒られたわ。一人でやろうとするから、周りに迷惑をかけるんだってね。それで今度はアキラちゃんと《反日教》を起こして、多方面から攻めることにしたのよ。以上」
信吾はこの間の話を、詳しく話しただけだ。でもその顔は一つも笑っていない。この話は一つも笑える話ではない。
もう純粋な子供ではないカズヤには、信吾の受けた仕打ちがどういうことかは察しがついてしまう。幼稚園になるかならないかの子供が、順を踏まずに大人の世界に放り込まれたら、それは成長過程において歪ませられてしまうことなど、容易に想像がつく。
これ程残酷な話があるだろうか。男でも女でも、大人だって愛情の入らない行為は相手を壊す。それが子供になど!
カズヤはテレビや本の世界以外では、こんな残酷な話、見たことも聞いたこともない。
「カズヤくん、前にも言ったけど、お人好しすぎるのも問題よ。こんな話しておいてなんだけど、他人の感情にのめり込み過ぎると、いつしか自分が取り憑かれるわよ。アキラちゃんと付き合っていくつもりなら、心しておかないと。
彼女も取り憑かれてるから、《夏青葉》ならそれに巻き込まれないで、自分自身を守らないとダメね。
《春霧霞・夏青葉》の本当の意味はね、彼女が壊れない為の守人なのよ。
《春》は彼女に共感し、自制して身動き取れない彼女の代わりに欲を具現する者。
《夏》は彼女を理解し、暴走して暴れる彼女を沈静化させる者なのよ」
黙るカズヤを見兼ねたか、信吾はコロコロと笑って言った。
そう、彼女の排他的な部分を共感し、彼女の代わりに憎しみをぶちまける者、それが信吾なのだ。彼が暴走するからこそ、アキラは暴走せずにいられるのだ。そしてアキラが暴走しない為には、信吾の方がアキラよりも激しくなくてはいけないのだ。
カズヤは《春霧霞・夏青葉》の意味を知らされて、サキにこの場に来てほしいと、本心から思ってしまった。
やはり自分には、アキラを好きになるだけの器がない。そんな後悔の念が、カズヤを苛んでいた。
次回から第8部;解けた方程式〜を始めます。
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