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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■我こそがレヴィカル
48/50

48.憧れの人




仕合にはまだ時間があるものの予想通りヘルゲートは人と音で溢れかえっていた。本番を盛り上げようとそこらじゅうから流れる音楽のアクセントのようにお気に入りの選手に渇を入れる声が聞こえる。

だけどどこか昨日までと違いただ盛り上げるだけのものじゃなくピリピリとした緊張感を感じた。顕著なのは選手たちだ。お祭り気分をのぞかせていた顔がなくなって、ただただ静かに仕合を待つ人が多い。

リングも姿を変えた。初日同様なんの変哲もない正方形のリングだったけど初日には4ブロックあったものがいまは1ブロックだけだ。かといってリングは大きくなったわけじゃなくむしろ小さくなっていて、中央にポツンとあるぶん何か異様な存在感がある

圧しかかるような重い喋り声が増えてきた。選手一人ひとりに突き刺さる痛いほどの視線は音を発しなくなって、音楽が消えていく。これで仕舞いとばかりに太鼓が数回ヘルゲートに響いた。


──始まるんだ。


座れない人が出ているぐらい人が密集しているのに誰もいないような静けさだった。観客は人形のように動きを止めてなにも喋らなくなる。

選手間で大きな溜息が聞こえた。


「あれ、シャラさん?」


見つけた知った姿に声をかければシャラさんは振り返って私を見つけたあと眉をひそめた。


「……ああ、ユキ久しぶりだね」

「はい。シャラさんも残ったんですね」

「なに言ってる?当たり前だろ?」


からからと笑うシャラさんはとてもじゃないけど剣を扱うようには見えない。オルヴェンに踊り子というものがあるのかどうか分からないけれど、シャラさんは踊り子のようにみえる。長い足、映える高い身長、綺麗な曲線美、大胆な衣装に身体に巻きつけたいくつものベール。足首に巻きつけている鈴がチリンと可愛い音を鳴らした。


「……でもそうも言ってられないか」

「え?」

「今回のレヴィカルは波乱万丈さ。アンタも原因の1人なのお分かり?前回の覇者が2人もヤラれた」

「2人」

「そうさ。これでも数年は覇者が入れ替わることは無かったのにね」

「あの、もう1人って誰なんですか?……いまここにいますか?」


もしやは確信だった。

シャラさんは視線を動かしすうっと目を細める。


「……あの女さ」


シャラさんの視線を追って振り返れば私たちを見て微笑む人がいた。黒髪がむき出しの肩にかかっていて、長い前髪が緑色の目を隠している。


「レイシアさん」

「正直あの女とヤリあいたくないね……あの女、覇者の1人を半殺しにしたよ。アイツ来年からはもう出場しないだろうさ」

「えっ」

「凄かったんだよ。なにせ──」


驚く私にシャラさんは内緒話でもするように話を続け、最後妖しく笑ったあと背中を向けてしまう。覇座に腰掛けたシャラさんは振り返らない。その代わりシャラさんを見たあと方向を辿って私を見つけた他の覇者らしき女たちが剣呑な眼差しで睨んでくる。

……ああ。

言葉を出さないように唾を飲み込む。


「こんにちは、レイシアさん」

「こんにちは、ユキ」


いつになったらこの人のプレッシャーを軽く流せるようになるだろう。武器をつきつけられている訳でもないのに“逃げられない”とか“怖い”という気持ちが“戦いたい”と思う気持ちと同じだけ沸いてくる。

なんでだろう。

違和感。

この感覚は覚えがあった。映像を見るときの感覚……違う、しっくりこない。なんだろう。レイシアさんの服装がレヴィカルの仕合にも関わらず普段着のワンピースだからおかしく思うんだろうか。違う。レヴィカルの選手として一緒に並ぶのが、違和感。隣に立つレイシアさんを見れば微笑みが返ってくる。


おかしい。なんで私たちはココでこうやって向かい合ってるんだろうか。こんなはずじゃない。本当は──本当は?


手に力を入れすぎて震えている。それをレイシアさんが見てしまっているのに、私がおかしな状態だって気がつかれているのに感情をコントロールできない。

レイシアさんが声を出して小さく笑った。目を閉じて、ついといわんばかりに一瞬だけ噴き出した。そして口元の笑みを残したままゆっくり目が開いていく。笑みが消えた。


「──もう、大丈夫かしら?」


ドクン


「どうしたんですか?急に」


ドクン


「だって目の色……違うわよ?」


心臓が五月蝿い。ぞわっと全身に鳥肌が立つほど恐怖を感じたのに大きく上回った好奇心のせいで口元が震える。レイシアさんは嘲るように笑っていて、その笑みを見て私は改めて自覚した。



