07.最後の店
ダラクの人探しを手伝う相棒として話がついたとき『長い付き合いになるだろうし変に畏まらなくていいぜ?歳も近いだろ』というダラクの気遣いをきっかけにダラクと同い年だということが分かった。からかってくることが多いものの大人びたところがあるからてっきり年上だと思っていたのに十七歳とは……。外人って年上に見えるなあ。
しみじみとしていたらダラクがなんの嫌味なくしかも気前よくジャラジャラと音が鳴る袋を渡してきた。まさかと思って中をのぞいてみたら恐らくこの世界のお金が沢山入っていた。
「これ、全部旅の準備に使っていいから。服とか買ったらどうだ?」
「え!?やっ……ねえ、ダラク。もしかしてこの服って変?」
「ん?んー、まあ、俺の住んでたとこではまずみねえな……エロい」
「エ!?いや、え!?ビキニアーマーはどうなるの!?」
「え?い、いやビキニアーマーは防具じゃん。それは服だろ」
「どういう違い……っ!」
価値観の違いとまとめるには納得がいかない言い分だ。けれどやっぱりセーラー服は異世界を主張しているのが分かってお言葉に甘えて服を買いに行くことにした。
「ちゃんと戻って来いよー迷うなよー」
「子ども扱いしないでくださいー」
笑うダラクにべーと舌を出したあと大通りに戻る。実はここに来るまでにもう良い感じのお店を見つけていたのだ。我ながら目ざといと思いつつも欲望には素直になったほうがいいだろう。お金を落とさないように大事に持ちながらまっすぐお店に向かった。
「やっぱり素敵なとこだ……」
目当てのお店はぱっと見おしゃれな喫茶店みたいで、路地の人気がない場所に建っている。色とりどりのレンガに丁寧に切りそろえられた垣根と花がとてもよく似合う。壁のあちこちにはっているツタはお店を古めかしく見せるわけじゃなくむしろ綺麗に見せているから素敵だ。
しかも服屋かどうか不安になってきたところに、明るい色調の服がお店の窓の向こうにずらりと並んでいるのを確認できた。
なんだか凄くワクワクしてくる。そういえば買い物っていつぶりだろう?お金に余裕がなくて普段もセーラー服で済ませていたぐらいだ。ここは出世払いということで今日は多めに服を買ってしまおうか。
一人ニヤニヤ笑いながらドアノブに手を伸ばす。
「っ」
だけどその瞬間手にビリッとした鋭い痛みが走って慌てて手を引っ込ませた。静電気かと思ったけどおかしなことにドアノブは木製だった。なにが原因なんだろう。もう一度恐々ドアノブに手を伸ばしてみる。
「どうされました?」
「ひぃえ!」
突然背後から声が聞こえて悲鳴を上げてしまう。驚きすぎて変な声が出てしまった。恥ずかしさを覚えながら振り返ると、肩まである髪を横結びの紐で結んで流している、小さな眼鏡をかけた穏やかそうな女の人が立っていた。微笑んでるのはこの人の常の顔だと信じよう。
「あ、いえお店に入ろうかと思いまして」
「……お店?」
「え?お店じゃないんですか?」
驚いたように女の人が眼を見開くものだから慌てる。だけど女の人は私とお店?を交互に見たあと変なことを言った。
「なんのお店に見えますか?」
「え?服屋さんじゃないんですか?」
だってワンフロアを占めるぐらいに服がいっぱい並んでる。普通家にこれほど置かないだろう。
「では服屋ですね」
思わずは?と聞き返しそうになった。危ない。それは無遠慮過ぎると思ったけど意味が分からなくて女の人を見上げれば、女の人は目が合うと微笑んでドアを開けた。カランと小さなベルが鳴る。
「どうぞ」
「え?」
「申し遅れました私、店主のカリル=スラーグアと申します。この店に辿り着いた貴女を歓迎致します。遠慮せずお入りください」
「えっ!あ、わ、私はユキと申します。失礼します……」
「……いらっしゃいませ」
店主?じゃあなんで私にここが服屋かどうかなんて聞いたんだろう?
