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皇国の盾  作者: 小早川
第一章
2/12

第1章 第1話

『クーガー12、発艦(エアボーン)


 麻木が無感動に宣言する。一緒に発艦したとは思えないほどクールだが今さらもう驚かない。


『クーガー12、幸運を(グッドラック)


 発艦士官(シューター)の声を聞きながら月島は右緩旋回で機体を右に振ってから操縦桿を左に倒してバンクを切って急旋回し、《赤城》の方向に向かって反航する針路を取って機体を水平(レベル)に戻す。

 ──幸運を、か

 普段ならただの常套の挨拶なのだが、そんな言葉すら重く聞こえる。

 舳先で東シナ海の白波を切り裂いて進む《赤城》の船体があっという間に迫ってくる。《赤城》の左舷一キロほど離れた位置にイージス艦の金剛型防空巡洋艦《鳥海》が見えた。今、月島は艦隊の中心を飛んでいるのだ。

 月島はアフターバーナーに点火したままさらに上昇を続ける。発艦士官の声が無線に聞こえるのも一瞬で、HMDに表示される速度計も高度計の数値も機体が加速し、高度を上げていることを示しているが、目の前に広がる雄大な空はそれを自覚させないほど限りなく広がっていた。


『クーガー12、こちら(ディスイズ)ナイアッド。方位三一〇(ステア)度へ旋回せよ(310)


 符丁(コールサイン)ナイアッドこと、《赤城》の管制が呼びかけてきた。


「クーガー12、ラジャー。機首方位(ヘディング)三一〇度(310)


 飛び立ってからは、麻木は戦術航空士(WSO)と編隊長の役職を負って月島と負担を分担していた。


『クーガー12、こちら13。貴機の左後方を併進中』


『クーガー13、目視確認(ビジュアル)。コンバットスプレッド。まだシーカーは入れるな』


 僚機のパイロットである藍田要(あいだかなめ)中尉の呼びかけに麻木が指示を出す。キャノピーフレームのミラーには藍田の乗るF-14Jが近づいてきたが、翼を傾けて左へ距離を取る。

 藍田のF-14は月島機と同様、長距離空対空ミサイル、AIM-54フェニックスのコピーであるAIM-54E長距離空対空ミサイルが四発、AAM-4中距離空対空ミサイル二発、AAM-5B短距離空対空ミサイル二発が装備されていた。

 大日本帝国海軍でF-14が採用されてからすでに四十年が経過している。近代化改修や再生改良が行われているとは言え、F-14を開発した米国では二〇〇〇年代の初めに退役しており、特徴的な可変翼機構を持ったF-14の旧式化は否めない。しかし未だに帝国海軍主力の艦隊防空戦闘機としてF-14は君臨し続けていた。

 月島たちの第二艦上航空隊のF-14は三二型と呼ばれる近代化改修形態で、炭素繊維素材の新型主翼に換装され、操縦系統をFBW(フライバイワイヤ)化している他、機上電探(レーダー)が最新のJ/APG-2F電子素子電探フェイズドアレイレーダーに換装されていた。

 情報高速送受信装置が追加され、データリンク機能も追加された他、レーダーによって合成開口モードやマッピングモードを新たに付与されており、状況認識力の向上やそれらの機能を活かすため、コックピットもアナログの計器類は多機能ディスプレイに姿を変え、グラスコックピット化が図られ、格段にパイロットの負担も軽減されている。

 月島は藍田と編隊を組みながら指示された針路に機体を旋回させつつ、指定高度に達したところで機体を水平(レベル)に戻す。


『コーク、ダンは緊張しているか』


『冷静を装ってますよ、いつも通りのダンです。ヘイズさんの前のスコーチャーはどうですか?』


 麻木が声をかけたのはTACネーム、コークこと藍田の後席につく象潟恭之助(きさかたきょうのすけ)中尉だ。それぞれTACネームには由来があり、隊の宴会で一杯目にコークハイボールを頼んだ象潟はコーク、名前に田がある藍田はそれを音読みしたデンを呼びやすくダンとした等とTACネームは本人の納得が無くても、同僚や先輩などからあだ名のように決められ、空ではその名で呼ばれ続けることになる。

 ちなみに麻木のTACネームの由来をまだ月島は知らず、宴会の二次会で立ち寄ったバーで火のついたテキーラを飲もうとして失敗し、同僚と先輩の髪の毛を焼いた月島は焦がすもの(スコーチャー)だった。


『これから先が思いやられるよ』


 月島は頬が熱を帯び、紅潮するのを自覚した。麻木には何もかもお見通しだ。何も暴かなくてもいいじゃないかと月島は少し不貞腐れたが、何も言わずに無言で飛ばし続けようとした時、麻木が無線を切って機内通話で呼びかけた。


