歌姫《前編》
年内最後の話が続き物で申し訳・・ありません。
宜しければ読んでやって下さいませ。
願わくは届けきみへ愛の唄
森脇七瀬がその時その場所に居たのは偶然だった。たまたま時間がありいつもとは違う道を通ってみたくなって気のままに見知らぬ街並みの中を散歩していた。
するとどこからか懐かしい歌が遠くから聞こえてきた。ふと足を止め周りを見回す。
住宅街の中、あちらこちらに街路樹が植えてありそこは都会の息苦しさのない静かな場所だった。
いつかこんな場所で暮らしてみたい、そんな事を考えてしまう程だった。
ピアノの音と柔らかな歌声は歩みを進める毎に大きくなってきて、やがて一軒の邸宅から聞こえてきているのが分かった。
「立派なお家」
感嘆の思いで呟くと七瀬はその家の前で立ち止まり聞き耳を立てた。
何の歌だろう。何処かで聞いた懐かしい歌ではあったがどうしても思い出せない。
歌声は男のものとも女のものとも分からない不思議な声色だが心地良く、七瀬はうっとりと聞き入っていた。
この人と一緒に歌ってみたい、そんな気持ちを抱きながら聞いているとやがて曲が終わったのか歌は途切れてしまう。
残念な気持ちを覚えながら七瀬はため息を吐きその場を後にした。
また時間があったら通ってみよう、そう思うにはとても自然な出来事だった。
青柳有美はその日、依頼人の家に居た。
依頼人は今いる家の家主である鏑木誠治、五十代の壮年に差し掛かっているが、生命力の滲み出ている男だった。
「探して欲しい人?」
「うむ。私が幼少期に共に過ごした人なのだが」
「鏑木さん、我々は探偵ではありません。探し人ならば然るべき場所へ行かれて下さい」
有美は僅かなため息をつき、鏑木へ進言した。が、鏑木は首を振った。
「手掛かりが全くないのだ。分かっているのはある歌だけで、かつて居たそこがどこであるかも分からん」
「それならば私共も探しかねます」
「歌ともう一つ、これだ」
有美の拒否を当然のように無視し、鏑木は右手を有美に差し出した。手が開かれ中にある物が現れる。
有美はまじまじとそれを見てから鏑木に視線を戻した。
「失礼ですがこれは?」
「うむ、手毬だ」
「それは見れば分かります」
「相変わらずつまらん男だな、もっと食いつくがいい。これはその人から貰ったものだ。これを手掛かりにしてもらいたい」
「・・鏑木さん、それは私の範疇を超えます。意味はおわかりですね?」
「無論だ。有美、お前の兄に協力を願い出たい」
きっぱりと鏑木は言い切った。有美はガリガリと頭を掻くと今度は大きなため息を吐いた。
「穂紬は正式に依頼をしなければ動きませんよ。そう言う固い男です。俺のようにはいかないこともよくご存知のはずだ」
「それについてはこちらも折れよう。わしから穂紬に依頼をかける。・・・この件は外部には漏らしたくないのだ」
敵の多い人間の台詞だと有美は思った。実際この鏑木という男には有り余るほど敵がいる。そんな生き方をしてきた人物であるしそれについて文句を言わないのでまあ、良しとする。
むしろ好んで敵を作り上げているのではないかと、そんな疑惑を有美は抱いていたが聞いたことは一度もない。
「生半可な事では穂紬はあなたの依頼を受けませんよ。申し訳有りませんがそれは俺にもどうしようもない」
「そうだろうな、嫌われているのは肌で感じておるし、あれがわしを嫌うのも当然だろう」
「それならば」
「口を挟むな、有美。ここから先はわしと穂紬の話だ」
「・・・分かりました」
これだから言い出したら人の話を聞かない頑固者は・・それが2人もだ。
先を思いやった有美は見えない暗雲が重くのしかかってくるような錯覚を覚えたのだった。
三日後。
「巫山戯んなクソジジイが!人の事、散々使いまくってから切り捨てておいて今更自分の依頼を受けろだぁ!?はぁ!?巫山戯んな!まじで巫山戯んな!今すぐ目の前から消えろ!テメェの面なんざ見たくもねえんだよ!2度とその面見せるんじゃねえ!さっさと消えていなくなれ!死ね!死にさらせ!!」
怒号が事務所に響き渡った。
聞いて驚くなかれ。これ俺じゃない、と有美は目を細め半笑いのまま固まっていた。
優しく品行方正な実兄のこのような暴言、生まれて初めて聞いた。正直ビビってる。
