第1章 第7話
月島は機首を再び敵艦隊の方向に向けて飛ぶ。今、戦域は西側に移りつつあった。日本本土から飛び立った空軍機が中国本土から艦隊を攻撃しようと飛び立った中国軍機を抑えている。
『ボギー、一機撃墜。もう一発は外れた』
麻木が先ほどの攻撃の結果を告げた。ミサイルを回避したもう一機との距離はかなり離れていた。
攻撃隊は敵艦隊まで二百八十海里、約五百二十キロまですでに迫っている。攻撃隊は最低でも九十マイルまで接近しなくては対艦ミサイルを発射できない。
敵艦艇の最大射程は長距離エリア防空艦の旅洋級こと052C型駆逐艦が装備するHQ-9A長距離艦対空ミサイルの六十五マイル。さらに外周をカバーするため、艦隊防空機を配置している。
中国軍も自艦隊に接近している日本軍機に反応し、迎撃機を差し向けてきた。
『敵艦隊の周囲の艦隊防空機は六個編隊。こちらに機首方位を合わせたグループに対処しろ。323、80マイル、ボギー。恐らく二機だ』
「ラジャー」
麻木が、自機が得た情報とデータリンクにより取得する情報を処理してくれるため、月島は操縦に集中出来る。頭の中では三次元で戦場の状況を組み立て、敵機と自機の関係を把握する。
『ボギーは恐らく上昇中。高度二万四千』
「対処します」
『交戦』
月島はAIM-54Eを選択する。先ほど二発使用したため、残るAIM-54Eは二発。このボギーに対処すれば残りは中射程のAAM-4B二発と自衛用の短射程のAAM-5B二発になる。
F-14Jは可変翼であるため、主翼に搭載できる兵装が限られ、兵器搭載量の拡張が難しい。現代の空中戦は格闘戦よりも目視外射程からのミサイルの撃ち合いに始まって終わることの方が多い。そのため兵器搭載量の不満は大きい。
ミサイルの射程に敵機を捉えようとしていた時、レーダー画面が乱れ、真っ白になった。警告音が鳴る。
『ECMを受けている。ロックオンできない』
「電子戦機ですか?」
『そのようだ。これは……厄介だな』
麻木が対電子戦対抗手段を行い、敵のECMの妨害を克服しようとしているが、うまくいかないようだ。攻撃隊には電子戦機役を担うFA-1がいるが、ECCM能力は限られている。
「マッドドッグ(ロックオンせずにAAM-4を発射する)で撃ちますか?」
『いや、待て』
『クーガー12、こちらソーサラー03。ECM範囲外から離脱せよ。FAD、さらに一個グループ、そちらに接近』
早期警戒機からの通報と共にRWRが鳴る。
『ネイルズ、J-15。二機だ。追尾されている。回避しろ』
「ラジャー」
殲撃J-15戦闘機が月島達に攻撃を仕掛けようとしている。殲撃J-15はロシアのSu-33艦上戦闘機の試作機をウクライナ経由で入手し、先の殲撃J-11をベースに独自開発した中国の空母艦載機だ。空母《山東》より発艦させた艦隊防空戦闘機であれば発艦方式の違いによる発艦重量の制限を受けるため、搭載兵装が少ないか燃料を減らして航続距離を削っている筈だ。月島はビーム機動を取って敵の正面に対して横行するように飛び続ける。
『クーガー12、こちらソーサラー03。フォー・オクロック、ボギー二機、ホット。ボギー上昇中』
殲撃J-15は接近しつつ、こちらのビーム機動に対して三時方向から四時方向へと遷移しつつあり、後方に回り込もうとしていた。
『12、ディフェンシブ。16、バックアップ・ポジション』
『ラジャー』
麻木の指示を受けて三原と溝口のF-14Jが援護位置につこうと旋回する。殲撃J-15は編隊を崩さず、月島達を狙っていた。鳴り続けるRWRがミサイルアラートに変わる。
「撃って来た」
『ターゲット、ミサイルランチ。フォー・オクロック』
中距離空対空ミサイルがこちらに向かってきていた。ミサイルの発射された方位は分かるが、敵のECMで情報が不足している。ビーム機動を取り続けながらこちらもECMで対抗、回避機動を取る。
『ミサイル来るぞ、レフトブレイク、コンテニュー!』
「ラジャー」
月島は麻木の指示で左旋回を続ける。ミサイルの機動は早期警戒機からデータリンクによって伝えられている。ミサイルを示す白い筋が瞬きする間に数十マイルの距離を詰めてこちらに近づき、警報が鳴り響いていた。
『ライトブレイク!』