「……はい。貴女と戦いたくて仕方がないんです」



遠くでシャラさんたちの視線を感じる。選手間で小さく聞こえていたざわめきが完全に消えていた。『倒れた覇者の足を何度だって刺しやがった』 頭の中を駆けたシャラさんの内緒話が見たこともない映像をつれてくる。『降参しかけたのだっておかまいなしに追い討ちかけて』 真っ白な肌に返り血を浴びても気にしないだろう。レイシアさんはなんの迷いもなくただ邪魔な障害物を壊すだけだから。アディンといいコンビだ。

想像して最強タッグだと笑ってしまったら、レイシアさんがじいっと私を無表情に見下ろした。緑色の瞳に私が映っている。

『無表情に剣を振り下ろす』心臓が五月蝿い。身体が震えて止まらない。喉が渇きを覚えて鳴ってしまう。ああ……嬉しい私この人と戦えるんだ。『イカれてるね、あの女』圧倒的な強さを持つこの人に食らいついてみたい。ああそうだ似てるんだ。どうしても追いつきたいあの人にレイシアさんは似てる。


「……今日、当たらなければいいけれど」

「え?」

「仕合よ。楽しみは最後にとっておきたいわ」

「……ええ、本当に」


レイシアさんに頷き返した瞬間、静まり返っていたヘルゲートに声が響き渡った。



「皆さん長らくお待たせしましたぁっっ!!これよりレヴィカ ル3日目を開催いたします!」



レヴィカルが始まる。

既に周りには出場選手が立ち上がっていてすっかり臨戦態勢だ。視線を追えばリングに司会者らしき人物──フィラルさんだ。あの人司会者だったんだ……。フィラルさんはマイクを手に高らかに声をあげる。


「まずはご覧くださいっ!!!会場に集まりしはここまで勝ち上がってきた戦士、男女合わせてたった28名でございます!!そして 今日の仕合にてこの数は……14人となります。男7人、女7人の14人。今日より真のレヴィカルが始まるといっても過言ではないでしょう。ルールは変わりませんっ!相手を殺すことなく戦闘不能にすれば勝利を得ることが可能です。ただそれだけのルールで戦士たちが彩る仕合を……どうぞご観戦あれ。では皆さん力を求めし戦士たちを讃えて拍手をっ!歓声をっっ!!!」


これは人の声なんだろうか。そんなことを思ってしまうぐらいの大きな音がヘルゲートを覆ってぐらぐらと揺らす。先ほどまでの異様な雰囲気を呑む勢いで沸いた興奮は会場の側に控える選手たちにも伝染して徐々に気持ちを高揚させていく。私と同じように口元を緩める人もいればレイシアさんのように感情を見せずリングを見続ける人もいた。

しばらくして小さな箱を持った軍人がやってきた。ダッカートだ。


「これよりいまから行われる仕合の対戦者ならび順を決める!この箱にある1〜14の札で1と2から仕合を始める。札は前回の成績順。仕合形式は先に女が行い、後に男の仕合を開始する。試合数は1人1度のみ。1度勝利すれば明日への道を掴むことが出来るっ! 己が腕に全てをかけて仕合に臨めっ!!」


ダッカートの激励に選手の目つきが変わる。そして1人、また1人と箱の中に腕を伸ばし札を取り始めた。最後のほうに名前を呼ばれて札を取れば──3番。ということは2回目に仕合だ。思わずレイシアさんを見れば、レイシアさんは札を見ていた視線を起こすと私を見て微笑んだ。

ダッカートは全員が札を取って各自番号を確認したのを見届けると高々と手を上げる。その瞬間札が消えて会場の中央に突如映像が浮かび上がった。



「……わっ!と。あ、違う」



映し出されていたのはトーナメント表と選手の顔だった。1回戦の選手の顔と2回戦の選手の顔がピックアップされている。 私は3番2回戦でジョナリス・フォーレンという女が相手だ。そしてレイシアさんは2番1回戦で相手はリリザラス・タッカー。


「違ったわね」

「ビッ、ビックリしました。横に並んでるから対戦相手かと思いました」


心底驚いて気の抜けた笑みが出てしまう。レイシアさんは余裕の微笑みだ。


「さぁー!早速仕合にまいりましょうっ!!本日1番を飾るのは、圧倒的な力を誇るレイシアとぉーっ!去年4位まで上り詰めた覇者リリーザラァースッッ!!!!」

「……テンション高いわね、この司会者」

「そうでよすね、私もそう思います」

「まあいってくるわ。また後で」

「はい」


ヘルゲートを包む熱気とは正反対にレイシアさんが悠然とリングに上がればあちこちから歓声が上がり始める。レイシアさんの名前を叫ぶ者がかなり多い。どんな仕合をする。どんなふうに戦う。どんなふうに。そんな声や視線がそこらじゅうから感じられた。

リリザラスさんはリングに上がってからは無表情になって気を落ち着かせるためか深呼吸をしている。ダッカートが2人をおよそ5メートルの間を置いた位置につけさせて、2人に無言で意志を確認したあと──手を上げる。


