表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■一章 夢に見た現実
3/50

03.願い

 




ポチャン、と大きな水音。あろうことか耳元で聞こえた。

瞬間、死んでしまう、なんて思ってしまうほどの恐怖に一気に血の気がなくなる。死神に触られたとしたらこんな感じだろうか。首筋に鋭利な冷たいものがあてられるような、恐ろしい感覚だった。



「──ッ!」



悲鳴にもならない声が出る。よろめいて、でもすぐに走った。



こわい、怖いっ!



頭はパニック状態で、ただひたすら走りながら耳を擦った。いやに高かった音がいつまでもポチャンポチャンと木霊している。やけるように熱い喉から掠れた息が出ては消える。少しでも足を止めればソレが襲ってきそうで止まれない。


嫌だっ!誰か助けてっ……!!


頭がおかしくなりそうななか、ギリギリまで保っていた涙が溢れて頬を伝う。涙の通った場所がひんやりとした冷たさを私に感じさせた瞬間、暗闇の世界に静寂が訪れた。まったくの無音になったこの世界で聞こえるのは、瓦礫の夢と同じく私の心臓の音や吐く息といった私が出している音だけだった。自分だけしかいない世界。それがこんなにも安心するなんて。

すでに限界でその場に蹲る。もうこれ以上なにかが自分に近づかないように身体を思い切り抱きしめた。涙が温かさを伝えては冷え切って身体を冷やしていく。血の気がないのかくらりぐらりとする頭は動いてくれない。


怖い、怖い、怖い。


なにがなんだか分からない。分からないけど!……怖い。それだけは確かだった。怖くて怖くてしょうがなかった。


ココは嫌だ。ココにいたら思い出したくないことを思い出してしまう……!!!!


……思い出したくないこと?



ソレッテ、ナンダロウ?



「ぅあ゛」



ドクン、と大きく心臓が跳ねて景色がぶれる。同時に息ができなくなって、頭に痛みが走った。

それがきっかけなのか、白い靄がかかった映像が頭に流れてきた。記憶とはどこか違う気がする。テレビ画面を見ているような映像が頭に流れてくる。ただし電源も切れないしチャンネルも変えれなくて、強制的に流れてくる映像だった。


笑い声が聞こえる。皆と自分自身の、楽しそうな笑い声──それはいままであった幸せなときの思い出で、愛しくて大事なもの。お母さんが、お父さんが、晃が──皆がいたときの記憶。

ふいに誰かの後姿が頭をよぎる。かと思えば一瞬で消えてしまった。


「あっ……」


一つに束ねられた金糸のような長い髪をなびかせて歩く、誰かの広い背中。

頭にかすったソレが私になにかを思い出させようとする。

誰?……分からない。誰なの?

分かりそうで分からなくて、知ろうとすればするほどぼやけて消えていく。後少しでなにか分かりそうなのに……っ!

はがゆくて、悔しくて、胸がしめつけられるような気持ちが生まれる。涙はもう乾いてしまった。


「な、に。地鳴り?」


前触れなく、獣が唸るかのような低くて大きい地鳴りがそこらじゅうから聞こえてきた──また、世界が変わる。まるで私が思いだそうとするのを止めさせようとしているんじゃないかってぐらいに完璧なタイミングだった。事実、ソレのせいで私は、また、忘れてしまった。

低い音が大きくなるたびに、辺り一面がますます震え上がっていく。


ああ、こっちに来る。


さっき感じた何かがまたこっちに来ているのだと分かってしまった。肌で感じてしまう。何かは分からないソレが、何かを狙うように、ものすごいスピードで迫ってくる。そして、ソレが狙っているのものは、私だということも知っていた。


もう、逃げられない。


それなのに私は体力もなければ精神的にも参って逃げられなかった。ただ目を閉じて、手で頭を覆うしかできなかった。

──だけど、それは急に消えた。

私に触れるか触れないかという距離で急に消えてしまった。音も消えた。


「あれ……?」


目を開けたら暗闇が見えるはずだった。なのにゆっくり広がる視界には光が映っていく。淡くてほとんど白に近い黄色の光が目に眩しかった。そして、光の先に映ったのは──木の頂上が見えないぐらいに大きな一本の木だった。

