41.レヴィカル2日目
重たい瞼を起こして見えた暗闇にまだ夜かと思った。けれど布団を抱こうとして手を動かすもいつまでも布団を見つけられなくて、もう一度目を開けたときにそれは間違いだったと気がつく。目を擦って頭を振ってみたけれど目に映るのは真っ暗しかない景色だった。
デジャヴを感じて思い出したのはこの世界に来る前に見た真っ暗な夢。
それならまたなにか変化があるだろうか。
そう思った瞬間、微かに声が聞こえる。
『――』
声はくぐもっていて内容が聞き取れず低い男の声だと言うことしか分からない。続く声の意味が分からないのがもどかしくて辺りを見渡していたら徐々に声が大きくなっていくのに気がついた。囁くようだった声が目の前の人に話すような声量になっている。ドキリとして身をひいた瞬間、声が言葉になる。
『ようやくこの時が来た』
目の前で誰かが話しているのに真っ暗でなにも見えない。ドキドキしながら手を伸ばしても誰にも触れることが出来ない――かと思ったら風が吹くように動いた目の前の何かが身体を包んで私を閉じ込める。分からなくて、でも妙な現象に心が震えて、何かを掴もうとして――
『愛している』
聞こえた言葉に布団から飛び起きた。
「え、え……?」
どうやら夢から覚めたようだ。それは分かるのに何かが――誰かが私を抱きしめた温度がまだ残っているような気がして頭がパニックだ。
「ん……なに……?」
「あ、ごめんシリア。まだ朝早いよ。寝てて」
「そう……」
布団にもぐるシリアと同じように二度寝してしまいたいけど無理そうだ。情けないぐらい赤くなってる顔を冷ましたくて外に出る。宿はまだ寝ている人が多いらしく静かなものだったけど外では既に行き交う人がいた。少しとはいえ開いているお店もある。
「わあ、グッズ販売してるんだ……」
写真やうちわはなかったものの、選手を描いた絵や彫刻、選手の名前を書いた布などが様々な大きさで揃っている。驚くことに既に人が並んでいてあまり見れないぐらいだ。時間が空いたときにでも見てみよう。
「……ユキ?」
思いがけない声に驚いて前を見れば、同じように驚いた様子のダラクがいた。
「え?あ、ダラク。おはよう早いね」
「ユキこそ珍しく早いな」
「珍しいは余計です」
不貞腐れたら頭を撫でられる。ダラクは時々頭を撫でてくるけど癖なんだろうか。別に良いけど髪がボサボサにならないよう気をつけてほしい。
「こんな朝早くになにしてたの」
「散歩。ユキは?」
「私も散歩」
ダラクが歩きだして、私も隣を歩く。
「今日から仕合の雰囲気変わるんだろうな」
「相手によるだろうな。リングは変わるからそこは楽しめるけど」
「うーん楽しみ」
今日の仕合に思いを馳せていたらダラクの諦めたといわんばかりの溜め息が聞こえる。いいことだ。その顔を見ようとしたらダラクの進む先にヘルゲートを見つけて言葉が消えてしまう。胸を占めるのは楽しみだとかいうワクワクした気持ちだ。また、ダラクが溜息を吐く。
「この国の王は物好きだよな。大金かけてレヴィカルなんて」
「私は好きだけどなー。というか不敬罪にならない?」
まさかこれだけのことで不敬罪にはならないだろうけれどカナル国でその王を非難する言葉を言うのはよくない気がして聞けば、ダラクの冷めた笑いを見てしまった。予想だにしなかった展開に息を飲む。
「なんだ、王だからって遠慮するのか?」
気になる目つきだ。
ダラクにとっての地雷を見つけたのは良いことなのか悪いことなのか。
「だってその国で高い地位にいる人に対してそんなこと言うって面倒なリスクを抱えるかもしれないじゃん。その王を慕っている人が多い場所でなら尚更。同じ人でも背景っていうか抱えてる事情は違うもんだし、だから世の中気をつけなきゃいけない人がいるわけでしょ。王なんてそんな分かりやすい背景しょってくれてる人にはさ、リスクを抱えかねないことはやらないほうが無難でしょ。先に情報を得てるんだから尚更」
知ってて知らなかったときと同じことを辿るなんて馬鹿馬鹿しい。そんなの最初から知らなかったのと一緒だ。
「ユキってさ」
「なに?」
「意外と慎重なんだな」
「それって見直されてることになるの?」
不満に眉をひそめてしまう私の頭を撫でてくる手。睨めばダラクは笑って、私も笑おうとして笑えなくなる。
──私はどうだろう。ダラクだからって遠慮してるんだろうか。
ダラクが抱えてるだろうことの片鱗を見つけても踏み込めない。リオのときみたいに何がきっかけで変わってしまうのか分からなくて、ダラクの場合取り返しのつかないことになりそうで、それが怖くて……。
絶対に大丈夫なんてそんなことある訳がない。でもそう言えるように私はあがいていて。
「ユキ?」
気がつけば離れたところにいるダラクが振り返って私を呼んでいた。小走りでダラクのところへと行くと怪訝そうに顔をしかめているのが分かる。
「ちょっとぼんやりしてた」
「ちょっと、ね」
妙なニュアンスのそれに私はやっぱり聞くことができない。逆に尋ねられたら答えられないからだ。
仕方がないように笑う顔に今度は笑い返す。
「今日、レヴィカル二日目だね」
「そうだな」
「……ねえダラク。私さ、一緒に旅を始めたときにはこんなことになるなんて想像もしてなかった。ダラクと私の二人旅だったのにね、いつの間にか晃たちも加わって結構な人数での旅になった」
「……そうだな」
「一つずつ変えていけたらいいって思ってるんだ」
「そうか」
変わっていることが確かにある。それならこの先にあるだろう未来を変えられるかもしれなくて、それは希望だった。
予感できているのならそれを変えるために動かなければ意味がない。変えられないものに向かっていくなんてそんなこと悲しすぎる。
「宿に帰ろっか。きっと皆もう起きてるよ」
「……そうだな」
静かに微笑むダラクに誰かの顔が重なる──フォルだ。フォルもこうやってなにか言葉を呑みこんで、けれど優しい表情で微笑む……違うか。微笑んだ、だ。私はあの顔を一度しか見ていない。フォルはアディンのように無表情のことが多いし、笑うときはおもちゃを見つけたようにとか挑発的に、それか冷めた目で笑うんだ。
──そう思えばフォルとアディンは似てるかもしれない。それならアディンとダラクだって。
おかしな関連性を見つけてしまって笑ってしまう。
「なんだ急に」
「ちょっとね」
「はいはい」
二人で笑いながら宿に戻る。楽しそうに明るく笑う顔は最近見なかったもので、だけどダラクらしい表情だ。
──皆と話すときもこうなれたらいいのにな。
心から願うけれど、
「おはよ!ユキたち一緒だったんだ」
「おはよザート。皆も早いね」
「俺はユキが起きてたことに驚き」
「それひどくない?」
宿についてすぐ朝食をとっているザート達を見つけて喜ぶ私と違ってダラクは表情を消して静かに空いている席に着く。
「ダラクなに食う?」
「あー適当に。ユキは?」
「私はこれかなー」
ダラクの隣に座って宿の人にご飯を頼む。皆でレヴィカルの話をしながらやっぱり皆の前だと距離を置くダラクを見つけてしまって歯がゆくなる。
それでも──
「今日もレヴィカル、頑張れよ!」
「うん!」
時間は進む。