何故ならその口調はどちらかといえば自分の分野だからだ。
これだから普段怒らない人間を怒らせると怖いんだって。
バサリと新聞を広げ自分の姿を覆い隠すと有美はひっそりとコーヒーに口をつけた。新聞は小刻みに震えている。
その間も新聞の向こう側では耳を覆いたくなるような内容の言い合いが延々続けられ、終わりを見せない。
出掛けていればよかったと有美が後悔をしていると、ふとあたりが静かになっている。「あれ?」と思うのと同時に不穏な空気が辺りを漂うのがわかった。
コソッと新聞の影から顔を覗かせると目の前に穂紬の姿がある。
仁王立ちをして、睨みつけてくる眼差しは鋭く射るかのようだ。その目つきのまま有美が隠れている新聞を乱暴に奪い去ると穂紬はもう一歩近づいた。
最早有美は蛇に睨まれた蛙状態だった。
「ぁっ・・」
「有美お前今日こいつが来る事知ってたのか?」
「えっ?えっ?」
「ジジイがゲロったぞ、最近までお前とつるんで色々やって貰ってたってな。・・縁切れって、言わなかったか?」
コクコクと頷くと有美は愛想笑いをしながら持っていたコーヒーカップを放り投げ、椅子の上で膝を抱えて縮こまった。
「い、言った。言ったけどさ・・俺にも色々とジジョーがあ」
「言ったよな!じゃあ言われた通りに縁切れよ!」
かつてなく怒り狂った穂紬がドガッとデスクを蹴ると重たいはずのそれは少し浮き上がる。
内心悲鳴を上げながら有美は真っ青になった顔に伝う冷や汗を手の甲で拭い、平静を装おうとした。
静観していたはずなのにいつの間にか火の粉が飛び火してきている!
かつてないシチュエーションに、有美はどうしたらいいかも分からずオロオロとするばかり。
「おいおい穂紬よ。些細な事でギャーギャーとしおってからに、相変わらずケツの穴の小さい男じゃないか」
するとそこへ穂紬の怒りの元凶がソファーに腰掛けたままそんな台詞を言い放った。
瞬間、穂紬が目を剥き後ろを振り返る。
「ぁんだとクソジジイ、もっぺん言ってみろ」
語尾を巻き舌気味に凄まじい剣幕で穂紬は鏑木の台詞に反応して見せる。
「何度でも言ってやろう。過去を水に流せとは言わんが・・仮にも社長という立場である人間が客人の前でその態度はなかろう」
「・・・誰が客だ」
「無論わしだ。今回わしは正式な手続きを踏んで来ておる。その意味がお前には分からんのか?穂紬よ」
「・・・・・・・・・・チッ」
なにこの無言の後の舌打ち、怖すぎるんですけど。
有美は椅子の上で膝を抱えたまま二人を傍観する事しか出来ずにいた。
一筋縄ではいかないとは踏んでいたがここまでとは想像もしていなかった。
兄の鏑木への怒りの深さを甘く見積もり過ぎていた自分の失態にようやく有美は気がついた。
しかし今更どうしようもなく、成り行きを見守るしかなかった。
穂紬は先程の鏑木の言葉で少し冷静さを取り戻したようで、瞳から怒りの色が僅かに薄れていた。それは言動にも如実に現れた。
「あんたの言い分は分かった。この依頼、受けよう。しかしこちらからも条件がある」
穂紬の声のトーンが落ち着いている。それだけで有美は安堵を覚えた。
「うむ、聞こう」
「二度と僕達に関わるな、お前とは金輪際縁を切る。それがこの依頼を受けるに当たっての絶対条件だ」
「よかろう。その条件、こちらも呑もう」
鏑木は即答した。穂紬の言葉をある程度予測していたのだろう。
鏑木の返事を聞き穂紬も小さく頷いた。そして無意識なのだろう左手首に触れ腕時計の位置を直す。
そして視線を有美に戻すと、
「有美、お前もこっちに来い」
そう声をかけ自分はさっさと元の場所に戻ってしまった。声をかけられた有美も応接ソファーの元へ恐る恐る足を運んだ。
穂紬の隣に座り、対面には鏑木がどっしりと腰を下ろしている。
「それでは改めて依頼の話をさせて貰おうか」
鏑木は語り出した。
この鏑木の依頼を受けたことで、有美と穂紬にとって予想だにしない事態に巻き込まれて行く事になるとは、この時の二人は想像すらしていなかった。
伽藍堂まで足を運んでくださった皆様、今年はありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
良い年をお迎えくださいね。