もう、気がついたら目の前に何かがあるということに慣れたくもないけど慣れてしまっていて、怖くなるよりもただその木から溢れている神々しいともいえる雰囲気に圧倒された。ただただアホ面下げて木をまじまじと眺める。その木は、葉が濃い緑色で、枝や木は薄くて少し光を放つ黄緑色といった変わった配色の木だった。



「綺麗……」



あまりにも異様で、綺麗。

さっきまでのグチャグチャな感情が拭われるほど目が奪われる。……もっと近くで見たい。

真下から見上げてみたくなった。この距離でももうてっぺんは見えないから、真下なんて行ってみたらてっぺんなんて絶対見えないだろう。だけど真下から見上げてこの木に触ってみたくなった。

そう思ったが先か、足が木に向かって動いていく。誰かに操られてるみたいにフラフラしながら歩いていた。

綺麗だろうな。キラキラ光る緑や白や黄緑色──目が開けられないかもしれない。そのときは目を細めて見上げてみようか。

頭に思い描いたビジョンはきっと正しい。足が少し早くなる。

私を止めたのは、私以外の声だった。



「クルナ……」

「っ!?」



水音が聞こえたときと同じぐらい驚いて辺りを見渡す。だけど、誰もいない。

水を通して聞こえるようなくぐもった声は何度もエコーして耳に聞こえてきた。どこか聞いてるよりも聞かされてるような気がする。……でも、なんで?そもそもこれは夢でしょ?ああ、なら、もう気にしなくてもいいか。ただの夢なんだし。でも……気になる。ああもう。

いままでの展開に貯まっていたストレスが私を苛立たせる。訳の分からないことばかりが続いて、今度は命令されるんだ。イライラしてしょうがない。

顔の見えない声だけの存在を探して、宙を睨み上げる。

顔を見せてよ。顔が見えないとなにを考えてるか分からないし、なんでそんなに焦って話しかけてくるのか分からない。

応えられない。


「クルナ……!」

「誰なの?なんでそっちに行ったら駄目なの?」

「オマエハココニクルベキジャナインダ」


警告するだけじゃなく、どこか諭すように、懇願するような言葉に戸惑って質問できなくなる。


「訳分かんない」

「……」


不思議な気分だった。

この誰かは分からないモノと話しをしていると、なんでか……懐かしい、と思ってしまう。“この人”と会ったことがある気がする……。



「私、あなたに会ったことがある?あなたは」



あなたは──そう言いかけたとき、またアレが襲ってきた。



「……ユキッッ!!」



声が近くでした。

でも、やっぱり誰がどこにいるかが分からない。それにしてもなんでこの人は私の名前を知ってるんだろう?


……それになんで私はこうも冷静なんだろうか。


ソレが私を襲う。ソレはぐねぐねとしていて、自分の意志を持っているようだった。まるで生きているかのように動いて棒立ちしている私を一瞬で捕まえ、闇へと連れ戻す。光が遠ざかったと思った瞬間、視界はすべて闇に覆われる。


そして私はそこにいた男の人を見てしまった。


動きに合わせて舞うように散らばる綺麗な銀色の長い髪が、闇を彩る。その隙間に見えるのは、人を射抜く真っ赤な眼と冷笑を浮かべる大きな唇。骨ばった輪郭にそれらはとてもよく似合っていて……



「あ」



その男の人は私の手を掴み、もう片方の手を私の腰にまわして私を動けなくした。

なんでそんなことするんだろう。

不思議でしょうがなかった。

私にはもとから逃げるつもりなんてなかった。男の赤い眼に魅入ってしまったんだと思う。日本人はもちろん、外人でも無さそうな赤色の目は妖しく光りながら、その瞳の中に私を映し出している。それがどうしようもなく嬉しかった。

しばらくの間お互いを見続けていたけど、目が合うとその男は無表情のまま驚く発言をした。



「ここで死ぬか……?」



男が出した、聞き慣れない低くて脅すかのように発せられた声が、私の身体を震わせる。けれど男は憎らしいほどに冷静な顔のままで私を見ていた。そして手を私の腰から首元にまわしたと思った瞬間、力をいれ始める。

