第1章 第8話
もう一機の殲撃J-15は月島機の後方にすでに回ろうとしている。RWRが鳴り、月島の緊張を煽る。
『ボギー、五時方向、上方』
「左急旋回します」
『右急旋回しろ。三原中尉たちにエンゲージさせる』
麻木の指示で月島は右に翼を倒して急旋回する。五時方向にいた敵機はそれに追従して追ってくる。RWRが鳴り、月島はキャノピーに手をついて振り返りながら旋回し続ける。
『ハラミ、エンゲージしろ』
『できません。殲撃11より照準を受けている。回避機動中』
三原の上ずった声が無線に聞こえ、月島は歯がみする。データリンク上では三原のクーガー16の位置は月島達の援護位置にいたが、状況は刻一刻と変化する。
『ッチ、IRミサイルが来る、ブレイクしろ!』
ミサイルアラートが鳴り響く。結果的に無意味に敵の優位な位置へ旋回していたため、敵機の攻撃を受けることになった。マッハ3でミサイルが突っ込んでくる。咄嗟に月島は左に翼を打って急旋回し、麻木がフレアを立て続けに放出した。
――近い!
ミサイルを撃って来た敵の位置はまさに絶好の位置だった。アフターバーナー・ゾーンにスロットルを押し込んで排気の再燃焼による推力増強を得ながらミサイルに対してビーム機動を取ろうとする。大G旋回。骨が軋み、月島か麻木のものかも分からない呻き声が漏れる。
「くっ……!」
腕が鉛のように重く、操縦桿が固く感じる。全力で機首を引いて旋回する。ミサイルが一発、月島機の腹の方へ飛び抜けていった。かわした、と思った瞬間爆発音が間近で聞こえる。
殲撃J-15が機関砲を発射したのだった。曳光弾が機体を海面に垂直にした状態の真上から、つまり真横から飛び込んできた。機体のすぐそばを過ぎ去り、その音の激しさから月島は被弾したのかと思った。殲撃J-15は月島のF-14Jの機尾すれすれをすり抜けながら急旋回し、後ろに回り込もうとする。
『回られるな、ディフェンシブ』
「ラジャ」
月島も殲撃J-15を追う形で旋回に入った。殲撃J-15は短距離ミサイルを一発だけ抱えていて非常に身軽だった。月島のF-14Jは殲撃J-15に比べるといらいらするほどゆっくり旋回しているように感じる。それだけ殲撃J-15は元のSu-27フランカーの能力を引き継いで運動性能が高いのだ。
「このヤロ……」
月島は操縦桿をめいいっぱい引き、ラダーペダルを蹴りつけながら殲撃J-15の後方へ回ろうとする。
『フランカーとタメを張っても仕方が無いぞ。一度アウェイして優位なポジションにつくんだ』
麻木は月島に指示をしながら攻撃を受けている三原機にも指示を出す。
『ハラミ、南方向に離脱しろ。ダン、ボギーは二機、BRAA359、二十四マイル、ロー』
『13、コピー。エンゲージ。FOX3、中射程』
攻撃隊直掩の藍田達も敵機に対し、攻撃する。攻撃隊はこちらが敵艦隊防空機を引き付けている間に攻撃位置に接近していた。
月島は一度、J-15と距離を取るためにアフターバーナーに点火しながら旋回する。J-15も同じく反対軸に旋回を開始した。どちらが早く敵機に相対出来るかの勝負が始まる。
月島はスロットルを絞り、速度を殺して小回り旋回しようとする。後退していた主翼が低速飛行のために前進してせり出してくる。
『失速する、パワー!』
麻木がスロットルを押し込めと月島に怒鳴る。
「ですが!」
『回避する運動エネルギーを失うぞ』
麻木に言われて月島はスロットルを押し出す。殲撃J-15も旋回し、こちらに向き直ろうとしていた。F-14では回り切れない。
月島は咄嗟に旋回を中断して回避に切り換えようとする。
『キープだ!』
麻木がそれを察したのか怒鳴りつける。
『ボギー、失速している!』
