38.ユキ
カナル大陸の一大イベントであるレヴィカルが開催されるこの日、雲一つない晴天だった。意気揚々とカナル国まで続く列に並んで四十五分。ひたすら陽の暑さと人混みの熱気に耐えていくつもあった城門を超え……私たちはようやく最後の城門を、カナル城下町への入り口をくぐった。
「わあ……」
暑さにうだった思考が城門の向こう側を見て晴れていく。並んでいた列よりも多くの人がいて暑苦しいけれど、立ち並ぶ家の合間にところせましと並ぶ露店の店主を始め笑顔があふれていて疲れどころか気持ちが明るくなる。いたるところからレヴィカルの名が聞こえてきて、帯剣した武器を鳴らしながら歩く厳つい人たちが通り過ぎるのも頬を緩める要素の一つだ。
ラミア国はのどかで華やかさに満ちていたけれど、カナル国は素朴で力強い雰囲気に溢れている。弱肉強食の軍事国家という制度が長年に渡ってあり続けたためか、町並みを見ても人々を見ても裕福とは思えない。お城も人々の住む家も茶系統で統一されているためどこか味気なく見えるのも一因だろう。けれど流石に今日はお祭りだから歩く人は皆オシャレをしている。カナル国の人は普段質素で目立たない服装に気を付けているらしいが、こういった日には原色で派手に飾るとのこと。どこかの国の民族衣装を思い出す。素朴だけどパワフルで元気いっぱいだ。
「受付済まさないとな」
「……うんっ!」
ダラクの声に感極まって返事をすればダラクは苦笑いを浮かべた。そして鼻息荒い私を宥めるように私の頭を軽く小突く。最近ダラクと話す機会がなかったからこうして普通に話せるのは久しぶりでなんだか嬉しい。
「じゃあ私たちは先に観覧席にでも行っておこうかしら」
「いいね」
観客席?
シリアとザートが目線を向けたほうを見れば、いままで目に入らなかったのが不思議なほどに巨大な建物が映る。……レンガ版野球ドーム?
「あれなに?」
「そうかユキはレヴィカル知らなかったもんなー。あれも知らないか」
ザートが間延びした声を出す。そしてリオとダラクが少し妙な動きをしたのに気がつかないまま得意げな顔で口を開いた。
「ヘルゲートだよ。オルヴェン最大の闘技場っ!外見てもすげえけど中もすげえよ?」
「「……ヘルゲート」」
興奮して叫ぶザートの顔を見たあと隣に立っていた晃と声がはもって顔を見合わせる。そして堪えきらずに笑ってしまった。
「え、なに?どうしたの?」
「ううん。なんでもない、ね?晃」
「おお。ただお似合いだなって思っただけだ」
「ブッ!」
英語にして直訳すれば地獄門だなんて今の私たちにピッタリだ。晃とこっそり拳をぶつけ合ったあと受付らしき場所に行く。
「おいちょっと待て。ユキ」
「なに?」
「受付には金が必要だから」
「え、そうなんだ。……ありがとう」
考えもしなかったから素直に感謝すると隣で晃も同じように感謝していた。ダラクは私達の言葉に眉を寄せていたものの晃を見たあと肩をすくめて「まあ頑張れ」と激励の言葉をかける。思いがけない言葉に晃は目を見開いて驚いたもんだから笑ってしまった。晃がショックから立ち直るより先にダラクが真剣な表情で私を見る。
「ダラク?」
なにか言いたそうなのに言葉を続けないダラクに代わって聞いてみると、ダラクは左頬をかきながらぶっきらぼうに言った。
「……頑張れよ」
まさか私にもそう言ってもらえると思っていなかったから晃以上に驚いてしまう。なにせ勝手をしている自覚はあって後ろめたかったし、ダラクは最後の最後まで反対していた。
ダラクは私を見て溜息を吐いたあと強い視線で私を見る。
「怪我すんなってのは難しいだろうから……無茶だけはすんな」
掠れた声に胸が締め付けられる。こんなに心配してくれていたのかと実感して嬉しかった。だからしっかりと目を見て頷けば、ダラクはふっきれたように笑う。
