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皇国の盾  作者: 小早川
第一章
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第1章 第4話

 コバルトブルーの海に《赤城》とその護衛艦の航跡(ウェーキ)が残っている。《赤城》の艦影が見えてきた。


『エアスピード、チェック。フックダウン』


 麻木と声出しで点検を行いつつ、着艦の準備を行う。

 速度を確認しながらアレスティング・フックを下ろし、着艦アプローチをアピールするために艦の直上をフライパスするコースを取った。


「オントップ・スタンバイ……ナウ、マーク!レフトターン、ナウ」


 直上通過をコールして左旋回し、ダウンウィンドに進入。いつも通りのレーストラックを描く。ここは実戦になっても変わらないのだなと月島は妙な関心を覚えた。

 ランディングチェックリストを消化し、ギアダウン、フラップをフルダウンにし、HUDに表示される針路に沿って飛ぶ。再び左旋回し、ベースに入ったことをコールする。


「ナイアッド・タワー。こちらクーガー12。ベースに到達。着艦許可求む」


『シーウルフ12、着艦を許可する。艦首方位080、風は090から十二ノット。マーシャルとコンタクト』


「ラジャー。着艦アプローチを継続、マーシャルとコンタクトする」


 月島はマーシャルこと着艦信号士官(LSO)に周波数を合わせる。


『クーガー12、こちらマーシャル。ラジオチェック』


「マーシャル、こちらクーガー12。無線感度良好(リマ・チャーリー)。残り五マイル。着艦する」


『こちらマーシャル、了解した。こちらも感度良好。貴機を目視で確認。進入を継続せよ。ミートボールを確認後、報告』


「ラジャー」


 修正で機首を上げ下げすることで再び速度が変化するのでこれをまたスロットルで調整するというように、接地するまでは常にこの微調整を続けなければならない。

 距離四マイルほどで、空母左舷に設置されているボールと呼ばれるフレネルレンズ式光学着艦誘導システム――着艦誘導信号灯――を確認し、「オン・ボール」と月島はコールした。

 この着艦誘導信号灯のライトと着艦信号士官(LSO)からの無線による指示を助けに機体を操縦する。

 機体が適正なグライド・スロープ上にある場合は着艦誘導信号灯中央の黄色いライト、ボールが横一列に並んだ緑色と同じ高さに見える。もしボールが緑色のライトより上に見える場合は機体の高度が高く、逆に下に見える場合は機体の高度が低いことを示している。左右のずれはLSOの指示と自分の目でアングルドデッキに引いてあるラインを見て修正する。


『キープ……キープ……少し高い、ダウン……ダウン……ダウン……パスに乗った!キープしろ。そのまま、そのまま、少し右へ……』


 LSOからの細かい指示に慎重に合わせていく。着艦は一人ではできない。LSOの指示を信じて連携しなくてはならなかった。

 巨大な《赤城》の艦影が徐々に大きくなっていく。

《赤城》は艦の規模から単に外見処理だけではレーダー反射を減少させるのに限界があるため、電子戦(ECM)能力を高め、敵からの探知やミサイルの誘導などを阻むアクティブ・ステルス能力を備える。そのため、飛行甲板の全幅を広げ、飛行甲板の周囲に電子素子(アレイ)構造物が配置されていた。


『キープ……キープ……』


 着艦は訓練でも実戦でもLSOによって常に採点されている。アングルドデッキには約六メートル間隔で四本のアレスティング・ワイヤーが張られていて、約五センチ浮いてアレスティング・フックを引っ掛けられるようになっていた。手前から三番目のワイヤーにフックをかけられるのがベストとされている。三番目のワイヤーにフックをかけられると、米海軍に倣って「Tai l hooker」のワッペンが授与される。月島はすでに取得済みだった。

 月島は戦闘を終えた直後でもベストを発揮するため、今もタッチアンドゴーでワイヤーにフックをかけるタイミングを測り、三番ワイヤーにフックをかけられるようにイメージしていた。

 機首が上げ、高仰角姿勢になる。間もなく接地だ。接地の衝撃で舌を噛まないように意識する。


『艦尾変わった!』


 伝統的なコールが耳を打つ。このコール後ならパワーを絞れば機体は沈み、艦尾に機体をひっかけることなく自然に着艦できる。

 コールを聞いたと同時にパワーを絞る。主脚が飛行甲板を叩いた。突き上げるような衝撃が身体に伝わり、体が跳ね上げられ、機体が沈む。

 接地後は必ず再離艦(ボルター)に備えパワーを上げる。そのままフルミリタリーパワーまでスロットルを押し込む。

 機尾から垂れたアレスティング・フックが飛行甲板に張られたアレスティング・ワイヤーを捉え、機体は強制的な制動を受ける。一気に機体が速度を失い、月島の体にハーネスが食い込む。

 無事着艦を終えた。フックランナーと呼ばれるアレスティング・フックがワイヤーを捉えたことを確認する要員が走る。


『12、二番ワイヤーを捉えた。パワーカット、パワーカット』


「シーウルフ12、ラジャー。パワーカット」


 月島はスロットルをすぐさま絞る。腰に着艦の衝撃で鈍い痛みが走っていた。F-14の着艦の衝撃は他の機に比べても、その総重量が重いだけあって強烈で、つくづくこの衝撃には慣れない。