微笑みながら店の中へと招く動作は優雅でカリルさんに対して次々と疑問が浮かんでくる。でもやっと服を買えるんだ。ここはさっさと物色していったほうがいいだろう。
この世界に来てから気になることだらけで脳内パンク状態だ。いまはできることをひとつひとつ済ませていったほうがいい。
自慢じゃないけど気持ちを切り替えてしまったら行動は早い。途中カリルさんにお金のことについて教えてもらったお陰で計算も出来る。
「──カリルさんお会計お願いします!きっと28万5300え……フィルだと思うのでこれで……どうでしょうか」
「ありがとうございます。確認させて頂きますね」
カリルさんは服の量を見て読書中だった本を落としそうになるほど驚いていたけどすぐにニッコリ微笑んだ。そして服を一枚ずつ丁寧かつ手早く畳んで袋に入れていく。一枚二枚三枚……五枚……十枚……。
「カリルさん、その袋よく入りますね」
「え?ああ、魔法をかけましたのでこの量の服全て入るようになっていますよ。お得意様になってくださりそうなのでサービスです」
「……っ!はい勿論なります!ありがとうございます!」
突然茶目っ気たっぷりにウィンクをしたカリルさんにきゅんとする。こんな素敵な人がいるんだ。そりゃ通う。しかもこのお店にある服はぜんぶ買ってしまいたいぐらい私好みのものばかりだったし安い。おかげでオールシーズン対応できる量の服を買ってしまった。服の買い物で約三十万ってしたことなかったけど小物とか含めてこの値段ならまだ抑えたほうだと……多分。
ダラクから貰ったお金が沢山ありすぎるせいで金銭感覚がおかしくなってるかもしれない。これからは自重しよう。そしてこの国に来たら必ずまたこのお店に来よう。
「ユキは旅をしているんですか?」
浮かれていた私を現実に戻す質問にドキリとした。
「え。あーっと、今日からです」
「……今日からですか」
「……今日からなんです」
お互い苦笑してしまう。実は私この世界の人間じゃなくて違う世界から来たんです……なんて正直に言ってみようかとも思ったけど、普通信じられないしあまり色々な人に言っていいことでもなさそうな気がするから言わないことにした。
「では、ユキは戦えますか?」
「え?」
「獣はそこらじゅうにいますからね。それに最近は盗賊も増えているようで襲われた人もいますよ。旅に不安を覚えさせたい訳じゃありませんが、闇の者がこの近くで現れたのではないかという話も耳にします。ユキは魔法を使いますか?」
「まっ、魔法は無理です。使ったことも……でも、戦うことならできます」
闇の者ってなんだろう。そういえばダラクもそんなことを言ってたような気がする。
よく分からなかったけど、戦えるかという質問に対しての答えは分かっていたから自信をもって答えれば、カリルさんは非常に驚いてみせた。また、苦笑いが浮かぶ。
「ここではどこまで通用するかは分かりませんが、そこらの女の人よりかは戦えると思います」
「使用する武器は?」
「基本は素手なんですが、使うなら剣ですね。それか小回りが効くものか」
「すごいですね。細腕なのに」
「といっても力では負けますから、受け流して、締めるんですけどね」
笑顔も合わしてそういえば大抵の人はしり込みするけどカリルさんはほっとしたような笑みを浮かべた。この人も戦うのに躊躇ない人なんだろうか。
「”グアナル”」
え?