『……スコーチャー。肩肘張るな。ああは言ったが、これまでは訓練通りに飛べている。ダンも同じだ。冷静にな』


 思わずキャノピーフレームのミラーで麻木を窺うとヘルメットとマスクの間から覗いた切れ長の目が月島を射抜いた。


「ラジャー」


『まあ、いずれ避けられんのだ。初体験と行こうじゃないか』


 いつにない気遣いに調子が狂いそうになる。同じ高度を別のF-14の編隊が併進して飛ぶのが見えた。四機で傘型のフィンガーチップ編隊を組んでいる。周囲を見渡せば他にもラファールの愛称を持つ、フランスが開発(フランス生まれ)ライセンス生産(日本育ち)、独特な曲線美のクロースカップルドデルタ翼の双発戦闘機、FA-1六二式艦上戦闘攻撃機の四機編隊が二個、F-14の二機編隊が二個と無数の戦闘機が目に見える範囲だけでも飛んでいる。

 他にもカナードと後退翼型の主翼と外側に傾けられた双垂直尾翼の、スリー・サーフィス翼配置に継ぎ目のない(シームレス)で滑らかなステルス形状の帝国海軍唯一の第五世代戦闘機であるF-2A/B六四式艦上戦闘機も飛んでいるが、すでに艦隊を離れていた。


『クーガー12。要撃管制をソーサラー01に引き継ぐ』


 管制が《赤城》の航空管制から艦隊防空エリアをカバーするようにして飛ぶE-2C四三式早期警戒機に変わった。

 E-2Cは空飛ぶレーダーサイト兼管制室だ。皿型の強力なレーダーを背負って飛び、対空警戒・監視を行っており、戦闘機を指揮する管制官が乗り込み、最大で四十機程度を空中管制することが可能だった。


『クーガー12、こちら(ディスイズ)ソーサラー01。要撃(ユア、)管制を(アンダー・)実施する(マイ・コントロール)


 E-2Cの要撃管制官(コントローラ)は中堅士官らしい低調な固い声だった。データリンクによって自機の機上レーダーを起動せずに戦域の情報を入手する事が出来る。

 レーダースクリーン上に入り乱れる無数の輝点(ブリップ)に月島は息を呑んだ。

 味方もまた相当な数だが、敵もまたそれと同等か上回る数の航空機を飛ばしている。敵艦隊はまだ遠く離れていたが、双方の戦闘機はすでに距離を縮め、一部では空中戦が始まっている。

 飛行している航空機も戦闘機、攻撃機、爆撃機、さらに哨戒ヘリや空中警戒機、空中給油機と、まさに空を覆い尽くさんばかりの数の航空機がこの空域に集まっていた。

 そのブリップのいくつかは巡航ミサイル(CM)対艦ミサイル(SSM)で、第一機動艦隊に向けて発射されたものだ。味方戦闘機がそれを迎撃したり、追尾を開始して反転している。

 ――いきなりクライマックスじゃないか。

 月島は顔をしかめた。心拍数が上がっていて、心臓の音が機内通話装置に届きそうだった。胃がせり上がってきて吐き気を覚えた。


『駆逐艦《峰雪》より入電。爆撃機多数、方位348より艦隊に接近』


『ナイアッド、こちらソーサラー04。目標探知。方位351より護衛戦闘機を伴う爆撃機編隊接近。ボマー八機、戦闘機六機。高度二千七百。速度0・6(ゼロポイントシックス)。迎撃誘導を開始』


 殺気立った無線が飛び交っている。暗い空にポジショニングライトを点灯した戦闘機がアフターバーナーを焚いて北に向かって飛ぶ。全機が戦闘灯火管制に従って次々にライトを消し、消えていく。

 こんな大規模戦闘、訓練ですら見たことがない。最初からガチンコの殴り合いの艦隊決戦だ。双方空軍が支援していて、作戦機の数はさらに増加しつつあった。

 艦隊の陣形もまた目まぐるしく変わっていた。各艦の距離は大きく開き、空母を中心とした輪形陣を構成している。最も外側の外周の艦は空母から四十キロも離れており、空母の周辺は防空巡洋艦が固めていた。

 外周の駆逐艦は潜水艦と対空、両面への対応を行っていて回転翼哨戒機(哨戒ヘリ)を飛ばしている。

 艦隊の中枢では空母の周囲にも哨戒ヘリや航空機パイロットを救出する捜索救難ヘリも空中待機していて、艦隊の中枢と戦闘空域の方向に早期警戒機が飛んでいた。


「空が狭い……」


『呑まれるなよ』


 麻木がすかさず釘を刺す。殺意の籠ったミサイルが飛び交う実戦に飛び込んだという実感はまだ無かった。


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