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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
とある願い
30/50

30.祈りの相手



どれぐらいこうしていただろう。

隠れては姿を見せる月を何度かみたあとようやく落ち着いた私の身体は震えを止めた。そよそよと吹く風を心地良いと思えるぐらいの余裕さえできた。


「晃……ありがとう」


返事がない代わり身体にまわされていた手がゆっくりと離れていく。ようやく見えた晃の顔は影を帯びていて心配そうに曲げられた眉はしばらくもとの場所に戻らなさそうだった。


「ねえ、晃。さっき亡くなった人を埋めてたって言ってたけど、もう全員埋葬したの?」

「いや、まだだ。ついさっきまであいつらの手伝いみたいなことしてたからな。……あと半数ぐらいだ」

「そっか。ダラクたちにお礼言っとかないとね」

「……なんでだ?」

「晃がここから離れているあいだ私が大丈夫なように結界張ってくれていたみたいだし。あれ、そうでしょ?」


起きたときには気がつかなかったけれど、いまいる場所を中心として半径三メートルほどの大きさをした楕円状の薄い膜がある。透明に近い黄色だ。晃は指差したほうをちらりと見て困ったように笑った。


「俺には見えねえけどな。まあ、あいつらが言うにはそうだってよ」

「そっか。見えないんだったね。あ、あと晃もありがと」

「なんで」

「様子見に来てくれたんでしょ?だから、ありがと。結界張ってあっても危ないときは危ないみたいだしね」


リオから借りた本曰く、魔法に絶対を求めてはいけないのだそうだ。魔力はもとより、想いも強く影響することからその作用にブレが生じるらしい。この結界を作ったのがリオかダラクならそうそう崩すことなんてないだろうけれど、晃はそれを承知でこうやって様子を見に来てくれたんだろう……って、耳真っ赤だ。 ふてくされたように顔を僅かに逸らす晃に、正直だなあと思ってしまう。ついでに気づかれないようにこっそりと笑った。

お陰で腹は決まった。


「私も埋葬したい……もう大丈夫だから。お願い」


認めたくなくてもあれは現実なんだ。見て、受け止めなきゃならない。じゃないと私はまたあんな状況を見たとき蹲るだけしかできないし、肝心な時には動くことさえできないだろう。そんなのは許せない。

晃は観察するように私を見たあと大きな溜め息を吐いた。観念した、そんな声が聞こえてくるようだ。


「……分かった」


我侭でごめん。ごめんね……ありがとう。もう大丈夫だから。安心させる為に笑う。

それなのに晃は動揺しながら私の手を強く握った。なんだか立場逆転だ。おかしな晃に私の眉が寄って、お互いなんともいえない表情で立ち上がる。


「リオもダラクも結構遠くに行ったんだね。ぜんぜん気配もなにも感じない」


内緒で魔法を使いながら辺りを探っても魔法の残りも気配も分からない。時刻が経ち過ぎたということに加えて自分たちの跡を残すなんてミスは犯さなかったんだろう。そこからして違う。まだまだ遠い。


「ああ。近隣の町と言っても遠いってこぼしてたから相当遠いんだろ」

「そっか」

「……あいつらが気になるか?」

「そうかも」


晃が眉間にシワを寄せて笑う。私もうまく笑えなかったから無理に笑おうとするのは止めた。

風に運ばれてきた甘い血の匂いが鼻をくすぐる。


「……あのさ。短いっていえばかなり短いんだけどね?私ダラクとリオと何週間も旅してきてたんだ。それだけ一緒にいたから結構性格とか分かった気になったの。でも今日みたいな顔……初めて見た。

怖かったんだ。死んじゃった人を見ても動揺しないですぐ次にとるべき行動をとっていくリオたちを見て本当に怖かった。内乱とか戦争って言葉を聴いてもピンッてこないけど、ダラクとかリオが言う内乱とか戦争はきっと“本当”のものなんだなって、馬鹿みたいに実感した」


私は知った気になってたんだ。


「……二人が知らない人に見えた」


ここまでくると笑えてくる。絶対だと決め付けて安心してそれが当たり前だと思うなんて、馬鹿らしいことこの上ない。


「強くなりたいなあ」


小さく呟く。良いか悪いのか晃には聞こえていなかったみたいで晃はただ黙って私の手を握り締めてくれた。そのままどちらともなく歩き出して数分後、辿り着いた。

そこはただ静かで、残酷なほどに静かで──思考を麻痺させる甘い腐臭がそこらじゅうに漂っていた。月明かりに照らされる亡骸に昼間見た光景はやはり夢じゃなかったのだと痛感する。


「……始めよっか」

「……ああ」


それから私と晃は無言で穴を掘り続けた。無心になって穴を掘って、亡骸を運んで、 入れて、土をかけて、また穴を掘って──恐怖は確かにあったけど、それよりも悲しかった。こんなに酷いことだけどこれはオルヴェンで起こっていることのほんの一部でしかない。

悲しかった。こんなに辛いのに、辺りに転がっている亡骸を見慣れてしまった。 掘る、埋める、掘る、埋める──ただその作業に夢中になって感覚が麻痺していく。

最初に感じた恐怖ももうそれほどない。時が経つにつれて荒れていた気持ちさえ落ち着いていく。不思議な気持ちだった。 亡骸の溢れる町のなかいまだ暗い感情が根付いていたけれど、心が穏やかになっていく。

目を閉じて亡骸の隣に腰掛けて、土にまみれた手を更に土に埋めて──


これは現実だ。


静かにそれを受け止めることができた。

残酷で悲しくて許せない現実。なぜかその現実を受け止められたとき口元が緩んでいった。異様な空間にあてられたんだろうか。まあ、どうでもいいか。

汗を血のつく手で拭いながらまだ残っている仕事に手をつける。まだ亡骸はたくさんあった。


ようやく全ての亡骸を埋葬できたのは数時間もあとのことだ。私と晃はお墓に祈りを捧げ──白み始めた空を見上げた。







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