18.警告
私は春夏秋が好きだ……つまり冬は嫌い。口から出る息が真っ白に変わっていくのを見ると憂鬱な気持ちになる。
「寒い」
もう少しで目的地に着くとダラクが教えてくれてから数日後、あっというまに冬がやってきた。機能的じゃない冬服は好きじゃないのにあともう二枚ぐらい重ね着しようかなと悩むぐらい寒い。
手を擦り合わせながらまだ見ぬリガーザニアのことを考える。聞くところによるとリガーザニアは雪に囲まれた山岳地帯にあるらしい。視界を埋める真っ白な雪景色、一日中雪が降ることだってあるらしい気候、そびえたつ高い山――絶対ここよりも寒いよ……。
どうにか寒さを和らげれないかな。
普通はしないらしいけど、暖をとるためだけの魔法はあるとのことだったから、無駄にあるらしい魔力を使えたら幸せなんじゃないかと思った時期はあった。でも私は魔法を使えない。一応教えてもらったけど温めるどころか私含めて森を燃やしそうになったから魔法は禁止された。本当に役に立たない魔力だ。
だったらせめて恵みの滴に魔力を溜めていざというときの回復に使えるようにしようと思ったら、魔力だけじゃなくて体力まで一緒にとられるからとてもじゃないけど魔力を流し続けることはできなかった。うまく魔力操作?なるものが出来ていないから余計な体力を使ってしまうとのことだったけど、正直なところ魔力操作ってなにそれ状態だ。結局恵みの滴に魔力を流すのもそこそこで終わらすようにしている。
薄暗いだけじゃなくて寒い森のなか、使えない魔力に落ち込んで一日中歩き続ける。正直辛い。かなり辛い。
会話だってずっとしてるわけじゃない。休憩時間以外でも話すことはあるけど、しょっちゅう話す雰囲気じゃなかった。体力がなくて余裕がないからそう思うのかもしれないけど、ダラクもリオもなにか考えこむように黙々と歩いていて話しかけるのを戸惑ってしまう。
となるとまたさっきの地獄に気分転換できないという項目が追加される訳で……。
辛い。
ようやくの休憩時間が訪れても素直に喜ぶことが出来ない。それどころかすっかりネガティブになってしまっているから地図を読むダラクを見ただけで更に落ち込んでしまう。いつか私も地図を読めるようにならないといけないんだよなあ。
森を歩くようになってからずっとそればかり考えているけど、実際そうしている自分の姿は想像できない。いまのところする気がないんだろう。凄く他人事だ。してくれる人がいるからって甘えているとツケがまわってくるって知ってるはずなんだけどなあ。行動に移すってなったらなんでこんなに面倒臭いんだろう。
でも一応、リガーザニアに着いたら自分の地図と磁石を揃えて見る練習はしよう。ダラクも人のを借りるより自分で用意したほうが使うって言ってたしな……リオは……いない。
トイレかな?
そういえばいないリオに思い出した懐かしい記憶。不思議なもんだなあ。あんなに悩んでたのに慣れたら別になんにも気にしなくなる。この森から早く出たいと思った原因の一つに、延々と愚痴ってしまえる暗さや寒さ以外にも重要な案件があった――そう、トイレだ。
森だからもちろん水洗トイレなんてあるわけがない。それをあろうことか完璧に忘れていた。というか考えもしなかった。その問題に直面したとき流した冷や汗はいまでも忘れられない。
我慢するか?できるか……?
