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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■一章 夢に見た現実
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04.さようなら  




目が覚めてしばらく頭が働かずぼおっとしていた。天井のシミを見ながらドクドクと早鐘のように鳴る心臓の音を聞く。いつか治まると思っていたものの心臓はいつまで経っても落ち着きを取り戻さない。

……夢だった。

手に力を入れてみれば動く感触がするし、そのまま頬をつねってみれば痛みも感じる。寝起きのせいでぼやけた視界だって目を擦れば元に戻った。男の人や真っ黒な世界なんて見えやしない。恐怖を覚えた水音だって聞こえないしお母さんたちを映したあの鏡もない。


「夢、だった……?」


あまりにもリアルな夢でもうなにが夢でなにが現実なのか分からなくなってくる。それに──まだ感触が残ってる気がする。恐る恐る唇に触れると柔らかい感触がして、男の唇を思い出した。かあっと顔が熱くなる。

本当に夢だったんだろうか。夢じゃないと断言するにはあまりにも生々しいものだった。夢だとすると欲求不満かもしれないという懸念が生まれるし、だから、だからそう。夢だって分かってる。分かってるけどついさっきあったはずの――ううん。今もあるはずの出来事を探してしまう。

だけど現実はいつもと変わらない部屋に寝てしまう前に点けていたテレビからニュースが流れているだけ。機械的な声を聞いているといつの間にか心臓さえ落ち着きを取り戻してしまった。


「夢……。はは、なんだ。笑える」


身体を起こしてテレビを消す。


「……ウサ晴らしにでも行こ」


夢に期待までした私はどうかしてる。……きっと最近バイトを入れすぎて疲れてたんだ。

現実は自分の行動に納得できるだけの理由であふれてる。その中で一番説得力のあるものを選んで頭を整理したあと玄関で脱ぎ散らかした靴を履きなおす。理解してもこの部屋に居続けたら気持ちが切り替えられないから散歩でもしよう。だけど最後だけ──部屋を出る前に夢のときと同じように振り返ってみた。だけどココではなにも変わらない。変わらなかった。

あの人……最後になんて言ってたっけ。

ぼんやり思いながらドアを閉めた。

外に出ると冷たい風が容赦なく襲ってくる。上着を持ってこようかと思ったけれどまた部屋を開ける気にはなれなくて、夢から覚めるにはいい風だと思うことにした。ヒラヒラ動くセーラー服。はたから見れば狂人に思われそうだ。寒くなってきたなと思った瞬間、一気に冬が現れて葉っぱはどんどん散っていった。人が分厚いコートを羽織るのとは反対に、葉っぱが散って一人になった木は丸裸だ。木の下ではその命を終えた葉っぱが溢れかえっている。



「あ」



ふ、と一枚のイチョウの葉が目に留まった。手にとって目の前でくるくる意味もなく回す。あちこち色がくすんで茶色くなってるだけの、なんのへんてつもないただのイチョウの葉っぱだ。なのに、なんでか愛着を覚えるというか、たまらなく大切だと思ってしまうというか──愛しいと思ってしまう。


「まただ」


時々、ふと何かを見たときに無性に懐かしいと思ったり、ひどいときにはなんのへんてつもない見慣れたものでも、それを見たとき泣いてしまったりする。

なんでなんだろう?情緒不安定なんだろうか。

首をひねっていると、いい加減考えるのを止めろとでも言うかのように強い風が吹いてきて、私の考えを中断させる。同時に手にあるイチョウの葉が自分もその風に乗って飛んで行きたいんだとばかりに大きく揺れるから、名残惜しいけど解放する。

──あっという間だった。

イチョウの葉は何処かへと行ってしまった。

手にはもうなにもない。さっきは小さいながらも確かな感触があったのに、なくなってしまった。じっと、イチョウの葉が飛んでいったほうを見続ける。戻ってくるわけがないのに。


「何してんだ?」


知った声に振り返るといつからいたのか晃が怪訝そうな顔つきで立っていた。


「んー……ちょっとなんか、切ないなあ、みたいな?」


返答に困って苦笑いをしてしまえば晃の眉間にシワが寄ったのが見えた。ああ、危ない。また変な心配をかけてしまってる。長い付き合いだからこういうとき晃はなにがあったとか問い詰めたりはしてこないけど、そうしてくれるって分かってるんだから、私はまずそんな顔をさせちゃいけない。