麻木の指示のタイミングで翼を返して機体を右へ垂直に傾け、機首を引く。ハイGターン。強烈なプラスGが身体を襲い、耐Gスーツが身体を締め上げる。Gメーターに表示された瞬間的な最大荷重は9Gと少し。視界から色が消えていく。過荷重警報システムが「オーバーG」と叫び続けている。
『耐えろ』
耐G呼吸で必死な月島に麻木が冷たく言う。麻木が最適なタイミングでチャフを放出。ミサイルは機のすれすれを飛び抜けていった。警告音が消える。
月島は機体を水平に戻してGを解く。ミサイルを回避できたが、まだ呼吸は乱れていて余裕が無かった。しかし休む暇もなく溝口が警告してくる。
『ヘイズ、ボギー、貴機の五時方向』
『スコーチャー、回られているぞ。そのままターンを続けろ、後ろを取られるな』
「ラジャー」
忌々しいことに二機の殲撃J-15が仲良く月島達を追っている。二機のうち一機が月島を積極的に追尾し、もう一機がそれをカバーしていた。月島は水平に戻した機体を再び傾けて旋回し、敵機の追尾を回避にかかる。
IEWSが警告音を響かせる。敵機は月島を追尾しながらレーダー波を浴びせ、攻撃を仕掛けようとしていた。
「レーダーを格闘戦モードに」
月島はJ-15へ打って出ることにした。麻木はレーダーの走査モードを自動補足モードへ切り替え、月島は兵装選択装置をFOX3からFOX2を選択し、AAM-5Bを準備する。AAM-5Bのスターリング冷凍機がミサイルシーカーを冷却し、シーカー・トーンがインカムに聞こえ始める。
『ボギー、ファイブ・オクロック。BRAA(自機基準点方位)013、十八マイル、高度一万二千』
麻木が、月島がまさに知りたいと思ったタイミングで敵機の情報を伝えた。
「反転して牽制で撃ちます」
回避機動からスプリットSを打ち、反転。強烈なプラスGの中で月島は兵装選択装置を再びFOX3に切り換え、AIM-54Eを準備、敵機と正対する。
反転を終え、敵機が視界に入る。灰色の点と微妙に双垂直尾翼らしきシルエットが見えていただけだったものが一瞬ではっきりとした機影に変わっていく。
「クーガー12、MADDOG、クローズ」
敵機がこちらを捕捉する前に月島はAIM-54Eを二発、敵機の方位に向かってロックオンせずに発射。敵機はチャフとフレアを放出しつつ編隊を解いて回避急旋回する。長射程のミサイルは機動性の高い目標に対しては有効ではない。二発のAIM-54Eは結果的には目標を捉えずにそのまま飛翔していったが、月島は散開した敵機のうちのリード機と思われる機に狙いを定め、突進した。
再びFOX2に切り替えると、シーカーはすぐに冷えて使えるようになった。シーカーのオーラル・トーンを聞きながら殲撃J-15を追尾するが、殲撃J-15は低速で小回り急旋回し、月島機に対してビーム機動を取る。
殲撃J-15の位置が月島機のレーダーの視野角を超える。月島は操縦桿に備わるボタンを押してAAM-5Bのシーカーと機上レーダーとのリンクをオーバーライドで解除。シーカーヘッドをHMDの視線方向と直接連動させる。オーラル・トーンが大きくなり、横行するフランカーとHMDバイザーに表示された殲撃J-15を囲む目標指示ボックスが重なった。
「クーガー12、FOX2!」
ミサイルレリーズを押し込むとAAM-5Bは電気的にランチャーから放たれ、ロケットモーターの推力偏向ベーンと全遊動式の飛翔制御翼を用いて20G以上の急旋回でフランカーに追い縋る。
月島はコンバット・エッジでミサイルを追うように殲撃J-15を追尾する。
――当たれ!
月島は心の中でミサイルに念じつつ、殲撃J-15を見た。殲撃J-15のパイロットは絶妙なタイミングでフレアを放った。しかしながら二波長赤外線センサーによりECCMを強化されたAAM-5ミサイルは目標を見失うことなく突き進み、近接信管で弾体を炸裂させ、殲撃J-15にその破片を叩きつける。左主翼と垂直尾翼が引き裂かれ、左水平尾翼がもぎ取られる。機体を傷めつけられた殲撃J-15は黒煙と火を噴きながら海に向かって墜落していった。
『クーガー12、スプラッシュ1』
撃墜した殲撃J-15を目で追うことに夢中になっていた月島に代わって麻木が宣言する。
『モタモタするな、もう一機はオフェンス・ポジションだぞ』と機内通話での叱咤も忘れない。余韻に浸る暇もなく、月島は機首を巡らせる。