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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■超えたいもの
36/50

36.悪い癖





街を見てくると言ったものの、本当はしたいことがあった。

昨日シリアに連れてきてもらった歌物語“誰も知らない人”の舞台になった空き地に辿り着く。既に塀の向こう側に見える朝陽が空き地を明るく照らしていたけれど、やはり人はおらず寂しい空気が漂っていた。けれどそれが妙に心地いい。空き地を横断して塀に腰掛ける。朝陽を見上げながら思い出すのはもういない少年と少女の悲恋のお話。



「――また逢いましょう」



口にしてしまった一節をこれ以上続けないように口元を隠す。幽霊のような闇の者という存在がいるこの世界だ。少年少女が居た場所で少年少女の話を一人でするのは憚られた。誰かがいれば気にならないことが一人になると気になってしまう。立て続けに嫌なことが起きたと言われるいわくつきの場所でもあるから尚更だ。それにソウイウ場所で一人言を言っている姿を見られたら気まずい――本当に、気まずい。

微かに聞こえた足音に振り返れば一人の女性が私を見ながら微笑んでいた。胸元まで伸ばしたストレートの黒髪と深い緑色の目、なによりも風に吹かれれば消えてしまいそうな儚い雰囲気が印象的な女性だ。見知らぬ女性のうえ一人言を聞かれていたであろう恥ずかしさから微笑み返し――それで終わるはずだったのに、彼女は私を見たままで、更に言葉を続けた。


「……初めまして。私はレイシアと言うの」

「え、あ……初めまして。私はユキと申します」


女性、レイシアさんはゆっくりと近づいてくる。レイシアさんはここになにか用があるんだろうか。といってもここには私しかいないし他にはなにも――お墓?

彼女がよほどフレンドリーでない限り理由が思いつかなくて辺りを見渡せば空き地の端にお墓らしきものを見つけた。苔がびっしりと生えていて年代を感じる石の前には白い花が手向けられている。


「また逢いましょう……“誰も知らない人”のことかしら?」

「……あはは、やっぱり聞かれていましたか。そうです、ここが“誰も知らない人”の舞台だと知って来たくなったんです」


それでついでに歌ってしまいそうになりました、という言葉は飲み込んでおく。レイシアさんは私の気も知らないで微笑みを崩さない――隣に並んだ。塀に座る私を見上げる緑色の瞳が私を映し、先ほど私が見ていた場所に移る。


「それ、“誰も知らない人”に出てくる少女の墓だといわれているわ」

「えっ」

「あくまで言い伝えだけれど。……その白い花はラシュラル。奇跡を願って手向けられたのね」

「奇跡?」

「ラシュラルの花言葉よ」


花言葉ってこの世界にもあるんだ。

なんだか新鮮に感じてもう一度花を見てみれば見覚えのあるものだったことに気がつく。この世界オルヴェンに来てからちょくちょく見ていた白い花で、六枚の花弁がある可愛らしい花だ。前の世界にも似た花があったな……。懐かしい記憶に思いを馳せていたらレイシアさんが無言で私を見ているのに気がついた。私の悪い癖だ。一つのことに集中しすぎる。


「そうなんですか……素敵ですね」


慌てて言葉を返せばレイシアさんは眉を寄せた。どうやら同意見ではないようだ。そんな分かりやすい、けれど余計レイシアさんという人が分からなくなって微笑みながらどうしようかと考える。

これでレイシアさんがただのフレンドリーな人という可能性は薄まった。


「素敵?」


レイシアさんを印象づけていた儚い雰囲気が消える。物騒なものを孕む視線が私に突き刺さり気圧されそうだ。自分の気に入らない話になったのだとしてもこれは初対面の人に向けるような視線じゃないだろうに。


「亡くなった人へ手向ける奇跡を考えると切ないですが、それほどまで想う心に羨ましさすら感じてしまって」


魔法がある世界でも死者に奇跡を願って手向けるなんて、切なくて、けれど素敵じゃないか。既に魔法が奇跡だっていうのにだ。ああだけど素敵なのは物語だからだ。


「――手向けられる人は嬉しいでしょう」


手向ける人にはなりたくはないけれど。

初対面なのにお互い何を言っているんだろう。そうは思っても彼女に背を向けることも黙り続けることも憚られるいま話し続けるしか選択肢はない。


「私は……気味が悪いわ」

「あはは」


そのうえ反応に困るレイシアさんの微笑みだ。なにを考えているか分からない緑色の瞳を見ながらそういえば見下ろしていたことに気がついて塀から降りる。レイシアさんは背が高かった。塀からおりると私の頭一つ分ぐらいの身長差があって先ほどとは違い見下ろされると迫力も増す。