カリルさんがそう呟いた瞬間、突然割り込んできたかのようになにもない場所から色々なものが現われてカリルさんの手に落ちた。もしかして魔法だろうか。いつかは使えるようになりたい魔法メモを脳内にしながらカリルさんの手にあるものを覗く。カリルさんはというと感心したように息を吐いたあと、なぜかそれを私の手に乗せた。
「見たところユキは武具を持ってはいないでしょう?旅は危険ですので必ず持っておいたほうがいいですよ」
危険?……ああ、そういえば、そうだ。
言われて初めて気がついた。そうだ、旅ってただ歩いて色んな所に行って楽しく過すっていうだけじゃなくて危険もつきまとってくるんだ。闇の者っていう危険なのもいるうえに、そんなよく分からないものじゃなくても獣も盗賊もいるってさっき教えてくれたばかりだ。浮かれててあまり気に留めてなかったな。
……ちゃんとダラクにこの世界のことを聞こう。それでいまは、危険なときに対抗できるように武器を買っとこう──というか武器は絶対買う。日本とは違ってこの世界は武器を持っていてもなんのお咎めもないんだ。
つまり、あの、憧れに憧れた武器が持てる!うーわあーーー嬉しすぎるっ!ファンタジックな世界万歳!!
「……ユキ?」
「~~っ!……いえ、すみません。ちょっと感動してました」
「そうですか」
微笑むカリルさんに私も微笑み返す。
「こちらはオススメですよ。なにせユキは選ばれたのですから」
「選ばれた?」
「はい。この店にある武具は特殊で自分にとって最も相性の良いものを武具が選ぶんです。……選ばれること自体が少ないんですが、選んだからにはその武具はユキを守り助けるでしょう」
「そうなんですか。へーなんか不思議……あ、これ全部買います!」
よく分からないけれど選ばれたなんて言われたら嬉しくなってしまう。だからハイになっていることもあって変な空間から出てきた武具を勢いのままぜんぶレジに置いてしまえば、カリルさんのほうが悩ましい表情を浮かべてしまった。
「いいんですか?こういう場合にはお安くはさせて頂きますが、命を預ける武具を初めて会うものの勧めるどおり揃えてしまって」
思いがけない言葉に、考えてみる。そして武具もぜんぶ見てみた。
ヒラヒラで結構な露出がある服、ふわふわして綺麗だけど長すぎる布、チャクラム、薄くて黒い長ズボン、三日月型の鋭そうな細みの剣(確かこれタルワールってやつだ)などなど。
なにこれ?
見慣れないものばかりだ。
「……その武器の役割は誘惑と翻弄ですよ」
「ゆっ誘惑?翻弄?」
一体カリルさんはどういう気持ちで私を見ていたのかと思ったけど、そういえば武具が私を選んだと言っていた。いや、結局どういうことなんだろう……。胸にひっかかるものを覚えるけれどよくよく考えてみれば悪くはないのかもしれない。力がない私にダラクのような大きすぎる重たい剣は無理だけど、使い方次第で変化をつけられそうなタルワールは私と相性がいいはずだ。それにきっとこの服は敵を惑わして私を助けてくれるはずだ。
「買います。仰る通りこの武具はきっと私を助けてくれると思うので買います。それに、そうやって気にかけてくださるカリルさんは信用できます」
「……光栄です」
「……私またこの国に来たら絶対このお店にも来ます」
照れくさそうに微笑むカリルさんを見て思わず宣言してしまう。真面目そうな彼女が眼鏡を直しつつ微笑む姿はとんでもなく可愛かった。この短い時間でカリルさんのことがどんどん好きになってしまう。可愛いお姉さんとか素敵すぎるし、しかも教え上手だ。
