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廻り逢うそのときに  作者: 夕露
■一章 夢に見た現実
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02.日常




「──河野こうのさんまた明日」

「うん、また明日ね」


退屈な学校が終わって教室を出ようとしたところクラスメイトと目が合って、言われた言葉に笑って返す。特に仲が良い訳じゃないからお互いそれ以上は言わずすれ違ってそのまま。私は今日も一人でまっすぐ下駄箱に行って家に帰る。

ああ、今日もつまらなかった。

平たくいえばボッチだからか、学校は私にとって行けば行くほど毎日がつまらなく感じる場所だった。それでも学校に行くのは最低限の義務だったし、行かないと心配する奴がいるから行かなきゃいけない。


「ユキ、またお前一人で帰ろうとしたな」

「特に約束もしてないし」

「いつものことだから約束もなにもねーだろ」

「いつものことだし小言言わなくてもいいでしょ」


見計らったかのうようにいつも校門を通り過ぎる頃に会う幼馴染のこう。今日も晃と家路につくまでいつもの会話をする。

よく飽きないなあ、晃。私はもう──


「暇だなあ」

「一緒にいる奴がいるってのにそれは失礼じゃね?」

「暇だなあ」

「無視かよ。……まあ特に変わったこともなんもねえしな」


漏れ出た心の声に晃は言葉とは裏腹に気分を害した様子もなく相槌を打つ。顔が整っていると不愛想でも様になるうえこういうところがあるから人気なんだろう。晃は私に敵意を向けてくる人が何人かいるぐらいにはモテる。実際色々言われたしされたこともあって迷惑なぐらいだ。されたままではいなかったからそれは別にいいんだけど、正直晃とはいい距離感を持ちたいから放課後一緒に帰るのはなるべく避けていきたいところだ。

そんなこと口が裂けても言えないけど……。


「変わったことかー」

「お前もまた道場これば?」

「うーん、魅力的だけど貯金しときたいしなあ」

「……師匠はお前なら別にいらんって言ってたけど」

「それは他の人に悪いでしょ。でも嬉しいなあ。ありがとうって伝えておいて」

「りょーかい」


両親が事故死したことで進学じゃなくて就職することにして、遺産はあるけど不安はあるからずっと続けてきた道場を止めてバイト三昧。なかなか心身共に参ることが多かった時期もあったけど晃の両親が保護者になってくれて色々と融通もきかせてくれたし、晃や師匠みたいに気を配ってくれる人もいて結局なんだかんだやってこれてる。


「──じゃ、ばいばい」

「おう、じゃあな」


一軒家に続く門扉を開ける晃に手を振れば、晃は短く応えて家の中に入っていく。そうしないと私が動き出せないのを知っているからその行動は早い。


「ほんと、晃も早く諦めてくれたらいいのに」


増えていく本人には言えない言葉がつい口から零れてしまう。慌てて私も早く帰ろうと隣のアパートの中に入った。

本当なら晃の家に住むはずだったけれどどうしても私が出来なくて、代わりに目が届く場所とかいろいろな事情を考えた結果、私は晃の家の隣のアパートに私は住むことになった。それももう1年が経って慣れたこととはいえ晃の両親には頭が上がらない。

それなのに古びたドアを開けてがらんどうな部屋を見るたび沸いてくるのは、暇だなって、冷めた気持ち。


「……ただいま」


出迎えてくれる声はないのに言ってしまう言葉は空しく部屋に響く。

テレビを少し大きな音を流してソファに寝転がって時計を見ればまだ早い時間だ。今日は珍しくバイトもないから天井にあるシミを眺めながらただただ時間が過ぎるのを待つしかない。それは永遠のような時間で、でも、視界はだんだんと暗くなって気持ちは穏やかなものになっていく。

『なんで……なんでこいつが死なないと駄目なんだ!?』

ついに真っ暗になった視界で、今朝見た夢をふと思い出した。叫ぶように泣く男の人の悲しい声が耳に木霊する。瓦礫転がる危険な場所、血だらけで倒れる人、異常な光景──ああ、どうしてだろう。今日一日ほとんど変わらなかった自分の表情が変わるのが分かる。非日常な夢は晃の言う変わったことで、夢と分かっているのに感情がひどく動かされた。

遠くのほうでテレビから響く笑い声が聞こえてくる。

けれど夢に想いを寄せるほうが虚しさは和らぐの。木霊する声がもらい泣きしそうになるぐらい悲しさを含んでいてもその声を聞いているほうが私は現実を生きているような気持になる。

なんで……なんで。


ああ、会いたい。お母さん、お父さん。


じゃないと私はきっとどうにかなってしまう。お母さんお父さんに会いたすぎて私だけがここに居る意味が分からなくなってきた。お母さんお父さん、つまらないの。私毎日が暇でしょうがないの。