「始めぇぇっっ!!!」


司会者の声が響いた瞬間リリザラスさんは動いた。服の内側に仕込んでいた無数の小型ナイフをレイシアさんに投げつけてその手にバルディッシュを握る。全長は130センチ程と短いけどなかなかの重さなはず。けれどリリザラスさんは片手で振り回しながらレイシアさんの元へと一気に距離を詰めた。躊躇を感じないバルデッシュで斬られたら真っ二つだろう。レイシアさんはまだナイフを避けていた。

だけど、


「きっさまあ……!!!」


鈍く重い音がした瞬間、つい先ほどまで様々な線を描いていたはずのバルディッシュが動きを止めた。バルディッシュの下には凧型の盾──金色で縁取られている優美な真っ赤な盾があった。盾は全長およそ1メートルで幅が40センチとかなり大きい。リリザラスさんはバルディッシュを再度振り下ろすことも間をとることもせずにレイシアさんを押しつぶそうとしている。でもレイシアさんは細腕でリリザラスさんの重圧をなんなく受け止めていた。片腕で盾を掲げるその顔は無表情だ。


ああ、やっぱりレイシアさんはあの人に似てる。


レイシアさんと同じように緑色の眼をした女の人で、腰まで届くほど長い黒髪の女性──”レイシアさん”。レイシアさんは”レイシアさん”に似て……。

そこまで思って寒気を感じた。私は一体何を考えているんだろう。そう思うのに焦がれてしまうほど”レイシアさん”に抱いている気持ちが次から次に沸いてくる。

微笑むことが多いレイシアさん。でも本当はいつも不愉快そうにしてるんだ。レイシアさんは面倒になってしまうと作る手間をするなら壊してしまう人。眉を寄せて苛立ちをのぞかせる顔は、怒るかもしれないけれど作った微笑みよりも好きだ。目障りだ鬱陶しいって素直に眉を寄せて溜息を吐いてくれるから。

──そんなことを、知らない光景を思い描きながら実感する。

知らないうえ見たこともないはずのものを、私は知ってる。私は知っていた。


また、脳裏に映像が浮かぶ。

全てが真っ黒な世界の映像で声が暗闇によく響いた。


『またこの日が来るなんてね──』

『私は──です』

『ええ、私も同じだわ。──てる』


脳裏に聞こえる声と映像が目の前に見える現実とリンクしていく。映像が、記憶が、現実が混ざっていく。

呆然とする私と同じように動きを変えないリリザラスさんをレイシアさんは哂った。


「止まることは……死を意味するのよ」

「なっ!くぅっ!!!」


突如身に迫った切っ先を避けれたことでリリザラスさんは致命的なダメージを逃れることができたものの太ももからは血が流れている。威嚇にバルディッシュを振るって体を離したのも束の間、すぐに迫ってきたレイシアさんにリリザラスさんはバルデッシュを捨てて剣を手に応戦した。


見える景色がブレる。


『いつかまた私たちは会うでしょう』

『そのときは──』

『そうね。覚えておいて、私は一切容赦しない』

『──さん』

『私は貴女のことが──じゃなかったわ』

『私は──でした。……さようなら』


見えるのはレイシアさんと……リリザラスさんだ。それは分かっているのに頭を流れてくる映像があそこで戦っていたのは私とレイシアさんだと訴えてくる。違和感、違和感、違和感……っ!

だって私がレイシアさんと戦うはずだった。映像のなか剣を突きつけあっているのは私とレイシアさんだ。

『ここまでこれるのかしら?』

私の憧れの人。この人のような力が欲しくて強くなりたくて、もう負けたくなくて!──ここまできた。

真っ黒な髪が、長い長い髪が風に揺れてる。

──それなのに。

血で汚れた水色のワンピースがふわりと浮いて空に色をつける。灰色と黒に染まりつつある空に色をつけたレイシアさんは緑色の瞳に私を映して微笑んだ。

──ああ、届かない。




「それまでぇぇぇぇっっ!!!!!」




現実が音を鳴らして戻ってくる。

はっとした瞬間目の前の光景が正常に戻ったらしくブレないレイシアさんが見えた。司会者の声を聞くやいなやリングをあとにするレイシアさんは私を見つけると微笑んだ。きっともうレイシアさんは今戦っていた相手のことなんてもう覚えていないだろう。ワンピースに赤い血がついた違いがあるだけで仕合前とまるで様子が変わらない穏やかな表情だ。



「ここまでこれるのかしら?」

『ここまでこれるのかしら?』



私の前に立ったレイシアさんが映像と重なる。

映像が、現実が──すべてが混ざって一つになっていく。その時の私の心が今の私に重なる。


「届いてみせます……レイシアさん」


レイシアさんが緑色の瞳に私を映して微笑んだ。






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