第6部:第一ラウンド-1
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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6;第一ラウンド
「カズヤくん、今からそちらにお伺いしてもいいかしら?」
電話越しの保留音楽は一分程で解除され、小声で信吾が訊ねてきた。
「え、いいけど……」
カズヤはちらりとドアの向こうを見た。両親がダイニングキッチンで寛いでいる。
「じゃあ、カズヤくんの部屋の窓を開けといてもらえる。あたし、すぐにこっちを片付けて、そこからお邪魔させてもらうから」
「はあっ?」
その言葉の意味することは、また不可解な能力の存在だ。
「どうしたの、カズヤ?」
大声に驚いた両親が、カズヤの顔を覗き込んだが、説明できるわけがない。
「あ、ごめん。何でもない」
カズヤは慌てて謝ったが、電話の向こうの信吾は、こちらの状況などまるで意に介した様子はない。
「あら、ご両親がいるのね。ごめんなさいねぇ。とにかく、すぐ行くわ。待っててね」
彼はカズヤがそのことを訊く前に、さっさと受話器を置いてしまっていた。
カズヤの家は、マンションの四階だ。普通なら玄関からしか入ることはできない。
しかし超常の力があるのなら、窓を開けておく必要は全くないはずなのだが……。
とはいえ、まさか壁をよじ登って来るとは思えない。
それでも開けた窓の外をぼんやり見ながら、カズヤは首を傾げた。
茂木接骨院はここから二キロくらいの所にある。超常の力があるのなら、距離に関係なく、一瞬にしてここにあらわれるはずなのだが、彼はなかなか現われない。例の嫌なやられ役の人選をしているのだったら、すぐ行くなどとは言わないはずだ。
と、黒い何かが屋根伝いにやって来るではないか。その速さは尋常ではなく、真直ぐこちらを目掛けて突っ込んできた。
「はぁい、遅くなっちゃった」
信吾は窓の桟の上に立っていた。涼しげな顔をしながら、髪の毛を掻き上げている。
「腰を抜かさないところを見ると、こういうのに慣れている証拠ね」
現れた信吾はころころと笑った。
「これがあたしの能力。普通の人間にはできないことよね、一応。
でね、カズヤくんが《夏青葉》だったら、アキラちゃんの能力に準ずる何かを持ってると思うの。それを教えてくれるかしら。あたしも教えたことだしね」
どういう交換条件だと思わなくもなかったが、信吾のそういう言い回しなのだと思って、カズヤはその辺は無視をした。
「ってことは、アキラの超常の力ことは知ってんだな」
「あら、アキラちゃん、自分から自分の能力のことを話したの?意外だわ。それだけで《夏青葉》確定みたいなものよ。それに、アキラちゃんから話を聞いていなけりゃ、超常の力なんて言い回しはしないものね」
信吾はいちいち細かいところに気が付く人間だ。カズヤはそれには感心もするし、疲れもする。
それはそうと、カズヤから見たところ、信吾の運動神経は明らかに人間のそれを超えている。ということは、自分の超常の力も隠す必要はないということだ。少なくとも、気味悪がられることはないはずだ。
「じゃ、好きな所に連れてってやるよ」
取り敢えずは本当の《夏青葉》であろうサキのことだけ言わなければいいのだ。
自分のことを《夏青葉》であることを信じている信吾にとっては、何かしらの能力があることが前提となっているようだ。
今大事なことは、サキだけこのごたごたから守ればいい。
うっかりサキという能力者の存在を知られでもしたら、彼の触手が伸びることは明白だ。
「そうねぇ、《SIN》の溜り場の公園の木の梢なんてどう?」
「いいね。じゃ、行くか」
と、カズヤは信吾の腕をいきなり掴み、そして瞬間移動をした。
「こ、これは……!」
「しっ、人に聞こえる。とにかく戻るぞ」
少し取り乱した信吾を押し止め、カズヤはすぐに自分の部屋に戻った。
見せればいいだけだったら、長居は無用だ。
「カズヤくん、あれは!」
「アキラもできるってんだろ。アキラは何でもできるらしいけど、オレはあれくらいしかできないんだ。それに、捜せばあれくらいできる人は他にもいるって、アキラは言ってたぜ」
「ふーん、だから《夏青葉》が右腕なのね……」
信吾は独り言のように呟いた。
「だからって、能力なんて人それぞれだろ。どれが優れてるなんてないって、アキラは言ってたけど。
それに、オレはそんなにすごくないから、気を付けてないと、失敗しちゃいそうな気がするし」
「いいわよ、そんな失敗なんて。ほんとはもっと別のこと相談したくて来たの」
信吾はすぐに、気持ちの切り替えをしたようだった。
「え、何?」
「もう一つの敵、ピーチのことよ」
「ああ、すっかり忘れてたよヮ」
カズヤは思わず大きな声を出し、信吾はその唇を抑えた。
一応この部屋に来客はいないことになっているのだ。
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