愛しきもの
今回はほのぼのと。。
黄金で艶やかなの毛並み、手入れされたそれは極上の手触りなのだろう。
愛くるしい瞳は知的に輝いており、絶え間なく揺らされている尻尾にはもう愛おしさしかない。
会いたかった。
その姿を確認した男はこみ上げる涙を抑えきれなかった。
涙で視界が滲む。
溢れ出る涙を拭い男は呼んだ。
「ジロウ!」
ジロウと呼ばれた犬は一声吠えると全力で駆け寄ってくる。
「ジロウ!久しぶりだな!」
笑いながら男は飛びかかってきたジロウを抱き締め撫で回した。久しぶりの手触りに、また愛おしさが込み上げ男は涙した。
首筋に顔を埋め声を殺して泣く。
ジロウは前足を男の背に回しその背を何度も掻いた。クゥンと鳴かれ男は顔を上げる。
「すまなかった、ジロウ。そうだな、時間は限られているのだ」
頭を撫でると男は立ち上がった。
「存分に遊ぼう」
拳で涙を拭い、笑った。
そこはいつも散歩に来ていた河川敷だった。ドッグランが併設されており、かつ自宅から近いこともあって頻繁に訪れていた場所だ。
遊び慣れていた場所に一人と一匹は戸惑いは覚えない。
「ありがたいな」
男は呟き、何かに感謝すりように空を見上げた。
いつもは沢山の人で賑わっているそこも今は誰もいない貸切状態で、男とジロウは全力で遊んだ。
フリスビーやボールを投げるとジロウは上手くキャッチし、一人と一匹で川縁まで走り、浅い水際で存分に駆け回る。
静かなそこに男と犬の鳴き声だけが楽しそうに響いていた。
岸に上がるとジロウは水を落とす為にブルブルと体を震わせ、飛沫がかかるが男は嬉しそうに声を上げて笑うだけだった。
ひとしきり遊び、一人と一匹は原っぱに横になった。
「ジロウ、楽しかったか?」
太陽の熱で乾いた毛並みを撫で男は呟いた。ジロウは言葉が分かるのか「ウォン!」と吠え顔を男に擦り付ける。
「そうか、楽しかったか。私もだ。お前にまた会えて・・・本当に幸せだ」
男はジロウの正面に座ると両手で顔を挟み込み額を押し付けた。
温かい。
以前と何も変わらない、いや、最期の時とは違う。こんなにも生命に満ち溢れている。
「ジロウ、お前がいる所は暖かいか?一人で寂しくしていないか?」
顔を離し瞳を覗き込む。光に輝いている瞳に曇りは一片も無かった。
ジロウは楽しそうに吠え、男は「そうか、寂しくはないのだな」と安堵し笑った。
するとジロウが立ち上がり何処かへと駆け出していく。
「ジロウ!どうしたんだ!」
男は慌てて立ち上がるがジロウの姿は忽然と消えてしまっていた。
「ジロウ?」
男は慌ててジロウの消えた方向へ駆け出す。
ジロウの姿が無いだけで男は途方も無い不安に襲われた。
辺りを懸命に探すがしかしジロウの姿は見つからない。途方に暮れ男は立ち尽くした。
その時、
「ウォン!」
遠くからジロウの鳴き声が聞こえ、男は声のした方向を向く。遠くからジロウが男に向かって走ってくるのが分かり男もまたジロウへ向かって駆け出した。
「ジロウ!急にどうしたんだ」
地面に膝を突き男はジロウの顔を両手で包み込むと毛を梳いた。
ジロウは荒く息をしながらしきりに自分の背後を気にする素振りを見せていて、男はそちらへと視線をやった。
遠くから何かがこちらへ歩いてくるのが見え、男は立ち上がった。
そこには仔犬が居た。覚束ない足取りで必死にジロウを追っているようだった。
小さなゴールデンレトリバーだった。
「ジロウ、あれは?」
するとジロウが男の背後に回り込み身体を仔犬の方へと押しやる。
グイグイと押され男は一歩一歩、仔犬へと近づいていく。やがてすぐ足元に仔犬が辿り着き男を見上げると元気に「ワン!」と吠えた。
「・・・ジロウ」
男はジロウを見た。ジロウは男の袖を軽く咥えると仔犬の側へと引っ張った。
男はされるがままに仔犬に触れた。柔らかな毛が手の平に触れ、途方も無い愛しさが込み上げてくる。
「ジロウ」
「ウォン!」
「この子を飼えと?」
「ウォン!」
