青柳有美の一日
お久しぶりで申し訳ありません。
ようやく次話でございます。今回は夢の話ではないのでご注意下さい。
「おい、奥園」
一仕事終わり、青柳有美は白衣を脱ぎながら事務の奥園まどかに声を掛けた。
「はい」
脱ぎ去った白衣を奥園まどかに放り投げると、有美は自分の椅子に身を投げるように勢いよく腰をおろした。
「今日の依頼は終わりか?」
奥園まどかは投げられた白衣をたたみながら、手元のスケジュール表を見る為、僅かに目を伏せる。
「はい。本日は先ほどの春日様の案件で終了ですが、何か?」
「じゃー出かけてくるわ」
「・・・パチンコですか?」
「それを、お前に言う必要があるのか?」
「所長は時間まで雑務をきちんとされています」
奥園まどかは厳しい目を有美に向けた。
有美は口角だけを釣り上げ笑った。
ゆっくりと立ち上がり奥園まどかに近づくと強い力でその細い顎を掴む。
「まどかチャン。俺とあいつは違う人間だぜ?」
「存じております」
「そうか、分かっているのか。それなら、二度と生意気な口は聞くな」
ギリギリときつく顎を締め付けられ奥園まどかが痛みに表情が歪む。
「美人の顔が歪むのは見ていてゾクゾクするな」
「・・っ、相変わらず悪趣味でいっしゃいますね」
「はは、お互いにな」
有美はそう言うと奥園まどかの唇に、自身の唇を重ねた。
深く重ね密着させると有美は奥園まどかの口内に舌を差し入れる。逃げる相手の舌を搦め捕り、有美は彼女を蹂躙した。
濡れた音と微かな喘ぎが場を占めた。
奥園まどかは抵抗しなかった。しても無駄だと知っているからだ。
この男には抗えない。
それには明確な理由があった。
「抵抗しなくなったな」
「余計なお世話です。ではいってらっしゃいませ」
親指の付け根で唇を拭うと奥園まどかは冷めた様子で有美に向かって吐き捨てた。
「へいへい」
行ってきますよ、と有美はあっさりと奥園まどかの拘束を解くとスタスタと事務所を出て行った。
有美が向かったのは駅だった。
そこから電車で30分、駅を出てタクシーに乗り10分。
いつの間に買ったのか、有美の手の平には小さなオモチャの車が入った箱が握り締められていた。
降りたのは小さな寺の前だった。
有美は迷いのない足取りで一つの墓の前まで行くと、慣れた手つきで掃除をする。
綺麗になった墓石に持っていた箱を置くとポケットからタバコを取り出し、吸った。
「よお、そっちでも元気でやってるか?」
風がフワリとそよぐ。有美の言葉に反応したかのようだ。
そんな気がして有美は薄く笑った。
「コレ、だいぶたまっただろ。もう何個買ったか忘れちまったよ」
被ってなけりゃいいんだけどな、と苦笑いし、有美は吸っていたタバコをいつものように線香立てに立てた。
「友達はできたか?」
問いかけに返事はない。しかし有美は気にした様子もなく淡々と話しかけ続ける。
どこからか、懐かしい笑い声が聞こえてくるかのようだった。
有美は墓石の前に座るとそこに向かって楽しげに話し始めた。
タバコを三本吸い終わり、四本目を口にした時、
「有美先生!」
背後から少年の声が弾けた。
振り返るとそこには見知った少年が満面の笑みで立っていた。
「よお、俊介久しぶりだな」
「ホント久しぶり。元気だった?」
「ああ、もちろんだ。お前は?」
「元気だよ。家族もみんな元気だ」
「そうか、それは何よりだ」
話しながら立ち上がると、自分の胸元にまで身長の伸びた霧島俊介の頭を撫でた。
「先生、いつも来てくれてありがとう。隼人も喜んでるよ、きっと」
「そうだといいんだがな」
有美は吸いかけていたタバコを箱に戻すともう一度墓を見やる。
「先生、今からうちに来ない?ミニカーコレクション随分たまったから見てみなよ」
俊介の提案に有美は顔を綻ばせた。言葉の意味を汲み取るとつまり、今まで自分が持って来たミニカーはこの少年によって全て保護され、かつ保管されているのだ。
