第1章 第9話
FA-1六二式艦上戦闘攻撃機、コールサイン・フルーレ03に乗り込んだ真代康貴大尉は高度五千フィートから高度七百フィートまで降下しつつ敵艦隊に迫っていた。敵艦隊から差し向けられた迎撃機は第201飛行隊のF-14Jと交戦を開始している。
『フルーレ編隊、敵艦隊陣形に変化なし。攻撃進入方位に変更なし。攻撃進入を続行せよ』
敵は早期警戒機等の電子支援機が我に比べ、不足している。人民解放軍空軍の早期警戒管制機は台湾及び満州方面の作戦に投入されており、東シナ海の制海戦では海軍の早期警戒機を飛ばしているようだが、航続距離も在空時間も不足し、効果的な運用が出来ていない。
低高度を飛び極力目立たないよう無線封止も実施した念入りな攻撃進入を行っているため、無線は受信だけの一方通行だ。
同時弾着攻撃のためのデータがデータリンクによってMFDに表示されていた。攻撃まで三分を切った。
兵装選択画面にはASM-2 七五式空対艦誘導弾が選択されており、ミサイルには各戦闘機と早期警戒機、空母や防空艦等と結ばれたデータリンクによってすでに目標のデータがインプットされている。米軍の運用するリンク16に相当する共同交戦能力を持った戦術データリンクシステムである統合指揮統制装置により、高価値目標や防空火網の厚い目標には重複して攻撃できるよう各機の各対艦ミサイルに目標を指定して振り分けており、単座のFA-1でパイロットのワークロードを軽減してくれていた。
近年の戦闘機はシステムの簡略化やコックピットのグラスコックピット化により基本的には単座機が多いが、逆に任務は多用途で複雑化しており、パイロットの負担は増している。
陸軍の七二式地対艦誘導弾を元に海軍が開発したSSM-2M 七七式艦対艦誘導弾をさらに発展させて空軍が開発したASM-2は、従来の対艦ミサイルに比して射程が延伸され、命中精度などは高まっており、開発元の空軍だけでなく海軍航空隊も運用していた。
FA-1はF-4EJに替わって対艦ミサイル等の兵装を運用する艦攻こと艦上攻撃機としての役目が求められて導入され、日本の装備が運用できるよう日本仕様となっており、ASM-2等の新型装備にも対応している。
真代はフランスが生み出したこの優美な曲線でデザインされた独特のFA-1戦闘機を気にいっていた。無骨で着艦の衝撃も強烈ないかにもアメリカ製のF-14も嫌いな訳ではないが、五年F-14で空を飛んで機種転換したFA-1は着艦性能もF-14に比べれば格段に向上しており、トラブルも少なく信頼性の高い優秀な機体だ。フランスは何としても輸出実績を稼ぐため、ライセンス生産時の大幅な日本による仕様変更を認めており、かなり融通が利いていた。
第二機動艦隊が発射した巡航ミサイル群も空母《山東》からなる東海艦隊に接近しつつある。巡航ミサイルは事前にプログラムされた経由地点を経て敵艦隊の探知を回避しつつ防空網が手薄になっている方向から突入するよう接近しており、東側から接近する空軍の攻撃隊も対艦ミサイルを発射しようとしていた。
空軍はF-1C四九式戦闘攻撃機、F-15EJ五三式戦闘爆撃機、F-2等の他、ターボプロップ四発のB-7三三式爆撃機まで繰り出して攻撃を敢行しようとしている。
『クーガー15、ディフェンシブ!ブレイク、ブレイク!』
『クーガー12、一機撃墜』
無線には護衛機が敵艦隊防空機と空中戦を繰り広げる内容が飛び交っていた。真代は息を呑んだ。敵戦闘機は攻撃隊の僅か二十マイルほどの距離にいて、F-14Jに撃ち落された。
レーダー上で敵機は高度を急速に落としていて空中で複数に分かれた。恐らく爆発四散したのだろう。そちらの方向を見たが、雲に隠れて何も見えなかった。空には幾筋もの白煙が伸びている。
真代が率いる四機編隊は対艦ミサイル攻撃のため、各機が広い間隔を取った横隊編隊を組んでいる。各機の位置を確認し、お互いが編隊を維持するようにして低空を飛び抜ける。
敵艦のレーダーはこの距離で見通し線上で水平線の下にいる真代達を捕捉できず、早期警戒機等からもたらされる情報で対処している。しかしその早期警戒機も帝国空軍の電子戦機が発射した対レーダーミサイルに撃ち落されていた。