「この街に住んでいるんですか?」

「いいえ?中継地点で寄っただけだわ。レヴィカルに出場するの」

「レヴィカル、ですか?」

「あら、知らないということは出場しないのかしら?レヴィカルはカナルで毎年行われている、いわゆる武道大会。カナルいちの力を持つ者を決めるのよ」


出たい。

素直に思う心に突き動かされるのは早かった。


「それってまだ受付しているんでしょうか」

「そうね。出場登録は当日でも大丈夫だから間に合うわよ。明後日、カナルで開催されるわ」


淡々とした言葉にフツフツと沸いてくる興奮が目の前の人にも伝わったんだろう。業務内容でも読み上げるような態度だったレイシアさんがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。


「出るのね?」

「出ます」


皆と相談しないといけないのに断言してしまったのはレイシアさんから逃げたくなかったからだ。この人に弱いと思われることも嫌だったし彼女と戦いたい。

……ああ、また衝動が私を突き動かす。

沢山の感情を混ぜたソレが頭をかけ巡って興奮にかられた私の手はブレスレットに移る。

この人はどんな武器を使うんだろう。どんなふうに動くだろう。どんな顔をするだろう。

『相手は相手の正義を、自分は自分の正義を持って』

脳裏に思い描いた剣を手に対峙するレイシアさんがダラクの言葉を私に言う。そのままレイシアさんは私に剣を振り下ろし、私はそれを受け止めて――そこでイメージは止まる。

その先のイメージが出来なかった。

私に振り下ろされる剣が真っ赤な血で濡れているのは生々しく想像できるのに、私が持つタルワールは新品のままで。


「大丈夫かしら?」


愕然とする私に投げかけられた嘲笑に今度はすぐに応えられない。それでもこの人に背を向けたくないことだけは確かで、無理矢理笑ってみせる。


「……レヴィカルで会いましょう」

「……レヴィカルで」


値踏みするように動いた緑色の瞳が見えなくなる。そればかりか背中はどんどん小さくなってしまいには見えなくなった。


「……!は、あっ」


レイシアさんの姿が完全に見えなくなった瞬間身体の力が抜けて座り込んだ。砂にもぐりこんだ手はじっとりと汗をかいていて砂がまとわりつく。私は頬を伝い続ける汗を拭うことさえできない有様だった。

あの人、かなり強い。

ダラクさえ彷彿とさせたプレッシャーを思い出して身体が震えてくる。普段のダラクじゃない。あの姿になったダラクが私を殺そうとしたときと同じ気迫だった。


「はは、っ」


初対面のはずなのに明確な殺意を向けてきたレイシアさんに恐怖と好奇心を、それに少なくない憧れを抱いてしまって笑いがこぼれる。

相手を殺すことも厭わず冷静に剣を振るうレイシアさんは簡単にイメージ出来るのに、そうでありたい肝心の自分はイメージ出来やしない。上から下へ私が思う通りに動く剣は守るという名目でも人を斬ることになる。そうすると決めても……誓っても、はたして戸惑わずに出来るだろうか。誰かが私に剣を持って向かってくる。誰かは待たない。私に余裕はあるだろうか。誰かは待たない。相手は相手の正義で剣を振り下ろしてくる。それが嫌で抵抗するなら私は?奪われるのは嫌だ。突っ立って泣くだけなのは嫌だ。嫌でも現実が来るのを知っている。

それなら、それなら!


「誰だろうなぁ……あの人」


レイシアさんの狙いは私だったみたいだ。散歩をしていて出会っただけと片付けるにはおかしい要素が多すぎる。敵意を向けられる理由は分からない。だけど心当たりがないことが心当たりになってしまう。

レヴィカル。

なんでそこへ行くように仕向けた?見かけと違って好戦的らしい彼女がここではなくレヴィカルという場所をほのめかし、私はのった。力を見せつけ一番を決めるこの大会でなにが起きるだろう。


「ああ、でもまた会ったときに聞けばいっか……」


レヴィカルで会えることは分かっているのだから大丈夫だ。それよりもまず皆にレヴィカルに出場することを言わなければならない。

善は急げと立ち上がり、走り出そうとしたところで躓いてしまう。

『緊張が解けたときが一番危ないの、分かってる?』

顔から転びかけた私に誰かがそんなことを言う。ああもう、悪かったですよーだ。一つのことに集中しすぎるのが駄目なんだよね。え、違う?緊張を解くなって?


「分かってる。いつも、いっつも五月蠅いなあ」


不貞腐れながらいつものように返す。でもよくよく考えてみれば言われている時点で分かってないよね……。

落ち込む事実を忘れたくて今度こそ走り出す。ついでに汗を拭えば口元に入り込んだ砂がレイシアさんと対峙して気圧された自分のことを思い出させた。




「私に殺せるかなあ……」




“誰か”がレイシアさんになっていることに、私は気がつくことが出来なかった。







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