「……よしっ!じゃあユキお前の力思いっきり見せつけてこい。それと晃。たった六日だろうが俺が鍛えたんだ。無様な姿さらすんじゃねえぞ」
「言われるまでもねえ」
「そりゃいい」
ダラクは踵を返してザートたちのところに戻って行く。ザート達は応援を叫びながら手を振ってくれていて、晃と一緒に手を振り返したあと受付に並んだ。
「……出場?お前達がか?」
受付に立っていたのはこの暑いのに鉄の胸当てをした軍人だった。緑色の短い髪をしていて、珍しい剣を持っている。鎌状で緩いS字型。じっくり眺めていたところで嫌な感じの声が聞こえたもんだから不自然なほどニッコリ笑って軍人に答える。
「ええ、そうですけれど」
「受付はここだろ?」
畏まる気がさらさらないただのあてつけの敬語と態度に晃が咎めるように小突いてくる。仕返しにそれより強い力で小突けばまた小突き返される、そんな喧嘩をしばらくしていても軍人は事務手続きを始めようとしないから隣で口をあんぐりと開けている青年の前にお金を置いて名簿らしき紙に名前を書く──男女で書く場所が違う。公用語の文字を覚えていてよかった。
書き終えた瞬間文字が薄っすらと光を放つ。何事かと目を奪われた瞬間、軍人が手に持っていた紙を見ながら鼻で笑った。
「ふん。せいぜい死なないことだな。……女は番号527番で東Aブロック21組目。男は845番で西Cブロック33組目だ。……行け」
あからさまな嘲笑を浮かべた軍人に同じく鼻で嗤い返す。
「……ユキ。止めとけ」
「うんそうだね。あんな奴にかまってる暇なんてなかった」
軍人がなにか叫んだ気がしたけれど、固まっていた青年が突如騒ぎ始めたことで聞こえなかった。別にどうでもよかったから背伸びをして気持ちを切り替えていれば「ユキ」と静かに私を呼ぶ声が聞こえる。私も「晃」と呼んで振り返って。
「頑張ろっか」
着いて早々一戦目だ。一歩間違えれば死んじゃうかもしれない、危険なこの世界の危険な大会。五日に渡る試合は当日申し込みした人ほど仕合の数は多く、一回でも負ければそれで終わりだ。レイシアさんとはどこで会えるだろう。
緊張を感じ取った心臓がドキドキと音を鳴らす。だけど震えるほどの好奇心が頬を緩ませる。どんなものだろう。どんな空気だろう。どんな試合になるだろう。どんな人と戦えるんだろう。私はどこまでいけるだろう!
長い付き合いの晃は私がなにを考えているのか分かっているんだろう。しょうがないとでもいうように溜息を吐いて、また、ニヤリと笑う。
「ああ。やれるとこまでやってやる」
「もちろん」
拳をぶつけてお互い微笑む。男女の試合場所は別だ。
お互い同時に反対の道に歩く。
「──527番。前へ」
ヘルゲートはザートが言ったように中から見ても凄かった。しかも見渡す場所がヘルゲートの中心近くなんだから迫力は申し分ない。 広い闘技場にも目を見張ったけど、そこを覆うようにして並んでいる観客席により目を見張る。観客席は多くの人が仕合を見られるように何段にも渡って積み重なっていて圧力を感じるぐらいだ。これから始まる戦いを見ようと詰め寄る人のなかにはすでに立っている人も多い。沢山の目に少し怖くなるけれど気分が高揚してくるんだから末期だ。
気を落ち着かせようと上を見れば、吹き抜けになっている天井から真っ青な空が見上げた。見続けていると僅かなブレを見つける──シールドだ。レヴィカルでは魔法の使用が禁止されていて、魔法が使えないように特別な呪文がヘルゲートに使われていると言っていた。それがこのシールドだろう。観客席や他ブロックに被害が及ばないようにとのことだけど手が込んでいる。
闘技場はというと四ブロックに分かれて並んでいた。そこで男女に分かれて二ブロックずつ使いながら仕合を同時進行。一日目は当日申し込みや力の弱い者を戦わせて一気にふるいおとすらしい。