真剣に考えた。でも我慢なんて一ヶ月単位、できるはずもない。ならどうするか? ……木陰に隠れてそっとするしかなかった。
あれは私にとって恥かしいことこのうえなかった。排便や排尿は生理的なもので生きていくことに必要なんだってことは分かるけど、 一緒に旅をする人たちの二人ともが男の人なんだから気にしてしまう。「トイレ行ってくる!」だなんて大声で言えるはずもない。それに重ねて言うけどトイレなんてない。
一日目、私は本当に頑張ったと思う。歩いている最中どうしようどうしようどうしよう、ってただそれだけ考えて前へと進んでた。冗談抜きで。
そんな折、いまみたいな休憩時間に気付いたらいない二人を見続けることで私はようやくこの時間にさっさと用を済ませるのだと知った。そして私は次の休憩でようやく実行する。本当に、恥かしかった。二人は気にしてないようだけどメンタルが凄く削られた……。それでも解放されたあのキモチは分かる人には分かると思う。
でもすっきりした私の頭にぞっとする可能性がよぎった。これが……これがもし、あんまり考えたく無いけどお腹をくだすようなことが起こったら……!いや、そんなことになったらまず腹痛で動けないか。
腹痛で身動きできずにいる自分を想像をしてみる。嫌だ。絶対に嫌だった。そして同時に女と生まれたからには必ずつきまとってくる月のものも問題にあがってくる。これも二人に言えやしない。ちょうどこの世界に来る前に生理が終わったのはラッキーだったかもしれない。この世界での生理の対処の仕方が本気で分からない。
物々交換も通るこの世界ではきっとナプキンなんて代物ないだろう。どんなものが代わりとして使われてるんだろう。
……そうなんだよな。私って戦う力は一応あるけど自分が怪我をしたとき使う薬とか、食べられるものとか、野宿する方法とか、火の番の仕方とか、方角の見方とかが分からない。
こういうこともしっかり学んどかないと一人になってしまったとき大変だ。リガーザニアに着いたらしばらく留まるって言ってたから、勉強しなきゃな……。
最近強く思うのがこの世界での生きる術が欲しい、だ。頼ってばかりは嫌だし、私も二人と同じように助けてあげられるようになりたい。
休憩時間の終わりを告げようとする焚き火越しに、いつのまにか帰ってきていたリオがダラクと話しているのを眺める。あんなふうに聞いてるだけじゃなくて判断材料を元にこうしたらいいんじゃないかって言えるようになりたい。
私は――ああ、変なの。
私、この短い間にすっかりこの世界に馴染んでる。いつのまにか旅の目的を作るだけじゃなくて、叶えられるだけの力を、この世界で生きるための力をつけようと考え始めてる。異世界って環境で漠然としていた私の行動が段々形を作ってきている。
『……明日からも俺と旅をしないか?』
思い出すのは改めてダラクと一緒に旅をすると決めたあの夜のこと。
この世界、オルヴェンでのこれからを考えるようになって、きっと来るだろう可能性に行き当たった。今は三人になって旅の仲間が増えたけれど、全員、離れ離れになることはありうるんだ。それが同意かそうでないのか分からないけど、私がこの世界で一人になることはきっとくるんだろう。そのときのためにも力が、知識が欲しくて。
だからいまの現状がひどくもどかしい。
「そろそろ行くか」
「うん」
計測し終えたのか地図をたたみながらダラクが言った。焚き木を消してまた歩き出す。鈍くて動かしづらい身体をなんとか動かして寒さに震えながら一歩一歩、ただ二人に追いつくために歩いて行く。歩け。いまはただ歩け。いまできることは今日の野営地点が見つかるまでひたすら歩き続けることだ。
「……?」
数時間は経っただろうか。
少し先を歩いていたダラクが止まったみたいだった。そこで不自然なことに気がつく。遠く離れているのにも関わらず、ダラクがよく見えるのだ。もっというなら色彩がよく分かって、反射的に目を細める。眩しいと思ったのだ。この森の中で眩しいって。
これは、もしかすると……。
