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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■我こそがレヴィカル
40/50

40.変化




アディンと別れたあと全力疾走して向かったヘルゲートは既に熱気に包まれていた。これから始まる仕合をいまかいまかと待ちわびているようで──花火も終わった。つまりは今から始まるわけで、でも私はまだ着いていなくて。


「私、馬鹿っすぎる!」


今から仕合を始めるとは思えない状況だ。既に汗は流れて止まらず呼吸も乱れている。だけど大丈夫。そんな確信をしている。時間も危ういけれど確か仕合に遅れるような選手がいた場合には慣例に従って五分待つと言っていたしそれも大丈夫──着いた。用意されれた待合室から会場へ続くドアの前に軍人が立っていて、駆けよれば厳めしい顔で出迎えてくれた。


「時間はとうに過ぎた」

「すみ、ませ」

「今から仕合だということを忘れたか」

「いえ、まだ、大丈夫っでしょうか」

「……ついてこい」


やった!嬉しさに笑ったら軍人はまた眉を寄せたあとリングへ案内してくれた。私遅刻したうえにはしゃぎすぎだ……気を付けよう。大人しくその後ろに続いたら隣の会場でこちらを見ている人物、晃を見つけた。晃がいる場所はリングの前でその前には軍人が立っている。つまりは選手としてそこに立っているということで、最後の仕合まで勝ち進んだんだ。


「やった!」


つい口に出てしまった嬉しさはそれで終わらず馬鹿正直に頬を緩めて場をわきまえず晃に向かって手を振ってしまった。晃も戸惑ったようだったけど、微笑みながら手を上げて返してくれた。

そしてその手に剣を握ってみせる。初めてみる晃の武器に歩くのを止めて魅入っていれば、会場の一部が沸くのを見つけた。晃が初めてその武器を使うから?関係ない?……分からない。分かるのは晃も晃でなにかを覚悟したということだ。

前の世界で道場に通っていた晃は扱っていたものが木刀とはいえ鎖より剣のほうが扱いやすいはずなのにも関わらずダラクたちとの修行で鎖を選んだ。それはきっと晃も怖かったからだと思う。道場でその危険さと強さを学んできたからこそ斬り合いからの死をたやすく連想したんだ。

だけど次に望む仕合には剣を選んだ。


「私、もう大丈夫だ」


皆の忠告が、アディンの教えが、晃の覚悟が私の背中を押してくれる。

タルワールを取り出して、握った。沸く会場に包まれながらこちらを見て驚いている晃に笑って返せば、静かな言葉が落ちてくる。


「仕合だ」


軍人の声にリングを見れば私を見ている相手がいた。


「両者、前へ」


長剣を持つ大柄な女。すでに臨戦態勢に入っていて、鞘を投げ捨てこちらに向かって歩いている。相手との距離、十歩。



「始めっ!」



合図と同時に駆け出せば剣を交える瞬間はすぐにきた。歓声を消す鋭い音が身体に振動する。気迫迫る笑い顔が間近に見えて私も女と同じ顔になってしまう。

圧倒的に負ける力のせいで押し返すのは難しい。捕まったら終わりなのは間違いなくて──足が震える。


「──罠っ、ぐぅ!」


僅かに緩めた力に好機と見た女が剣を振ってくれた。お返しに剣をいなし空いた腹に慢心の力を込めて膝蹴りをくれてやる──

ダメージは入ったらしいが倒れない。それに当然精神も折れていないらしい。私を捕えようと伸びてきた手をかわし距離をとったのちすぐ詰める。女の動きは先ほどと変わらずワンパターンなもので他になにか手を隠しているようには思えない。力任せな剣の動きは分かりやすくあの人たちのようなプレッシャーもない。


「てめぇ……なんだその顔。私を舐めてんのかあ!!」


突然激高した女がなんの考えもなしに迫ってくる。


「もういい」


繰り返す理由もない。せめて学習すればいいともう一度全く同じタイミングで女の腹を蹴り捨てる代わりにその腕を切り落とす。あがる悲鳴を聞きながらその手にまだ剣が握られていることを確認し仰向けに倒れた女の腹を踏んづけた。リングに不自然に落ちた腕から血が飛び散る。