ヒュッ、と息が悲鳴のような音を出した。


「……っ!!」


力の強さと、冷たい指の感触に驚いて男を凝視する。だけど男はさっきからなにひとつ変わらない冷静なままだった。感情の起伏が感じられない静かな視線。

怖い。

殺されるかもしれない恐怖よりも、なにをしてもなにも感じていないような赤い無機質な眼に恐怖を覚えてしまった。男から離れたい一身で満身の力をこめて暴れる。だけど、やはり男と女の力の差には勝てないらしく、びくともしない。

しかも男は徐々に手に込める力を強くしていくもんだから、息は苦しくなって、視界はぼやけてくる。

男の顔が近づいてきた。


私……死ぬの……?


そう思って、私は目を瞑った。諦めた?それもあるかもしれない。だけど、いいかもしれないと思った。同じことの繰り返しの日常。それが変わるのなら別にいいかって。


なによりも、この男に殺されるならいいかって思った。


なのに男は突然、今までどんなに抵抗しても力を緩めなかったその力を緩めた。おかげで私はその場に崩れ落ちて、急に入り込んだ新鮮な空気と肺に溜まってた二酸化炭素とで思い切りむせてしまう。頭がくらくらして涙で視界がぶれる。


……生きてる。


ほんのついさっきまでは死んでもいいかみたいなことを思ってたのに、いざ助かると嬉しくてまた新しい涙が出てきた。子供みたいに泣きながらむせる私の背中を、骨ばった感触の大きな手の平が撫でる。男の手だ。だとしたらその手は私を殺そうとした手のはず。

普通なら恐怖でしかないだろう。なのに私はその手にさっきまで感じなかった温もりを感じて安堵していた。その手が腰で止まる。呼吸が安定して、なんだろうと顔を上げた。

瞬間、強い力に引き寄せられる。顎に痛みと温もりを感じて、唇にも温もりを感じた。


キス、されてる?


驚いてしまってつい恐ろしく近い顔を凝視してしまったけど、目が合った合った瞬間すごい恥かしくなって、また目を閉じてしまう。訳が、分からない。ああでも、それでも嫌じゃない。この温もり、私、好きだ。

手と手が触れるような柔らかい感触。心地いいとさえ思って力が抜けてしまう。もうこの人は誰なのかとか、なにが起こってるかなんて考えもしなかった。


……あ。駄目。


やっぱり前言撤回。艶めかしい音を出しながら口内をなぞった生温かい舌に一瞬でパニックになる。

舌が、舌が!え、これ舌??!

思わず身をひいても身体を抱く手は強くなんの意味もなさない。男の手が私の身体を這う。身体が冷えていたから男の体温を強く感じてゾクリとした。

見知らぬ男で、しかも殺そうとしてきた男。そんな男にいきなりキスされて抱きしめられる。

異常だ。

なのに私は男に強く抱きしめられれば抱きしめられるほど頭が茹だりそうな羞恥心しか抱かなかった。

呼吸を奪うキスが私に余裕を与えながらもねっとりとしたキスに変わっても、身体をまさぐられても、私はもう逃げようと考えることはなかった。

互いの肌が熱くてもう冷たさも感じない。気持ちよさと異常と感じる理性がぐちゃぐちゃに混ざっていく。

なにも邪魔しない静かな真っ暗闇。

私しかいなくてもよかった。でもそれは不安を生み出して、どうしようもなかった。


でもいまは――


手を伸ばす。

ドロドロした感情を言葉にできなかった。ただ確かなのは、この体温とその感触に感じる居心地の良さだ。指に柔らかい感触が絡む。きっとこれは髪の毛なんだろう。さらさら……。

気が遠くなるようなほどに時間が経った。そして男は、もう窒息するんじゃないかというぐらいにまで酸欠だった私に気がついたのか知らないけれど、急にキスを止めて息の荒い私に低い声で優しく囁いた。



「また……」



男はそこで言葉を止めて私をしばらく見つめる。そして初めて、無表情の顔を歪めながら切なそうに笑って私にキスをした。

同時にブラックアウト。色んな意味で。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