捨てられてもいいとすら思って持って来ていたので、その言葉は純粋に嬉しく思えた。
「ありがとな。でもやめておくよ」
目の前の少年は目に見えて落胆したが、有美は僅かに苦笑しただけだった。
「それとその先生ってのはやめろ」
「どうして?だって先生は先生だよ」
「もう違うだろ」
「・・・、違わないよ!」
俊介は叫んだ。その剣幕に有美は目を丸くした。俊介は悔しそうに有美を睨みつけてすらいる。
「戻って来てよ、有美先生」
いつの間にか俊介は泣き出しそうな顔をしていた。
俊介は背も随分伸びて、おそらくもう中学生になっているはずだ。あの頃とは違う大人びた雰囲気がある。そこには確かな意思がある。
「まあ、気が向いたらな」
でも。
自分にとって生徒はもう、隼人だけでいいのだ。
あれだけ深く関わってしまったらそれ以外の関わり方は取れない。
自分を偽る事など出来なかった、だから辞めた。それだけだ。
「俺が教師を辞めたのは隼人やお前のせいじゃない。だからそんな顔はするな」
「・・・・でも」
「この話はもうお終いだ、ほら行くぞ」
気がつけば辺りは仄暗くなり始めていた。有美は一歩を踏み出しながら俊介の肩を押す。
それでも動こうとしない俊介の背中を二度叩き、有美は俊介の横を通り過ぎた。
歩きながらポケットからタバコを取り出し咥えると、火を灯す。
深く息を吸って吐き出すと、ようやく背後からパタパタと足音が追ってきた。
追いついた俊介が有美の横を無言で歩く。ちらっと見るとその手には先程墓石に置いたミニカーの入った箱が握り締められていた。
有美は眉を下げて笑った。
無言のまま歩き続け、気がつくともう駅に着いていた。
「じゃあな。俊介」
「・・・ん」
まだ俊介は顔を上げない。
「おい、俊介!」
有美は声を張り上げた。ビクリと俊介が身を竦ませ、恐る恐る顔を上げる。
「ん」
その有美の様子に、俊介は一瞬ポカンとして、次いで泣き出しそうに顔を歪めた。
意地悪げだが温かい笑みを浮かべ、両手を広げて有美は立っていた。
そして俊介は土を蹴った。
有美の胸に飛び込み顔を埋め、その胸の中で声を殺して泣いた。
腕の中にいる、大人になろうとしている少年の、震える体を優しく抱き締めると有美は何度もその背を叩いた。
「また来る」
俊介は頷いて、漏れる嗚咽を歯を食いしばって堪えようとしては、失敗をしていた。
何度か繰り返し、ようやく嗚咽を止めた俊介は真っ赤になった目で有美を見上げた。
「次来た時はお前んちに行くよ」
「待ってる・・・・、待ってます」
それきり言葉は無く、二人は別れた。
他に何も、必要なかった。
事務所に戻ると有美は自分の机を見て絶句した。
なんじゃこりゃ!と言いたくなる量の紙の束が机の真ん中を陣取っていたのだ。
「あ、有美おかえりー。もう帰って来るの遅いよ。まどかさんから伝言預かってるよ」
「は?伝言?」
「明日までに必要な書類なので全てチェックの後、サインをしておいて下さい・・・だって」
額に青筋が立つのが自分でも分かった。
「あのアマ・・っ」
「サボったらダメだよ、有美。それじゃあ僕は帰るから」
「はぁ?お前帰るのかよ!手伝えよ!」
「ごめん。絶対に手伝わないように釘刺されちゃったんだ。それに僕、今日はこれから用事があるし」
のほほんとしながらこの事務所の所長は、キッパリと有美を窘めた。
そこに付け入る隙は全くなかった。
「じゃあねー」
バイバイと手を振り所長はさっさと退散してしまった。
一人残された有美はワナワナと体を震わせ、そして咆哮をあげた。が、
それを聞く人物は誰もいなかった。
子供が熱を出すと全てがストップしてしまいますね。(汗)ようやく更新出来てホッと一息です。
次回はまた夢の話を、なるべく近日中にお目見えしたいと思っております。
よろしくお願いします。