期待を込めて足早に進むと、ダラクとリオが「お疲れ」と労ってくれる。やっぱり、そうだ。
「今日はここで野営だよ」
「穴だ!久しぶりだねっ」
「しかも満点の星空ときた」
「すっごい綺麗」
この広大な鬱蒼とした森に稀にある穴。言葉通り、空から見たら穴が空いたように森がなくなっている場所があるのだ。そこは天井を覆う木々や葉がなく、外の世界、空を映し出す。風を、光を、色を思い出せる場所だ。
約二ヶ月の間、この穴に出会えたのは今日を含めて三回だけだ。夜だから暗いけれど、森の中の暗さとはまるで違う。星や月の明かりが散りばめられた丸い空は贅沢なシャンデリアだった。今までの鬱蒼とした気持ちが嘘のように心が晴れやかになる。
そんな私を笑いながら見る二人のうち、ダラクが予想を遥かに超えたこと口にした。
「そんなユキに朗報だ。……あそこに温泉が沸いてるんだ」
それは、この世に無言の叫びがあるんだと知った瞬間だった。
「うんっ、いいから、いいから先に行っておいで……っ、き、気にし なくていいからっ」
「ああ、行け。遠慮すんな……くっ」
「ありがと行ってきます!!」
言葉なく喜びを顔と全身で表現していたらしい。堪えきれない笑いを隠そうともしない二人に見送られながら、温泉があるといわれた方角に走る。後ろから応援するような素敵な言葉が聞こえた。
「結界も張っとくから気兼ねしないで大丈夫だよ」
「ありがとーっ!!リオ最高!大好き!!」
「……だって」
「……やっすい大好きだな」
「五月蝿いね。言われたこともないくせに」
背後でまた言い争いを始めた二人の声が聞こえる。だけどそれも言われた方角にあった大きな岩を越えた瞬間、聞こえなくなる。
「うっわあ……!」
少し離れた場所に月面のクレーターみたいに窪んだ地面と、その真ん中に私より大きな岩が3つほど固まっていた。その岩の下からお湯が沸いているみたいだ。漂う白い湯気がここら辺りの気温だけじゃなくて私の気持ちも高ぶらせる。近くで見てみれば思っていたよりも深い。立った状態で太ももの中間辺りぐらいまでありそうだ。お湯の色は澄んでいて綺麗。汚い私が本当にこの温泉に入ってもいいのか悩んでしまうぐらいだ。入るけど。
「まさかの露天風呂……最高過ぎる」
久しぶりに見る空の下で天然の露天風呂、しかも満点の星空……なんて贅沢だろう。汗が出てくるほどの気温は嬉しい誤算だ。結界も張ってくれてるって言っていたし、ダラク達は風呂を覗くなんてこと絶対にしない人たちだし、岩壁もあるし、気にすることはもう何もない!
鬱陶しい服を脱ぎ捨てる。大自然で裸になることに躊躇いがなかった訳じゃない。でもなんだろう、結構大丈夫だ。むしろ開放感があって癖になりそう……気をつけよう。
ふうっと息を吐いて落ち着いてから恐る恐る温泉に近づく。飛び込みたいけれどそれは自殺行為だ。寒さを感じさせないほどの温度だからこそこの空間を作れているんだし、冷え切った身体をいきなりつけると過剰に熱さを感じるし……ゆっくりゆっくり、身体をお湯に浸けていく。
「あーーーー最高……」
そして至福の時間。
毎日歩き通しで、しかも虫や獣もいる土の上で野宿だから身体はすぐに汚れる。それなのに今までタオルに水を含ませてそれで身体を拭うしかできなかった。それはしょうがないことだと分かっているからいいんだけど、やっぱりこうやってお湯に浸かって身体を流すことが出来るのは凄い幸せだ。
これからこういうところはリガーザニアに着くまでないだろうから、念入りに身体を洗っておこう。
硬くなった身体も揉み解して、空も見て、真っ赤になった手をぐっと伸ばして外気で冷まして――ああ、幸せ過ぎる。もうすっかりリラックスモードだ。ダラクとリオには悪いけどもう少し堪能させてもらおう。のぼせないよう丁度言い岩に腰掛けて半身浴。サウナにある椅子のようにほどよく温かい岩を背もたれに目を閉じた。
「……?」
違和感を覚えて手を見る。てっきり身体が温まっているからだと思っていたけど、指先だけ異様に熱を感じた。違う。指先じゃなくて指の付け根だ。ここだけがなぜかピンポイントに熱……指輪!