「何じゃそりゃ。……そういや、お前どっか行くのか?」


いつものように話題を変えてくれた晃に私ものろうとしてのれなかった。晃の言葉になんだか嘘を見抜かれた子供のようにドキリと心臓が跳ねて言葉が出てこなかった。なにも悪いことも嘘も吐いていないのに。

あ。

そこまで思って脳裏を過ぎったのはいまのいままで忘れていた夢だった。生々しく、思い出していく。

銀髪に赤眼なんてどこまでも変わったあの男。最後なんであんなに切なそうに笑ったんだろう……。

なんで。

確かに触れた厚い唇──口に軽く手をあてた。少し、カサついた感触。


「ん~……。軽く散歩かな」


晃に動揺していることを悟られないように何気ない口調で話す。だけどそんな心配とは裏腹に晃はなにも問いかけてはこなかった。


「へぇ。じゃあ俺本屋行くから。じゃな」


晃はそう言うと手を振って本屋に向かって行った。

何も気がつかなかったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「ばいばい」


大きい晃の背中が小さくなって、角を曲がって見えなくなるまで見送った。振り返らない晃に振っていた手をゆっくり下ろす。


「はあ」


溜息が出た。無意識のうちに息を止めていたらしい。

……いや、なんで私が晃に緊張しなきゃなんないんだ。だいたいあの夢はなに?初めて会う人に、『ここで死ぬか?』なんて普通聞かない。ありえない。私の頭はどうなってるんだ。空飛ぶ夢とかファンタジーな服を着て剣をふるうとか広大な草原を走るとか西洋のお城のなかでドレスを着て過ごすとか、ソウイウ夢の比じゃない。

『また……』

またなんてもうない。だって何も変わらない。


寒さに震え出した身体に気がついて歩き出せば肌を撫でる冷たい空気を感じる──現実。

瓦礫の中にいた血だらけの人たち──夢。

退屈を詰め込んだ学校でいつもと変わらない毎日──現実。

真っ暗な世界で見た知らないはずの出来事、お母さんお父さんに、あの──夢。



「何で私はここにいるんだろ」



お母さんんとお父さんが死んで、なのに私だけが生きてる。いつかは後を追おうと思ったけど、それだとお母さんたちに申し訳が立たない。生きてきた理由はそれだけだ。

でもなんの刺激もない同じ毎日の中を生きていくのは暇で暇でしょうがないんだ。死ねないけど生きている実感もなくて、ただ何処かに、こんな毎日から抜け出したいって願っては眠って起きて──


「はは……」


今日は違うと思った私が馬鹿だった。ただの現実逃避じゃなくて何かが起きると期待してしまっていた自分の愚かさに反吐が出る。

早歩きをしていたせいで息が切れて歩くのを止める。もうあの部屋に戻ろう。どこにいても気分は最悪になるのが分かって諦めることにすれば、自覚できるぐらい歪んでいた笑みに力が入らなくなる。

考え事をしながら歩き続けたのが悪かったんだろう。見慣れない光景があたりに広がっていた。つまりは道に迷ってしまった。


「どうしよ」


道を尋ねようにも閑散としていて人がいないし、携帯で地図を出そうにも携帯は部屋に置いてきてしまった。とりあえず来た道を引き返してみたものの、それが間違いだったらしくいつまで経っても知らない場所が続く。小さな公園にベンチを見つけたときにはもう足はパンパンだった。立ち仕事をしているとはいえ道場で身体を動かしていたときと比べれば運動量は落ちて当然だ。そう自覚はしていたもののここまで体力が落ちているとは思っていなかった。椅子に座りながら呼吸を整える。

ああ、冷たい風が心地いい。

気持ちよさに伸びをしようとしたとき膝に一枚の葉っぱがのっているのに気がついた。さっきの風が運んできたんだろう。少し黒ずんでるイチョウの葉で、家の前で飛ばしたイチョウの葉に似ている。

……戻ってきた。

また馬鹿なことを考えてると理性が言うけれど、このときばかりは本当に嬉しくなってイチョウの葉を手にとってくるくるまわす。空にある陽にかざしてまわせば色を変えてキラキラ、きらきら。



「え?」



ビィンと、鈍いけれどつんざくような耳鳴りが聞こえた。それぐらいは許容範囲だけど、おかしなことが続いた。どう表現したらいいんだろうか。私を除いた全てのものが止まってしまった。

公園は小さいといえどもブランコや滑り台といった一通りの遊具があって中央には噴水もあった。その噴水から溢れる水がその場で止まって、跳ねている水も下に落ちることなく宙で止まっている。風に吹かれた葉っぱも空中で静止しているし、音さえ途絶えた。

止まってしまった。


……え。え?