「──」


現実より夢のほうが面白い。現実は代わり映えしないことばかりだけど夢は色んな世界を見られるし思いがけない展開がある。あの悲しい夢だってそう。悲しいのは辛いけど、生きている感じがするの。

もうずっと夢の中で生きていけたらいい。


「──」


だけどそれが馬鹿な考えだってことは分かってる。分かってるから私の現実を、がらんどうな部屋を見るために目を開けた。


「……え?」


そして目に映ったのは黒以外なんの色もない真っ暗な世界だった。夜になって部屋が暗くなったというものじゃなくて、物の輪郭さえないすべてが真っ黒に塗りつぶされた世界。

ぼんやりとしていた頭が一気に覚めるけれど、黒以外なにも見えない世界に理解が追い付かない。自分の身体を支えているはずの地面でさえも黒一色で染められた世界は平衡感覚が薄れてふらふらしてくる。足場の見えない地面を踏みしめて何度も辺りを見渡した。


「え、な、ここど──夢?」


顎がはずれてしまったんじゃないかと不安になるほど口が開く。すると疑問に答えようとでもしたのか、ふいに懐かしい声が聞こえた。


……鏡が、浮いてる。


驚いて声がしたほうを見れば、確かにさっきまでなにもなかった空間に鏡が浮いていた。金で縁取られている大きな鏡で、見れば年代物とすぐ分かるけれど、同時に神秘的にも感じられる高価そうな鏡だった。そんな鏡がなにかを映し出しながら宙に浮いてる。気味が悪いことに鏡は私じゃなくて誰か、複数の人達をテレビのように映していた。どうやら声の発生源は映し出されている人達かららしい。

自然と後ずさってしまうけど、また、さっきとは違ってはっきり聞こえた声に足が止まる。

『名前だけは分かってるんだけど、その後のことが全然分からないの……。この子も覚えてないみたいで』

お、お母さん!?

ありえない。だけど聞き間違えたりなんか絶対にしないお母さんの声が鏡の中から聞こえた。

ありえない、ありえない……!

足が勝手に動いていく。もう恐怖はなかった。


そこには予想とは少し違い、最期に見たときの記憶よりも少し若いお母さんとお父さんと、小さな女の子がいた。

なにがどうなっているんだろう。これはなに?

正直夢だとしてもお母さんたちの姿を見れたことは笑ってしまうぐらい嬉しい。だけど嬉しいのと同じぐらい疑問が浮かんで不安をつれてくる。


これは夢……夢のはず。


瓦礫の夢と同じぐらい異常だから夢と分かるのに、瓦礫の夢と同じぐらい意識がはっきりとしていてリアル。薄気味悪ささえ覚えるのに、夢ならば覚めないようにと願ってしまう。夢を現実にと望んでいたのに現金なものだ。とりあえず今の私に分かるのは、笑顔な私とは裏腹に鏡の中で繰り広げられる内容は深刻そうなものだということだ。懐かしい家のリビングで円になって集まっている三人の表情は暗い。

それにしても、あの子は誰だろう?

端に映る小さな女の子は、傍目にも上等そうな生地で作られている白のワンピース (ネグリジェ?)を着ていて、小刻みに震えながら俯いていた。


まさか誘拐したとかそんなんじゃないよね?


育ての親に向かってなんてことを、という思いにかられながら女の子を凝視する。すると、思いがけない答えが出た。

あの子って……私だ。

今朝鏡で見たばかりの顔より幼いけれど、きっとそう。それに小さい頃の記憶なんてそんなにはっきり覚えてないけれど、私が小学六年生になったその日に深刻な顔をしたお父さんとお母さんから『私達はユキの本当の両親じゃないんだ』という衝撃的な事実を聞かされたときの内容と似ている。小さい頃から両親のどちらにも似てないことがちょっとした悩みだったのに、まさか本当に両親じゃなかっただなんて、ってかなり落ち込んだっけ。ああ、脱線した。ともかく、いま鏡に映っているのは私がお母さんとお父さんと初めて出会った日のこと?になる。

ありえないと思うのに続く会話は予想が正解だと裏付けていく。

お母さんが自分の身体の後ろでビクビクする小さい頃の私をお父さんの正面へと移動させる。小さい頃の私は怖がっているのか顔を俯かせてお母さんの手を握っている。

そしてお母さんはポケットから取り出した紙をお父さんに見せた。目が離せない。少しよれた小さな紙には、どうか親切なかたユキをお願いします、とだけ書かれていた。それだけ、たったそれだけ書かれている紙。