はっとして手を握り締めて飛び起きる。これ、多分いまシリアさんから連絡がきてるんだっ!ええっと、ダラクはなんて言ってたっけ?相手のことを思い浮かべて?……そうだ、あの言葉。
「”レィノア”」
拙い記憶だったけど、どうやら成功したみたいだ。居酒屋のような騒がしい音と懐かしい声がどこからともなく聞こえてきた。まるで目の前でその空間が広がっているみたいだ。あまりのリアルさにひゅっと息を呑む。これ映像とかないよね !?そういえば私丸裸なんだけど!
慌てて手で身体を隠したけど、心配は杞憂だったようだ。落ち着いた声が聞こえる。
「あら、意外と早かったわね。ユキよね?」
この声はシリアさんだ。自然と背筋が伸びる。
「はっ、はい。お久しぶりです!」
指輪を見ながらなぜかお辞儀してしまう。すると私の声を聞いていたらしいザートの明るい声が聞こえてきた。
「おおっ!ユキ元気~?あ、あとシリアに敬語使わなくても大丈 ……グェッ!」
「あんたが言うことじゃないでしょうが……あ、ユキ?ごめんなさいねコイツがうるさいわね。あとで言い聞かせておくから」
「え?あっと、お気になさらず続けてください」
「いやっ!そこは止めとこうよっ!?」
この二人は相変わらずのようだ。仲が良くて羨ましい。指輪の向こうで怒鳴り声とときたまなにかを叩くような音が聞こえてくる。数分は経った。私は私で丁度足のマッサージが終わったところだった。賑やかな痴話喧嘩はシリアさんの苛つきが感じられる声で締めくくられた。
「黙れ」
「……はい」
へタレぶりも健在だ。思わず笑ってしまう。
「笑うなよ。本当に本当にたいへ……まあ別になんでもないんだけどね」
「そうでしょう?ああ、ユキ本題に入らせてもらうわね。突然で悪いんだけど会えないかしら?」
「え、いますぐですか?」
「できれば一週間から二週間以内には会いたいわ」
思いがけない提案に心が躍る。だけどこればっかりは皆に聞いてみないと分からない。
「じゃあダラクたちに相談してみます」
「……ダラクたちって、ユキとあの男以外にも誰かいるのかしら」
「え、はい。もう一人男の人がいます」
「おお?!ユキ逆ハーレムじゃんっ……すみませんっ!すみませんでしたっ!!」
……さあ、またマッサージでもするかな。
ふざけた声がだんだん聞こえなくなっていくのをバックサウンドにマッサージを始める。今度は早く片がついた。シリアさんの明るい声が聞こえてくる。
「ごめんなさいね。あいつしばらく休むって」
「……そう、なんですか。はい、そうですね」
休むんじゃなくて強制的に休まされているような気がするけど、まあいっか。
「ユキはいまどこにかしら」
「いまはリガーザニアに向かってる最中で……森の中ですね」
「リガーザニア?またなんであんな場所を。そうね、ならシルヴァリアがいいわ。シルヴァリアで落ち合いましょう?リガーザ二アの近くにある街よ。駄目だったらまた連絡頂戴」
「シルヴァリアですね。分かりました、伝えておきます」
流石に長時間湯に浸かりすぎたせいか朦朧とし始めた頭で、必死に街の名前を覚える。そんな余裕のないときに、追い打ちのようにシリアさんが言葉を続けた。
「……ユキ。そこにあの男はいないのね?ダラクって名前の男」
雰囲気が変わった声色にドキリとする。シリアさんの警戒につられて辺りを見渡してみたけれど誰もいる気配はない。いや、いたらいたで困るんだけどね。
「いないです……ダラクには聞かれたくない話なんですか?」
戸惑いながら聞いてみるとシリアさんははっきりと言った。
「そうね。ユキ、もうザートに言われたかもしれないけど私からも言っておくわ。ダラクは危険よ」
瞬間、熱いはずの身体が一気に冷えた気がした。そしてその言葉で、カルティルの前でザートに言われた言葉が頭に蘇る。
『知らないだろうから一応言っとくな。ダラクは――危険だ。なんの理由で一緒に旅をしているかは知らないけど用心するように。ダラクの気配は闇の者に似すぎてる』