カリルさんにお願いして武具の装着練習をさせてもらったんだけど、これ、教えてもらってなかったら使えてなかった。薄手の長袖のうえに綺麗な布……ショールをカシュールのように巻いて、ベルトにチャクラムをつけて腰にさげる。正直これだけでもファンタジーな感じがして嬉しかったけど、今回の買い物で一番良かったものはブレスレットだ。四つの球がついた金色のブレスレットは収納ブレスレットと呼ばれていて、一つの球に一つなにか収納できるのだ。大きさや重さを問わずというチートぶりで今回はタルワールと買い物袋を収納してみた。球を押しての出し入れだから特に私がなにかすることはなかったんだけど、使った瞬間は自分が魔法を使ったみたいで嬉しさのあまり飛び跳ねてしまった。
「やばい、時間が」
「楽しんでくださったようでなによりです」
「はい!本当に楽しかったです!また来ますね、カリルさん」
「ええ、ご来店お待ちしております……ユキ」
名残惜しかったけど夕暮れになってしまった外にもう余裕は一切ない。見送ってくれたカリルさんに手を振って、買い物を終えたあとだとは思えない身軽な格好でダラクとの待ち合わせ場所に急ぐ。
「──おっせえ」
待ち合わせ場所に着いてすぐ小言を頂戴する。ダラクは眉間にシワを寄せてかなりご立腹状態だ。原因はやっぱりちょっとまあ、ダラクを待たせてしまったことだろう。悪いなとは思うけど、時間を決めなかったりしたダラクにも落ち度があるはず。うん。ごめんなさい。
手を合わせて謝りながら頭を下げればダラクは長い溜め息を吐いた。
「ま、いいや。戻ってきたんだし行くか」
「……あ、うん」
そして吐露された言葉にはっとする。
歩き出したダラクの背中を追いながら暗くなった道を歩く。まるで知らない土地だ。それなのに今日少しだけ歩いて知った道の先にダラクがいるからまっすぐ、なんの恐怖も抱かずここまで来れた。
一人だったらこんな時間不安でしょうがなかったはずだ。絶対ここにダラクがいてくれてるって知っていたからできたこと。
……だったら待っていたダラクは?今日会ったばかりでしかもお金まで渡した相手が本当に戻ってくるか不安だったんじゃないだろうか。恐怖なんて言ったら大げさだけど、不安はあったはず。
ちょっと、ううん。かなり反省だ。ダラクの服の裾を引っ張る。振り返ってくる気配を感じたけど、顔は見れなかった。ダラクはなにも言わずそのままにしてくれる。
「ありがと」
待っててくれて。信用してくれて。
そこまではなんだか恥ずかしくて口にはしなかった。しばらくした後、ダラクが歩き出して呟いた。
「ばーか」
「なにそれ」
「ばーか」
「……ばーか。わ、ちょっと!」
こっちを向かないで憎まれ口叩くから同じように言い返せば頭を撫でられる。撫でられるというよりぐっちゃぐちゃにされた。「あ、そうだ」と呑気な声が頭上で聞こえる。
「いま宿に向かってんだけど、明日からは野宿になるから存分に堪能しておけよ」
「野宿!?」
予想外だった言葉に思わず歓声を上げてまだ髪に手を絡ませて遊んでいたダラクの手を叩き落す。
野宿ってなんか本当に旅って感じ!RPGだ!明日からいよいよこの世界を歩き回るんだ。旅をするんだ……!
そう思うと反省気分なんてふっとんでわくわくしてしょうがない。無性に嬉しくなってくる。知らないものがいっぱいなこの世界。大陸、お城、魔法、武器、闇の者──楽しくてしょうがない!
「う~ん。旅つったら基本それだな。まあ、嫌なら考えがなくもねえけど?」
「嫌なわけないじゃん!むしろ野宿とか面白そうっ!!」
叫んだ瞬間ダラクが呆れたような顔をしたけどまったく気にならない。旅に馳せる想いはそんなことぐらいで邪魔されない。ああもう楽しみでしょうがない!
この世界でなにを見れるんだろう。なにがあるんだろう。なにが待ってるんだろう。
……ダラクはこの世界でなにを見てきたんだろう。
コロコロ変わるダラクの表情。それはまるでいままで見てきたこの世界の一つ一つの場面のようで、どうしようもなく惹かれる。この世界を知りたいと思うのと同じくらいに、ダラクのことが知りたいと思ってしまった。