『フルストップ!フックアップ。着艦甲板からの離脱を許可。ハンドラーの指示に従え』


「ラジャー。着艦甲板を離れる。スタートタキシー。誘導に感謝する」


 フックを上げ、ワイヤーによる拘束を解いた月島は慎重に地上とは比べられないほど狭い飛行甲板上で機体を進ませた。次に降りてくる機のためにも迅速にアングルドデッキを空ける必要があった。

月島は誘導に従って機体を駐機エリアへと進めた。飛行甲板上は着艦に備えた態勢になっているが、所狭しと機体が並んでいて、今もミサイルや燃料の補給が行われ、急ピッチで整備が行われている。

駐機スポットに機体を運び、そろそろと進めていく。誘導員が両手を突き出した。停止の合図だ。

ギアブレーキをかけて機体を停止させ、パーキングブレーキをセットする。


「パーキングブレーキ、セットよし」


『OK』


 麻木が答える。停止後のチェックを済ませた整備員が右手の親指を突き出し、次いで両手を真上に伸ばす。

 月島がキャノピーの開閉ハンドルを手前に引くと、キャノピーが開くにつれ、飛行甲板の喧噪と共に排気ガスや海の潮風が流れ込んできた。酸素マスクの留め具を片側だけ外す。


「ホットリフューエルですか?」


『いや。エンジンを止めろ』


 整備員に向かって首を掻き切る、エンジンカットの合図を送る。整備員が頷き、親指を突き出してサムズアップする。スタンバイ状態のレーダーを切り、その他の電子機器のスイッチを順次切るとエンジンの回転数をチェックしてから両エンジンのスロットルをカット位置まで下げる。二基のエンジンに送り込まれていた燃料が遮断され、甲高いエンジンの音がしぼんでいき、エンジンを停止させる。

 飛行後チェックリストを消化し、バッテリースイッチをカットし、整備員に合図する。列線員らが機体に取り付き、飛行後点検の作業を始めた。

 月島は酸素マスクを外し、溜息を吐く。一気に疲労感が押し寄せて来た。腕が鉛のように重く、体をコックピットから起こそうと思ってもなかなか力が入らない。ハーネスを外し、把手に手をかけて起き上がろうとした時、影が差し、月島は上を見上げた。

 冷たく鋭い目をした麻木が月島を見下ろしていた。無言で手が差し出され、月島が迷いもなくその手を取ると麻木が月島を引き起こす。


「モタモタするな。戦闘は終わっていないんだぞ」


 冷淡な声で叱咤され、月島はようやくてきぱきと機体を降りる動作に入った。ラダーを降りて飛行甲板に降り立つ。その飛行甲板を踏みしめ、改めて母艦の無事を感謝した。

 空母はその名の通り、戦闘機の母であり、月島達の(ホーム)だ。三千二百名もの乗員が乗り込み、最大排水量が十万トンを超える原子力機関を備えた世界でも最大クラスの空母であっても、戦闘中その存在は儚い。

 一発何千万、下手したら億単位の値段の殺意に満ちた武器や兵器が飛び交い、お互いの国を背負って敵の兵器を葬り去ろうと全力で奮闘する兵士達が殺し合うこの空と海で、この空母が生き残っているのは当たり前ではないのだ。

 月島の機体は増槽を投棄していたため、新たな増槽が取り付けられ、燃料が補給され、すぐさま空対空ミサイルが運ばれ、機体が再武装されていく。甲板要員達の手際の良い動きを思わず見ていると、無言で背後から肩を力強く叩かれ、月島は思わずよろけた。振り返った先にいた麻木はそんな月島を振り返ることなく、そのまま艦橋構造物(アイランド)の水密扉に向かっていった。普段、後ろで丁寧に纏めている髪が、ヘルメットを脱いだ直後の今は馬の尾のように一本に結えている。女パイロットは小柄なことがアドバンテージとなるが、麻木の背はモデルのように高く、すらっとしていた。

 叩かれた背中を月島は擦る。彼女なりの労いだったのだろう。今日は何もかも珍しいことばかりだ。

 その麻木の髪や装具の間から見えるフライトスーツがぐっしょりと濡れているのを見て、月島はようやく自分もまた汗まみれで、体がくたくたなのを思い出した。同じ疲労度のはずなのに、背筋の伸びた綺麗な姿勢で歩く麻木は凛としていて、格の違いを見せつけられた気がして、月島も負けじと背筋を伸ばして麻木に続いた。

 その間も轟音を響かせ、F-2が着艦する。ステルス戦闘機であるF-2だが、発艦準備にかかった機体は空対空ミサイルを満載にした上、増槽も抱え、ステルス性を捨てた姿となっていた。カタパルトがF-2を打ち出し、再び轟音が飛行甲板に響き渡る。

 遠くの空では花火のような低い破裂音が時折聞こえていた。航空母艦と併進するようにして飛ぶSH-60L回転翼哨戒機(哨戒ヘリコプター)が交代のために旋回して《赤城》の着艦スポットに向かう。

 戦況は目まぐるしかった。麻木に続いて飛行甲板を歩いていると途中、疲れた顔をした藍田と象潟が合流する。


「次は何分後に出撃だろうか」


 藍田が弱音のような言葉を月島にかける。


「シャワーを浴びる時間は無さそうだ」月島が肩を竦めると藍田は力なく苦笑した。


「俺はベッドで寝たい」


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