「腕……まだついてるんだ。よかった」

「ひっ」


心からの言葉だった。なのにそれが決定打になったのか女が意識を失って倒れる。審判が叫ぶのは早かった。


「勝者ユキ!」

「勝者!晃っ!」


隣も丁度いいタイミングで終わったらしく嬉しい声が聞こえた。タルワールを一度振り下ろし血を落としたあと女の人をまだ踏んでしまっていた足をどかしてお辞儀をする。治癒魔法がこの世界にあってよかった。爆発で肉片になってしまった場合はのぞき治癒魔法はたいてい治してしまえるらしい。斬り落としてしまっていても腕が残っているならくっつけられるのだ。

今はそんなことより──


「晃!勝ったよ!それに勝ったんだね!」

「おう」


リングをおりた晃に駆け寄れば晃は笑顔で応えてくれたものの、私の全身をみたあとリングを見て少し眉を寄せた。


「怖い?」

「……ああ、怖いな」


タルワールにはまだ血糊がついていたし身体にも服にも女の血がついていた。だのに私は満面の笑顔で話しかけてくるんだ。幼馴染の晃にはソウイウ風に映ってもしょうがないだろう。

じっと晃を見る私に晃は何を思ったのか自分が握っている剣の刀身を見せてくる──赤い血でべったりだ。驚く私にいつもの声が聞こえてくる。


「怖いか?」


リングを見れば晃が戦ったリングで男の叫び声と救護に駆け付ける治癒士らしき人物を数人見つけた。


「驚いた」

「そうか」


私の返事に苦笑いを浮かべた晃はあろうことか血がべっとりついた剣をそのまま鞘に納めようとした。


「晃、せめて血振りしようよ。拭ったほうがいいんだけど……うわ!」


武器の手入れは大切なんだと説こうとしたら誰かに服を引っ張られる。突然の無遠慮な行為に睨めば受付のときに見た緑色の髪をした軍人を見つけた。軍人は目が合ってもまだ服を引っ張る。


「わ、ちょっと、私歩けます」

「仕切りを越えるとは……お前は大会の注意事項を知らないのか」

「仕切りって……ああ。男女で分けているやつですか」

「そうだ、立ち入りを禁止している仕切りだ。さっさと戻れ」


投げ捨てるような力が込められそうな気がして軍人の手を叩き落として距離をとる。軍人は私を見下ろしたあと仕切りを見て、また私を見る。まだ仕切りは越えたままで落ち度があるのは私だったから不満を飲み込む。


「晃、またあとで」

「そうしよう。んじゃあとで」


大人しく女性側に戻ってそこからヘルゲートをあとにする。そのまま男性側の選手出入り口に向かおうかと思ったけど悩んだ足はアディンと会った丘に向かっていく。途中通り過ぎる人から「さっき仕合に出てた子」「名前なんだっけ」とかの囁きと一緒に好奇の目にさらされたり声をかけたりすることもあったけれど、丘に近づくと人は段々と減っていってついに静かになってしまう。ヘルゲート側からの賑やかさは感じ取れるけれど外だというのに建物を隔てて騒ぎを聞いているような感覚だ。

『不思議だな……私には理解できない』

もしかしてと考えた瞬間アディンの声が聞こえて驚く。突然の登場に加えて、コレをしたのがアディンだと思っていたのに違うようだからだ。


「え?」


振り返って更に驚く──そこには誰もいなかった。


「……気のせい?」


それにしてはハッキリと聞こえた声になにかうすら寒くなって辺りを見渡せば丘に寝転がるマントを見つけた。アディンだ。綺麗な金色の髪が濃いオレンジに染まっているのを眺めながら空の端が暗い色に変わりつつあるのを見つける。

きっともう私がここにいることに気がついているだろうにアディンは隣に並ぶまで動かなかった。見上げてくる目を見つけて微笑めば、人形が美しい動きで微笑みを形作る。


「面白い仕合だったな、ユキ」

「ありがとう」


そのままじっとアディンを見ていればアディンが身体を起こす。


「仕合後話していた男はユキの知り合いか」

「え?……ああ、彼は一緒に旅をしている人だよ」

「二人での旅を?」

「ううん大勢……とまでいかないか。六人で旅してる」


思いがけず続く話題になにを聞きたいのかと首を傾げれば、アディンは察したようだ。一度考えるように俯いたあと立ち上がって言葉を続ける。


「旅の仲間は全員あの男と同じ力量か」

「二人は私より強い、かな」

「ふむ。その二人がいるのになぜユキはあれほどまでに悩んでいた。なぜその二人に教えを乞わなかった」


夕闇に包まれる景色のせいかただの問いが恐ろしいものを生み出しそうに思える。事実、アディンの問いに思い出す二人に連想したのは血だらけの光景だった。あの二人に相談して結果指導してもらうことになったらそれは有意義な時間であるとともに“そのとき”の練習をしているような気がするだろう。