ジロウは一人と一匹の周りをグルグルとまわり、もう一度「ウォン!」と吠えた。
男は泣いた。涙を流しながらやって来た仔犬を抱き上げその小さな体に顔を埋めた。
「・・・ありがとう、ジロウ」
仔犬は何事かと首を傾げていたが、男と目が合うと頬を舐め小さく鳴いた。
「よく来たな。よし、私と一緒に来るか?」
頭を撫でると仔犬は「ワン!」と吠え男に顔をすり寄せた。
男は微笑み仔犬と、ジロウを腕に抱いた。
ーーーーーーーー
男は目を覚ました。横になっている体を起こすと傍には若い男が立っていた。
「お目覚めですか?五十嵐様」
「・・・ああ」
「如何でしたか?」
「うむ・・・青柳君、君には感謝する」
「私は何も」
「これで心残りがなくなった」
「それは何よりです」
男はベットから立ち上がると軽く身支度を整え部屋を出て行った。
青柳有美は恭しく頭を下げ無言でその背を見送った。
五十嵐新十郎はこの店の上客である五十嵐ルリの夫だ。
今回はルリの依頼で新十郎に夢を見せた。
「しかしあの五十嵐新十郎がペットロスとはね」
有美は苦笑いし大きく伸びをした。流石と言うべきか、五十嵐新十郎のオーラは半端なかった。
共に居た時間は僅かだったが気疲れが凄まじい。
よくあの男と夫婦でいられるものだ。ルリも流石と言うべきか。
後日、ルリが伽藍堂へやって来た。
「この間はありがとう」
「いえ・・・その後は如何ですか?」
「新しい仔犬を買ったわ。ジロウの兄弟が生んだ子よ。ブリーダーに連絡をした日に生まれた子がいてね、新十郎はその中の一匹を迷いなく選んだの」
「そうですか」
ルリは盛大にため息を吐いた。
「ジロウが死んでから本当に酷かったのよ。これで元気になってくれればそれでいいわ」
しょうがない男、とルリは苦笑した。
「犬がお好きなんですね」
「あの見た目で意外でしょう?」
「そうですね」
ルリは有美の膝の上に座り首に腕を回して密着していた。ふくよかな胸が押し当てられているのはワザなのか、有美もまんざらでは無くルリの腰に腕を回し細い体を抱き寄せていた。
「新十郎はあの子がいるのが分かっていたみたいなのよ。不思議よね」
有美は含み笑った。
「お告げでもありましたかね」
自分は夢の内容は知らない。だがきっとそこで何かあったのだろう。
「今では新しいワンコと毎日遊んでいるわよ。こっちのことなんて見向きもしないんだから」
失礼しちゃうわ、とルリは憤慨していたがふと表情を和らげ妖艶な笑みを浮かべる。
「新十郎はワンコちゃんに夢中で私寂しいのよね。有美、可哀想な私の相手をしてくれない?」
「ルリさん、駄目ですよ」
鮮やかな赤い口紅がひかれた唇がジリジリと寄せられ、有美は困り顔でその唇に人差し指を押し当てる。
「因みに新しいワンコちゃんのお名前は?」
「・・・聞きたい?」
「ええ。あの五十嵐新十郎の愛犬の名前が何なのか、大いに気になりますね」
有美はルリの唇から指を離した。するとルリは「フフ」と笑うと有美の耳に口を寄せる。
囁かれた名前に有美は吹き出しかけ、慌てて咳払いをして誤魔化した。
「中々、個性的な名前ですね」
「昔っからネーミングセンスが無いのよ、あの人」
「ですが、あのお方らしい」
映画やテレビの中の五十嵐しか知らないが、らしといえばらしいと思える。
「さあ、もうこの話はお終いよ」
ルリの整えられた美しい指が有美の頬を撫で、再び唇が寄せられて来る。
やれやれ、などと考えつつ有美はそれを受け入れた。柔らかな女の唇はやはり気持ちが良いものだ、がしかし、これ以上の一線は超えられない。
超えてみたい気もあるが、それを押さえつけ有美はルリ体抱き寄せながら両目を何気無い動作で覆った。
二秒後、カクンとルリが有美の肩に崩れる。
「やれやれ、そろそろセクハラで訴えてやろうかね」
ルリを腕に抱きながら有美は溜息と共にそんな台詞を呟いたのだった。
犬は可愛いですよね。
読んで下さってありがとうございました。