ああ、そっか。私やっぱり捨てられたんだな……。

前から知ってたことだけど改めて実感した。捨てられたんだ。紙切れと一緒に。

『身寄りがないのか……』

お父さんはそれだけ言って、自分の目の前にいる小さい頃の私を見た。自分の今の状況が分かっているのか分かっていないのか、小さい頃の私は泣きそうな顔をしている。

『ねえ、あなた。このままじゃ施設に送られちゃうわ。……私達には子供ができなかったし、どうかしら?この子を育てない?』

お母さんの発言に驚いたらしいお父さんは、面白いぐらいに間抜けな顔をしながら聞き返した。

『お前はいいのか?』

『私はそうしたいわ。それにこの子私の手を離さないの』

お母さんは優しく笑いながら、自分の手を力いっぱいに握り締める小さい頃の私の手をきゅっと握った。お父さんは何も言わず、ただその様子を見ていた。

お母さんはお父さんが何も言わないということに了承と読み取ったのか、小さい頃の私に向き合って優しく言った。

『ユキ……これからは私があなたのお母さんよ』

あ、お母さんの顔だ……。

今まで横を向いてあまり見えなかったお母さんの顔が、小さい頃の私を見たときに、私にも見えた。

いつも微笑んで私を見守ってくれていたお母さんの顔。私はその顔を見ていつも言ったんだ。


「お母さん」


どんなに小さくて掠れた声でも呼べばお母さんは優しく微笑んでくれた。

そうだ。私ははいつもこの笑顔に救いを求めていて、拠り所にしていて、救われていたんだ。お母さんの笑顔を見たら自然と私も笑顔になれる。いまだってお母さんを見る私の顔は、きっと目の前にいる小さな私と同じように笑ってるはず──って、


え?


思わぬ事態に息が詰まる。小さな私と、眼が合った。鏡に見える映像自体ありえないことなのに、小さい頃の私がお母さんから顔を逸らして私のほうを見上げている。だただ無表情に私を……まるで私が見えてるかのように。ゾクリと肌が粟立ったのが分かった。冷たい手で首を絞められたような感覚に襲われる。

そしてそれが合図だったかのように急に鏡が色をなくして何も映さなくなった。


「お母さんお父さんっっ!!」


慌てて鏡に手を伸ばしたけど触れるか触れないかという距離で鏡さえも急に目の前から消えてしまった。そして鏡という唯一色を持っていたものがなくなってしまった瞬間、辺りはどこをどう見てもすべてが真っ暗になってしまう。

なに?なにがどうなってるの!

それでどうかなる訳でもないけど、どうしようもなくて混乱した頭を振った。もう訳が分からなくて、ピリピリと痛むほどに手を強く握り締める。



……ポチャン



水音が、聞こえた。小さな音だった。だけどその音は人気のない長いトンネルの中で物を落としてしまったときのように不気味に耳に響く。存在を誇示するかのように反響し、けれど最後は小波のように消えていく音に、身体が異常と思えるほどに震え始める。腹の底から気持ちの悪い感情が突然生まれたかと思えば、じわりじわり身体中に侵食していく。


怖い。


ううん、そんな生易しいものなんかじゃない。恐怖だ。

背後で聞こえたその小さな音に、私はいいようのない恐怖を覚えていた。ついさっきまでこの景色が晴れるだとかなにかしらの変化を望んでいたはずなのに、その音を聞いてしまったとき──駄目だと思ってしまった。それは嫌だ。聞きたくない。

なのにまた聞こえてくる。さっきよりも近い。近づいてきている。

長い間隔をあけて聞こえてくる音は次第に間隔を詰めていき、はっきりと分かるぐらいに音が大きくなっていく。


何かが、来る。


咄嗟にそう感じた。ソレが、もうすぐそこまで来ている。心臓が自分のものではないかのように強く脈打ち大きな音をたて始める。


怖い。でも、ソレを見たい。


訳の分からない恐怖で身体が動かないけど、今までに感じたことがないほどの好奇心がソレを見ようとウズウズもする。ただ単純に私はソレが恐怖とは違うものだと確かめたかっただけなのかもしれない。

いくらか躊躇したあと、思いきって音がしたほうを見た。

……だけどそこには暗闇が広がるだけで、何もめぼしいものはなかった。


なにかがいると思ったんだけど……。


少し期待はずれな気もしたけど、それよりもほっとして長い溜息をついた。とてつもなく恐ろしいものが迫っているような気がした。逃げられないと思ってしまうような勢いで、残酷なほど確かなもので、私のほうに迫ってくるように感じたんだ。


「ふぅ」


額を流れる汗を拭う。風が吹いて、汗が通った場所が冷やされていった。……風?

はっとする。

そういえば、今回は瓦礫の夢と違って、ココから音が聞こえる。



なんだか少しずつリアルになっていってる?



それなら次見る夢はどんなものになるんだろうか。考えてみて、少し、少しだけわくわくしてしまう。感覚が麻痺してるんだろうか。

そんな馬鹿みたいな考えで気が緩んでしまった。そんな場合じゃないのに笑ってなんかいるからだ──



ソレは突然現れた。





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