月島は目を見開いた。月島同様スロットルを絞って急旋回してこちらに向き直ろうとした殲撃J-15は失速して旋回しきれずに機体のバランスを崩しつつあった。殲撃J-15がアフターバーナーに点火し、旋回を中断して回避に移ろうとした時には月島は殲撃J-15に相対していた。
「FOX2」
月島はミサイルレリーズを押し込む。主翼付け根のハードポイントから最後のAAM-5Bミサイルが飛び出し、殲撃J-15向けてまっしぐらに疾走する。
殲撃J-15は無数のフレアを放出してダイブし、ミサイルを回避する。月島は殲撃J-15を追った。
「ガンで攻撃します」
機関砲に切り換え、HUDにファンネルと呼ばれる漏斗のように先細りした二本のラインと照準レティクルが表示され、レティクルの中心のピパーに敵機を重ねようと敵機に追従する。
ファンネルの両端が敵機の幅に合い、ピパーと重なったところで月島は機関砲を発射する。
M61バルカン機関砲が束ねられた六本の銃身を回転させ、二十ミリ弾を毎分四千発以上の発射速度で発射する。
発射されたのは一秒にも満たない一瞬だったが、百発近い砲弾が殲撃J-15の背面を射抜き、食いちぎる。殲撃J-15は機体を粉砕され、搭載燃料などに引火させて爆発四散した。
「ボギー、ワン・キル」
『よくやった』
麻木の賞賛に月島は答える余裕はなかった。一歩間違えれば自分が撃ち落した殲撃J-15の立場だった。
『ベクター353、ヘッドオン』
月島は言われるがままに機首を巡らせる。藍田が中距離ミサイルで攻撃した敵機はミサイルの射程外まで逃げて回避したらしいが、藍田もまた別の敵機から攻撃を受けて回避中だった。その藍田をさらに二機の戦闘機が狙っている。
藍田に続く都築機が藍田を攻撃しようと入って来た二機に対して長距離ミサイルを放った。都築機もまたレーダー照準を受け、ミサイルを発射した直後に回避を開始する。
我側も敵機側も長距離ミサイルの射程ぎりぎりで撃ち合っているが、決定打を与えられずにいた。
『象潟、攻撃を集中して南西にいる二機編隊から潰せ。こちらで北側から戻ってくる敵機を攻撃する』
麻木が指示する。それぞれがミサイルで牽制し合うように攻撃して距離を詰めずにいたが、麻木の指示で状況が変化する。
『データリンクでは見えているが、ロックできない。二万まで上昇してベクター003へ』
「ラジャー」
三機は南西から攻撃を仕掛けてきた敵機に正対し、笠井機が突出して敵機の攻撃を引き付けた。笠井機に対し、南西から接近する敵機はミサイルを発射。笠井機は防御機動を即座に取って離脱する。笠井機が離脱するや否や藍田機と都築機が増速してミサイルを発射。
攻撃の機動を取っていた敵機は回避が遅れることになる。
しかしそれは藍田達も同じだ。藍田達に向かって北側の二機編隊が攻撃を仕掛けようとしていた。その北側の二機編隊を麻木がロックオンする。
『FOX3、ツーシップ』
麻木が後席からAAM-4中距離ミサイル二基を発射する。ミサイルは主翼のハードポイントを離れるとロケットモーターに点火し、マッハ4へと加速していく。これで月島機はミサイルをすべて撃ち尽くした。
機内燃料も空戦で消耗しており、機体は非常に軽くなっていた。
『命中まで三十秒。撃ち尽くした、離脱しよう』
「了解。反転します」
月島は操縦桿を引いて戦闘空域を離脱する針路を取る。対艦攻撃も開始されており、敵東海艦隊に対艦ミサイル群が各方向から殺到していた。
『ソーサラー03、こちらクーガー12。交戦可能な兵装なし』
『こちらソーサラー03。攻撃隊の撤退はクーガー05編隊が援護する。離脱せよ』
「12、戦域を離脱する」
月島は宣言し、戦果を確認することなく《赤城》に向かって針路を取った。