真代は無言でFA-1を飛ばし続ける。戦闘機パイロットは機種によって性格が変わる。複座で荒っぽいF-14Jのパイロットはおしゃべりに、単座で優雅なFA-1のパイロットは寡黙に。無線封鎖しても後席員と会話できたF-14Jと違ってFA-1のコックピットではただ一方的に無線を聞きかじるだけだ。自分の意見や感想が求められないため、真代はまるで自身が戦闘マシーンそのものになったような機体との一体感を覚えていた。
HMDに表示されるミサイル発射の距離カウンターが徐々に縮まっていく。フランスのラファール戦闘機を日本が導入するに当たり、多くの仕様変更が行われていた。このHMDバイザー付きヘルメットは最新のF-2戦闘機で採用されているヘルメットと同じで、日本の物が使用できるよう適合化されている。
また固定装備の機関砲も30mm口径の30M791リボルバーカノン砲からF-2の25mm機関砲と同じNATO規格の25×137mm砲弾を使用する国産の機関砲に換装されていた。
『フルーレ・フライト、こちらソーサラー03。ニューピクチャー。ボギー・ホット。シックスオクロック。フォア・ボギー』
ソーサラー03からの無線を聞いてぎょっとする。新たに出現した四機の敵機が後方から迫っていることがデータリンクを通してMFDに表示されていた。
『フルーレ、フェンス・イン。無線封鎖解除。マスターアーム・オン。攻撃を開始する』
フルーレのマス・リーダーである布施少佐の指示が下る。
『こちらレウス01。ミュージックスタート。ECM支援を開始』
『アタックポイントまで1・0……TOT統制射撃。フルーレ、ミサイル発射用意』
真代は早期警戒機からの指示を聞き、対艦ミサイル発射に備える。
『発射』
「FOX4、ツーシップ」
操縦桿のミサイルレリーズボタンを押し込む。FOX4に設定されたASM-2空対艦ミサイル二発がハードポイントを離れ、ロケットモーターに点火して加速する。重たい対艦ミサイルを発射した瞬間、FA-1の機体が揺れ、真代はその動揺に合わせて翼を立て、低空で急旋回し、チャフを放出する。
途端にRWRが鳴る。後方からこちらを追ってきた四機だ。冷や汗が背中と脇から噴き出す。
「こちらフルーレ03。ASMシュート。スポットされた。南東方向へ離脱する。ジョイン・アップ」
真代は無線に呼びかけ、編隊を率いて飛ぶ。三機の列機が真代の元に集まってくる。
「ゴー・ゲート、ナウ」
アフターバーナーに点火し、真代はFA-1を加速させる。十五秒後、アフターバーナーを切り、マッハ1・1でスーパークルーズを維持する。
『こちらフルーレ21、ネイルズJ-15!』
フルーレ21は真代達の西側を飛ぶ編隊の鹿嶋中尉だった。
『21、ディフェンシブ!PL-21だ、ブレイクしろ!』
フルーレ21の編隊長の皆塚大尉が叫ぶ。長距離ミサイルを撃たれた鹿島中尉はCMDを作動させて回避機動を取ったが、PL-21はそんな鹿嶋の必死の努力を嘲笑うかのように命中する。
『21、ベイルアウトしろ!21!』
無線が途切れ、皆塚大尉が無線に叫ぶ。
「今は無事に空母に戻ることに集中しろ。目視警戒も怠るな」
真代は自分の率いる編隊の列機に無線で呼びかけながら機首をわずかに上げ、緩やかに上昇する。RWRが鳴り、真代は再度チャフを放出した。
敵の捜索レーダー波が機体を叩いていて警報が鳴り止まない。電子支援機が敵のレーダーを妨害しているため、すぐさまミサイルが飛んでくることは無いが、耳障りな警告音に冷や汗をかきながら鳥肌が立った。
追撃してくる敵のほとんどはまだ脅威にならない位置にいる。長距離ミサイルでフルーレ21の鹿島中尉を攻撃した敵機は、直掩についている護衛戦闘機が空中戦の最中に発射した二発のAAM-4に対して回避行動を取っており、いずれ脅威ではなくなる。
敵空母《山東》は日本海軍の空母と異なり、艦載機の搭載数や発艦重量の制限などを受けるため、本土の基地より増援を受けており、護衛機隊が交戦する艦隊防空機以外の戦闘機が次々にこちらに向かってきていた。
『第二次攻撃は完了した。全機離脱せよ』
早期警戒機が呼びかける。言われなくても全機が反転し、空母へ接近するために設定された空中回廊へ向かっていた。このコリドーを通ることで敵味方の識別が可能で、艦隊に接近することが出来る。
『こちらクーガー12。ミッション・コンプリート。RTB』
F-14Jの護衛部隊も空中戦にケリを付けて戦域を脱しようとしていた。