二日目では十四人が残り、三日目には七人。四日目は二人になって五日目に男女それぞれ勝者が一人選ばれる……。開催時間ギリギリ当日登録で527番だったことを考えると数戦は確実にする。楽しみだ。シリアが曰く、勝ち進んでいけば呼び方が番号から名前で呼ばれるようになったりと色々変化があるらしい。しかもステージさえ変わっていくとのことだからこれは絶対に勝たないといけない。見ているだけじゃあ絶対にその感動は分からない。
……勝ちたい。
深く、深く息を吸った。そして固い感触のする闘技場に足をのせる。真剣を初めて手したときのようだ。鞘からのぞいた刀身に自分自身の姿が映ったときの震えが身体を支配する。
隣のブロックから歓声が沸きあがった。どうやらもう結果が出たらしい。私の対戦相手を探して前を見れば同じように私を見ている人を見つけた。近い場所にいる。少なく見積もっても普通に歩いて十歩の距離だ。お陰で相手の顔がよく見える。赤い短髪の女性は長剣を片手に持ちながら私を見ていて、さっきの軍人のような嘲笑を浮かべていた。審判と思しき軍人が準備はいいかと言っている。
女は軽く返事をしていた。
レヴィカルで勝つためのルールは、相手を場外に出すか、参ったと言わせるか、気を失わせるか、戦闘不能にするか。
反則は一つ。殺してしまうこと。
審判が今度は私を見ながら準備はいいかと聞いてくるから頷く。もう笑みが堪えきれないのに迷う理由は見当たらなかった。
「始めっ!!」
──それからのことはあっという間だった。自分がしたことなのに他人事のようにも思える。それぐらいあっという間に終わってしまった。
合図があっても余裕を見せ続けていた女の顔は最後まで変わらず、折角新しい武器を抜いたのに見てもくれなかった。私の新しい武器、双錘。柄の先に丸い錘がついたもので打撃武器だ。錘の先には鋭利な棘が一つついているから突く攻撃も有効な使いやすい武器。なによりも急所を狙った場合はともかくとして、私の腕力じゃ相手を殺せない。それほど重くないタイプだし考えれば考えるほど今の私にピッタリだ。
殺さず相手を戦闘不能にできる。
望んだ瞬間だったのに相手が期待外れで少し苛立ったのは確かだったけど、それ以上に相手になんの遠慮もしなくていい喜びに任せて思い切り女の腹に双錘を叩きこんだ。
一発、たった一発だけだ。
息を潰した呻き声と同時に耳障りな音が聞こえる。身体をへの字に曲げた女は口の中でも切ったのか血を滲ませた涎を吐き出しそのままリングに倒れた。腹を殴ったとき剣を握っていた女の手も巻き込んでいたようで、女の手から剣が離れて悲しい音を鳴らしている。女は蛙のような声を出しながら負傷していないほうの手で腹を抑えている。身体は痙攣していてまだ口からは赤い涎が流れていて──うつ伏せになる。あいた手はなにかを探しているようだ。それが剣であることは明白で、わざと足音を響かせながら女に近づく。
「ねえ、まだ戦う?」
女の真横に双錘を突き刺し、返事を待つ。女の一挙一動だけがやけに鮮明に目に映った。息遣い、戦慄く口元、答えを探す手──そして女の身体が脱力する。
「しょっ、勝者527番っっ!!!」
審判が叫び、ようやく時間が動き出す。
勝った?勝ったよね……よかった。
理解した瞬間大きな溜息が出た。気が緩んだせいだろう。ふと双錘の重さを思い出して持ち直せば、気のせいか歓声が聞こえた。顔を上げるとそれは増えて、隣の仕合に対してじゃないことが分かる。少し悩んだあと双錘を持ち上げれば口笛が吹き歓声や拍手がヘルゲートに響いた。
「……っ」
──どう言えばいいんだろう。言葉にできない感情が私を支配する。うだる暑さ、仕合の熱、冷めきらぬ興奮、歓喜に震える身体!
血反吐残るリングのうえ担架で運ばれる女。そうしたのは間違いなく私だ。
なのに私の顔は嬉しさ堪えて笑みを作った。




