25.久しぶり
「いくぞ」
ダラクのそっけない言葉にリオが立ち上がって晃も重たい溜息を吐いたあと立ち上がる。
「分かってる」
「じゃあユキまた後でね」
「うん、いってらっしゃーい。頑張ってー」
私は暖炉の前に陣取って、本片手に男3人が寒空の中出かけていくのを見送る。
晃はこれから修行だ。ダラクの提案でこれからのことを考えると晃をある程度鍛えておきたいらしい。それにリオも名乗りを上げたから大変だ。ありえないぐらい強くて無慈悲なところがあるダラクと、闇の者を討伐する者として国から指定された守人であり魔導師といわれる魔法使いとして最高位に所属しているリオがコーチ。あの二人の性格からしても修行の内容は控えめに言って地獄だと思う。私でさえ二の足踏んでしまう修行のはずだ。自分で決めたことならいざしらず、しろと言われて続けられるものじゃないと思う。
だけど晃はこの世界に来た次の日から今日までずっと修業を続けている。
毎日朝早くに出て夜中ボロボロになって帰って来る姿はなかなか悲惨だ。晃は帰ってくると意識があるんだかないんだか分からない会話を少ししたあとお風呂に入ってすぐに寝込んでしまう。目に見えて身体に増えていく傷と暗くなっていく表情にたまらず「無理しないほうが」とか「徐々に慣らしていけば」とか提案してみたけれど晃は聞く耳持たない。晃も強くなりたいんだなあって感心したけど、話を聞けばどうやら違うようだった。
『あのしごきが終わって俺がグダグダになってるときのなんだもうギブか?って顔が……くっそ!しかも俺の攻撃なんざ掠りもしねえしよっ……まあ手加減されなきゃ確実俺死んでるけどよ。いや、違う。手加減の仕方が腹が立つんだ。なんだあの手加減してやってんだぜ?みたいな顔!特訓!?ていのいいリンチだろうがっ!!』
クールな晃からは考えられないほどの熱の篭った声と迫力ある顔だった。その後我に返った晃は顔を覆って呼吸を整えて咽ていた。
同情してしまう状態だったけど、低い声で不気味に笑っていたから案外大丈夫そうだ。昔私が苛められていたことを初めて知った晃の様子とまったく同じだった。きっとリオとダラクをのす自分の姿を想像していたんだろう。きっと叶うはずだ。現に昔その笑いを浮かべた次の日晃は苛めっ子たちをのしていたんだから。だからきっとおそらく多分、リオとダラクを打倒する夢だって叶えるはず。……多分。
私もせめて1日体験したいんだけどなー。
リオとダラクのある意味夢の修行を私は受けていない。
過酷なメニューを気軽に言いそうな二人の修行が行われると知ったとき、勇気を振り絞って指導を頼んだものの私の指導は保留と言われて断られた。それには不服だったけれど「代わりに」と言ってリオから渡された本が凄く面白くて今は修業に参加出来なくてもまったく問題じゃない。
本を机に置いてソファの近くに置いてある毛布と飲み物を取りに行く。薪は……まだ大丈夫そうだ。
ここの宿はすべてセルフだ。使ったぶんだけ最後にまとめて精算する形式らしく、飲食物も備品も好きに使ってよし。備品はほとんど無料だし気兼ねなく使える。最近の私の生活の流れは、晃たちを見送ったあと宿の主人がオススメしてくれた暖炉の前に毛布でくるまりながら時々お茶を飲みつつ本を読むことだ。幸せ以外なにものでもない。
宿の主人は旅人に宿と食料を提供はするけど他のサービスはまったくしないという方針らしい。それはダラクと宿泊に関する契約を結んでいるときにしか姿を現さないほどの徹底振りだった。だから最初はまるで人の家に無断で生活しているようような居心地の悪さを感じたけれど、今はもう慣れたし完全にくつろいでいる。しかしこの宿こんな経営で大丈夫なんだろうか。
余計なお世話だろうことを思いながら今日もベストな空間をセッティングしていく。
そして出来上がった夢の空間に満足しながらソファに座り込んで毛布を被った。昨日読んだところまで本の頁をめくりながら内容を確認する。昨日最後に見た内容は丁度このリガーザニアについてのことだ。
リガーザニアでは地下帝国なるものがあるらしい。リガーザニアに住む人たちは月ごとに数日ある晴れの日、アルムズに食料の備えのために外に出るけれど、それ以外では滅多に地上に出ない閉鎖的な民。個人的に地下帝国に行ってみたいけれど、一見さんお断りらしい。独自の生活方法を用いているため色々と問題がでるそうだ。興味ある。
いつかまたここに来てみよう。
本を読み始めてからというもの、知識がつくことは凄く嬉しいことなんだと知った。全然知らなかったことがこうやって分かって次に備えられるのはオルヴェンで生きていくのに凄く必要なことだし、なにより面白くて楽しい。リオに借りた分厚い本にはオルヴェンのことや魔法、地図、薬草そしてなぜかお金の稼ぎ方や世渡りの仕方なんて雑学も載っている。この世界で生きていくために必要なことがまるまる詰まっているんだから読むしかない。それになにかを知っているっていうことは、騙されないことだ。
まとわりついていた嘘が分かってくる。
───本抜粋───
契約には様々なものがあるが、大きく分けて三種類ある。 双方が誓約するものと、片方が片方に誓約するものと、そして最後に一人が橋渡しとなって誓約するもの。これらに共通することは一点。絶対の誓約。違えばそれなりの危害が身に起こることとなる。