なんで皆同じことを言うんだろう。そしてなんで私はそれを否定できないんだろう。 シリアさんは反応のない私に気付いているのか気付いていないのか、淡々とした口調で話し出した。
「私とザートはね、何度か闇の者に遭ったことがあるの。対峙したこともあったわ。それで知ったんだけど闇の者には独特の気配があるのよ。……あの男はその気配に似すぎている。あの男が闇の者でないにしろ危険だわ。だからユキ「なんで?」
シリアさんが話しているのにも関わらず、口をはさんでしまう。思いがけず声が震えた。
「なんで危険なんですか」
シリアさんは小さく溜め息を吐いたあと、思い切ったように言う。
「ユキ。まだこれだけの理由なら私達はなにもここまで注意したりしない」
温泉からでる蒸気が視界を覆って、コクトからは声が聞こえなくなって――今の状態が夢のように思える。脳裏に浮かぶのはあのとき泣いたダラクの顔。綺麗な銀髪、血のような真っ赤な瞳。
「……八年前に私とザートは幼い姿をした闇の者を見たことがあった。八年が過ぎたっていうのに、いまもあの闇の者が目に焼きついて離れない。銀髪に赤眼の闇の者なんて話だけの存在だと思っていたわ……。まるで人間の子供ようで一瞬私の見間違いかとも思ってしまった。……でも視線が合ったときの恐怖は真実。逃げたいのに逃げられない私たちを見て闇の者は哂っていた。正直私たちはここで死ぬのかって思いもした。近づいてきたときの足音さえいまだに忘れられないわ。あれほど死んでしまうって感じた瞬間は後にも先にもあれきり。 ……だけど闇の者は私たちを殺さずに去った。その代わりに周囲を覆っていた岸壁を平地にしてくれちゃったわ。あれほど圧倒的で理不尽な力は初めてで――恐怖よ。悲鳴さえ上げれなかった。瞬きなんてしていなかったのに、一瞬の出来事に頭がついていかなかった……!」
シリアさんの顔は見えないしザートがどんな顔で話を聞いてるのかもわからない。分かるのはその闇の者に恐怖を感じたシリアさんの強い感情だけ。
『……ある出来事を境に、俺はあの姿になるようになった。不定期に、特に、自分を見失ったときに、あの姿になる』
ダラクの言葉をこんなときに思い出してしまう。ある出来事。……ねえ、ダラク。それは、
「ユキ」
意識を現実に戻すには充分な厳しい声だった。ごくりと息を飲む。
「ダラクはね、その闇の者の面影があるのよ。あれほどの恐怖で覚えた闇の者に似すぎている奴なんて初めて見た。闇の者が成長するのかなんて知らないけれど、この八年で成長したとするならダラクのような奴になっていても不思議じゃないとさえ思えるのよ。似すぎてるのよ……。もちろん、あの闇の者とダラクはまったくの無関係で私の思い違いの可能性だって否定できないわ。だけど何度だって言うわ。似すぎている。危険よ」
自分の感情を抑え込んで話す落ち着いた声はずしりとした重みを持っている。声の主は続く沈黙に「それだけよ。それじゃあまた」とだけ言葉を残して通信をきった。
あとに残ったのは静かな空間。
熱い温泉、綺麗な星空、ときおり吹き込む冷たい風――ポチャン、とどこかで水の音がした。
髪から落ちていく雫は何度も何度も水面に落ちては波紋を広げていく。私の気持ちを代弁するように穏やかにそして大きく広がって――違う。
違う。
ダラクは危険?そうかもしれない。だけど泣いてた。名前を呼ばれて泣いていた。あんなに寂しい人を私は知らない。
ダラクは……!
言葉にできない感情に混乱する自分を落ち着かせたくて、お湯に浸かっていた足をバチャバチャとばたつかせる。
不安がそうさせるんだろうか。
脳裏に浮かんだダラクはさっき見たばかりの砕けた表情をしていなかった。銀髪の髪からのぞく真っ赤な瞳。赤い赤い血の涙を流しながらニヤリと不気味に笑っていた。