「あの二人には頼れないの」

「ほう?信頼していないか」

「……違う。大切にしてくれているから」


それが全てじゃないにしても理由の一つを投げやりに答える。落ち着かないのはアディンが言ったことも理由の一つだったからだろう。

今度はアディンが首を傾げた。



「不思議だな……私には理解できない」



……え?

聞き覚えのある言葉にはっとする。先ほど聞いた──聞き間違えた言葉だ。理解した瞬間なにかぞっとしたものを覚えて呆然としてしまう。アディンは更に言葉を続けた。


「大切に思う者が強くあろうとしているのなら力を貸すのは当たり前だろう。ましてユキは守られて満足するような者ではない。今日会った私でさえ分かることを旅する間柄の者が分からないはずないだろうに。ヘルゲートに出場すると分かった時点で力を貸さなかったのはなぜだ」

「……アディンは意外と思いやりがあるんだね」


答えに困って茶化してもアディンはいたって真面目で、私の態度に眉まで寄せる。相談していたときと同じように怒りさえ思わせる表情だ。


「ユキはどうだ。愛する者が強くあろうとしているのに何もしないのか」

「……。え!?あ、愛?!」

「……好いている者が」

「あ、ああ、えっと」


まるで身近になかった言葉に素っ頓狂な声を上げればアディンに配慮されて居た堪れない気持ちになる。アディンに配慮されるって相当だ……。動揺に熱くなってしまった顔を仰いでいたらアディンはなにか思い出すように目を瞑る。

──ああ、口を閉じてしまったら本当に人形みたい。

綺麗な顔を遠慮なく見ていたら突然目が開いて青い瞳に私が映る。目の前の人はこの数秒の間になにが起きたのか人形の仮面を脱ぎ去っていた。


「私は愛する者が傷つくなど許せない。他の者に傷つけられるぐらいなら私がそうしてやった。この手から逃げるのなら──……私のものだ。逃がさない」


壮絶な内容に心臓がどくんどくんと脈打って頬が赤くなる。私に言っている訳じゃないと分かっているけど真正面からこんなことを言われれば誰だってくらくらするだろう。

そんな私の目を覚ましたのは相談したときにアディンがみせた殺気滲ませた微笑みだ。こんなときに思い出すことじゃないはずのものが私に予想をもたらす。



「アディンの目的って、その人?」



人形のようなアディンが感情をむき出しにして語ったことと、自分の邪魔をする奴は殺すと断言するところがぴったりくっついて確信したんだけど──どうやら違ったようだ。

アディンは目を瞬かせあと僅かに表情を緩める。


「どうだろうな」


そして何を思ったのか伸びてきた青白い手が私の頬に触れた。指先が髪に触れたかと思うとそのまま頭にすべるように動いていく。

──これ、ダメだ。

はっきりと危機感を覚えたのに身体が動かない。目の前の人から目を逸らすことができない。

親指が私の唇に触れて、止まる。緩く入れられた力でうっすらと開いてしまった唇からはなにも言葉が出なくて。


「本当に、面白い」


なぜだろう。

低い声を聞いた瞬間恥ずかしさが身体を支配して気がついたらアディンを突き飛ばしていた。どんな不意打ちにもぜったいに攻撃を食らうことがないだろうアディンをよろめかせたことにも驚いたけれど、自分が分からなくなったパニックで目尻に涙まで浮かぶ。


「私、帰る!」


多分そんなことを私は言った。

そしてがむしゃらにヘルゲートまで向かって走ったんだと思う。というのもあまりの衝撃に晃たちに発見されてどこに行っていたんだと怒られるまでの記憶がまるでない。

『逃がさない』

耳元で、声がした。






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