驚いてもう声も出ない。立ち上がってどうなるわけでもないだろうけど、とりあえず立ち上がって辺りを見渡す。そしてまたもや驚くことになった。この場所にいたのは私だけじゃなかったらしい。

人がいた。

最初に見えたのは不自然なこの空間で目立つ金髪に近い茶色の束。髪の毛だ。長い髪の毛のせいで、一瞬女の人かと思ったけどそうじゃないらしい。長い前髪の合間から見えた碧眼が小さく弧を描いて私を見ている。整った顔だった。日本人とは違う、外人の顔。外人というだけでも私の周りにはいないもんだから珍しいのに、その外人は格好までもが珍しかった。何枚もの布をかけあわせるといった変わった作りのワンピース──古代ローマみたいなイメージの服。

思わずまじまじとその姿を眺めていたら、目が合った。慌てて逸らそうと思ったけど驚いて身がすくんでいるのか目を逸らせなかった。吸い込まれるように碧い目を見ていたら急に頭がチクリと痛んで、同時に胸が変にざわつく。

なんなんだろう、この気持ちは。

変な感情も含めて貴方は誰?ってそんなことが言いたくて口を動かしてみるけど、言葉にならない。乾いた音が零れただけだった。

この異常な空間もだけど、目の前の人も異常。そして、この場にいる私も異常だ。ああ、変な夢を立て続けに見たからなのかもしれない。それにそうだ、もしかしたらこれも夢なのかもしれない。じゃないとこんなことありえない。きっとまた数秒後にはあのソファで目を覚ますんだろう。そしてまたあのがらんどうな部屋をみるだけで──




「行くか?」




男がおかしな提案をした。

わけが分からない状況に加えて誰だかわからない男の言う言葉は聞く価値もないはずなのに私の心はひどくかき乱される。男はただ私を見て笑っている。

なにがそんなにおかしいんだ。

機嫌の悪さも手伝って男を睨みつけた瞬間、心底後悔する羽目になる。微笑んでいるくせに男の眼は笑っておらず、背筋がゾッとするぐらい冷めたものだ。

いったいなんなんだろう。そもそもこれは本当に夢?夢なの?

混乱し続ける頭は動かない男を見て夢だと考える。だけど男はもう開かないと思った口を動かした。



「選べ」



非現実的なことが目の前で起こっている。そう、これは非現実的だ。

止まった世界に動く私と怪しい男、怪しい男からの申し出。危ない要素が沢山ある。だけどもしここで行くと言ったら明らかに普通じゃないところへと行けるんだろう。この、いつも抜け出したかった現実とは違う場所へと私は行けるんだ。

生きる意味は無いけど死ねない。だけど、もうそれには飽きてしまった。

もう一度目の前にいる男を見ると、男は私を促すかのようにまた笑った。

……非現実いいじゃないか。夢だっていいじゃないか。現実じゃないんだから。こことは違う場所に行けるんだから。

私は決めた。

いつも望んでいたことの、チャンスが来たんだ。



「行く」



男は満足そうに応える。


「心得た」


状況も理解できないし男は信用ならなくてよく分からないけど、何かあったとしてもそのときはそのときだ。

開き直って差し伸ばされた手に私も手を差し出す。その一瞬のあいだ私の頭は今まであったこと全てを思い出していた。お母さんや、お父さんや、晃のお父さんや、晃のお母さんや、晃が頭によぎった。

だけど私は男の手を握った。

バチャッ

勢いよく噴出された水が地面に落ちる。イチョウの葉が風に吹かれて地面のうえを一人彷徨っていた。公園にはもう誰もいない。










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