さて、例外というものは常になにか大きな代償が存在していてそのために起こったものである。ここで記載する契約の例外というものは全てその代償のことを表している。契約とは絶対。その絶対を覆すのだから、一つ間違えれば命に関わる。
魔法でも手順が異なると発動するものが変化するように、契約でも手順が異なれば様々な形にその内容は変化する。大きな力を持つ者同士しか出来ず、その力を持ってして行われるのだから当然といえば当然だろう。
よって例外とは即ち禁呪だともいえる。禁呪は許されざる呪文。それを知るものなどいないに等しいだろう。いや、知っているということだけでも許されないものである。ここに記載されるのはあくまで例外なのだということを先に知っていておいてほしい。
では早速本題に移ろう。契約とは双方の意思があって成るものだ。しかし多大な魔力を持つ者にならば一方的な契約は可能といえば可能である。また、魔力の無いものが魔力の代わりを提示した場合も可能である。
前者はよほどの自信がなければ実行に移すのは考慮したほうが身のためだ。呪が跳ね返り死んでしまいかねない。後者も然りだ。
普通、魔力とは稀有なものである。加えて言うと、身体に流れるエネルギーを実体として外へと放出するのだから使用すればするだけその後の疲労が大きいために実際に使うものは少ない。エネルギーとは自身の生命力とほぼ同義語だ。それを無理矢理放出することで制御が利かなくなってにエネルギー全てを出してしまい力尽きることもそう珍しくはない。
故に魔法を使えない者が身に宿る魔力を無理に使い契約を行うときは余程の覚悟が必要である。
そしてもっと危険なことがある。身の内に魔力さえ無い者がする契約だ。魔力の代わりという代償を払って行う契約である。これに関しては命を投げることだと理解してもいいだろう。魔力と成りえる余分な生命エネルギーがないにも関わらずエネルギーを出す。それは自身が生きるために使っている生命エネルギーを出すということと同じだからだ。
────────
予想は正しかった。晃がした契約は後者だ。
前の世界で流れる時間を犠牲に晃はオルヴェンに来たんだから。
早く。
やっぱり晃は早く前の世界に帰さないと駄目だ。私はここで生きていけるし生きていきたいから大丈夫。できれば晃とも一緒にいたいけれど、そんな我侭で晃を縛っちゃいけない。
早くもっと沢山の知識を蓄えなきゃ駄目だ。特に禁呪について知りたい。禁呪なら晃を元の世界に帰せるかもしれない。
シリアさんたちからもなにか情報を得られるかもしれないし、これからそういったことに特に注意しよう。歯がゆいのが禁呪について何か知っていそうな人が身近に二人もいるのに聞くに聞けないことだ。リオとダラクにどのタイミングで聞こうか。
この本の著者がいうには禁呪とは使うことも知っていることも許されないものらしい。そういうこともあってか分厚い三冊の本には禁呪についての詳細は見当たらず、概要でしか使われていない。
けれどリオとダラクは禁呪によって私たちが異世界から来たことになんの疑問も抱かなかった。そしてある場所からある場所へ移動することを転移やワープと言い書籍でもそう書かれているのに、異世界からの移動を渡ると共通の言葉を使っている。二人は間違いなくこの書籍より多く禁呪についてなにか知っているはずだ。
「……とりあえず、今は出来ることを」
当面一番知っておきたかった情報が確認できたから次にしたかったことを実行に移すことにする。
本をブレスレットにしまって服を何枚も重ね着。三人ともいないのはつまらないといえばそうだけど、絶好のチャンスでもあった。しかもリガーザニアの住人は滅多に外に出ず、閉鎖された人気の無い場所。
つまり、念願だった魔法の練習ができる。
かねてからの計画を遂に実行だ。ドアを開けると待ってましたとばかりに冷たい風が身を包むけどまったく問題じゃない。心はウキウキしていて外が寒くったってへっちゃらだ。
……皆いないよね?
一応それとなくリサーチして宿の近くで修業をしていないことは把握済みだったけど、近くに三人がいないことを確かめておく。でも三人どころか誰もいなかった。見つかるかもしれない不安はあるけれど、雪がまだ降っているから私の足跡を消してくれるだろう。
村から離れた山の麓まで移動する。道中、煙が昇っている家をいくつか見つけた。家の中に人が居るんだろうか。それとも家の地下で炊いた火だろうか。雪雲に紛れていく煙から目を逸らして前を向けば、真っ白に覆われた世界が見える。近くには誰もいないしなにもないから、もし魔法が失敗しても迷惑をかけないはず。
「じゃあ、まずは……」
「止めておけ」
転移魔法を試してみようとした瞬間、誰も居なかった場所に人が現れる。真っ白な雪に目立つ金髪だった。聞いたことがある声に心臓がとびはねて驚きのあまり止まってしまいそうになる。
目の前の人物を呆然と見上げた。髪を一つにまとめて流している彼の服装は以前見たものとは違う。タートルネックに長ズボン、重厚なショールを体に巻いている。だけどその冷ややかな視線に口元の笑みは変わらなかった。
「久しぶりだな」
「……どうもその節はお世話になりました」
「礼はいらん」
空笑いしながら警戒に構える。男は私をこの世界に呼んだ男だった。




