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第2部:痛み-5

本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。

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 突然笑い声が起こった。信吾だった。

「ほらご覧なさい!誰がカズヤくんに命令したのかしら、あなたたちに逆らえって。

 ずっとカズヤくんが勝手にやってたのに、全く迷惑な話よ。あたしの所為(せい)だろうなんて、とんだとばっちり喰らっちゃって。

 先生、言っとくけどね、誰もカズヤくんには命令できないわよ。彼は意志が強い男ですもの、とても従わせるなんてできないわ」

 笑いを堪えながら革スリッパを待ち構えていたカズヤは、あまりにも絶妙なタイミングで口を挟んだ信吾の言葉の内容に対し、反論するタイミングを失った。

 信吾があのタイミングを外したら、ピーチは手を挙げていたに違いない。


 思い返せば、この間職員室に初めて呼び出された時も、信吾は絶妙なタイミングで入ってきた。よほど信吾はタイミングを計るのがうまいのだろう。

 その場は信吾が口を挟んだ所為で、ピーチの矛先は宙を彷徨(さまよ)って終わったが、しかし案の定、カズヤは放課後になって体育教官室に呼び出しをくらった。


「失礼しまーす」

 カズヤは習慣から、無礼な態度は取り敢えず取らない。

 ドアを開けると、むせ返るくらいの煙草の煙。

「よお」

 そこにいたのは《日向四天王》のテルヒと担任ピーチ。揃って嫌らしい笑みを、口の端に浮かべている。

「えっ?」

 状況を把握するよりも前に、カズヤは《日向四天王》の他の三人に背後から取り押さえられた。

 不自然に(ひね)られた足が、鈍い音を立てたのに気付く。(うめ)くその後ろで、テルヒがドアのチェーンを丁寧に下ろしている気配が感じられた。

「さっき、霞が言ってたよな。てっきりオレはあのカマの差し金かと思って、お前を大目に見てやってたんだぜ」

 ピーチはチンピラに豹変(ひょうへんしていた。そしてそちらの方が似合っていた。

「それがどうしたって言うんですか。オレはオレの意志でやってるだけで、まして教師らしからぬあんたらの言うことなんて聞けるわけがない」

 例え相手がどのような人間でも、教師という立場であることには変わりがない。ここで態度を貫かないと、自分の筋が通らない。どのような場合でも、自分は最後の礼儀を失したりはしない。無礼は相手だと言い切れなくなる。


「生意気言うんじゃねえっ!」

 しかしカズヤの高尚な思い込みは、担任には意味のないことだ。彼は(うずくま)るカズヤの腹を、運動靴の爪先で容赦なく蹴り上げた。空手で鍛えているから、腹そのものは問題ないのだが、折れた足には(ひど)く響く。

「《日向》は、《日向》は先生の下僕(しもべ)なのか?」

「なものか。何でオレがムカツクあいつと手を繋がなきゃならねぇんだ。

 でもな、お前も好き勝手やりたかったら、《日向》に籍を置くのが得だぜ。こいつら《日向四天王》の言う通りにすればいい」

「冗談じゃない!」

 カズヤは叫んだ。

 カズヤには、担任教師が宇宙語を喋っているように感じた。まるで理解不能なことを言っている。


 それからは担任は直接手を出したりはしなかった。煙草を吸いながら、机に足を組んで座り、三人にカズヤが袋叩きにされるのを笑いながら見ているだけだった。

 いつものカズヤだったら、こんな三人くらいどうってことないのだが、不意打ちで足を折られてしまってはどうしようもない。立っているだけで精一杯の状況だ。

―――クソッ、こいつら、気違いだ…… 

 カズヤは何とか腕で攻撃を防御しながら、最近忘れていたのに無意識に暴走しそうな瞬間移動能力を抑制し、そして逃げ出す方法を考えていた。


 しかし、カズヤが抑制していたのはその超能力だけではない。彼自身の激しい感情もだった。彼が初めて心に抱いた強い怒り。

 普段強い感情を持たないだけに、自分でもそれに驚いていた。もしこのまま感情に振り回されていたら、つい力を使いかねないと直感で悟り、平静を保とうとしていたのだ。そして今も耐えている。


「もう、いいわよ。それ以上やると、こっちがヤバくなっちゃうでしょ。ねぇ、センセ」

 テルヒが口を開いた。彼女が《日向四天王》のリーダー格だった。


「鈴木、口外しない方がいいぜ。成績のいいお前だ、内申一つで進学がかかってるんだからな。お前はバカじゃなさそうだし、この学校が動くわけがないしな」

 カズヤは声にならない怒りを、心の奥底に抑えるのにかなりの精神力を要した。

 別に内申書など、カズヤは怖れてはいない。むしろ何かが弾けて暴走してしまう方が怖ろしい。

 五人は嫌らしい笑い声を上げながら、倒れるカズヤの踏んだり蹴ったり好きにして、教官室を出ていった。


 こんなに本気で怒ったのは生まれて初めてだった。

 怒りや憎しみの対象になるものなどない環境に生まれ育ったカズヤは、負の感情など知らずに育ったと言っても過言ではない。それは無感情とは全く違うものだ。

 カズヤは一人で、煙草の煙で色の変わった空気を見上げていた。

―――骨折の言い訳は何とでもできる。父さんも母さんも信じるだろう。けど、あの連中、《日向四天王》、ピーチ、絶対赦さない。赦すものか…… 

 カズヤは激しい怒りを、心を落ち着かせて静かにくすぶらせることにした。




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