15.隠したいこと知りたいこと言えないこと知らないこと
静かな夜に月夜が光を差していた。穏やかじゃない風に木々がざわめいている。
「……よし、行くか」
意を決して部屋を出た。慣れない廊下を歩きながら通りがかった階段の下を覗く。明かりは点いていない。ほっとして、だけど慎重に歩く。
話のあと、リオの好意で家に泊まらせてもらうことになった。私とダラクは二階のそれぞれの端にある部屋に、リオは普段使っている一階の部屋を使うとのことだった。正直混乱していたからなにも考えずゆっくりできる場所が確保できたのは有難かった。
部屋を案内してもらってダラクと別れるとき、一瞬見えたダラクの顔が頭から離れない。唇を結んでなにかに耐えるかのような表情だった。本当はそんな顔を見たかったんじゃない。リオの話に間髪いれず「なに寝ぼけたこと言ってんの?なんてこと言って鼻で笑ってほしかった。
……ああ、でも私もまだダラクに言ってないことがあるんだ。
ダラクに知られたくないことがある。だからダラクの気持ちも分かるんだよ。絶対なんて、この世にはない。
渦巻くドロドロの感情を飲み込んで、震える拳を握り締めながら目の前のドアをノックする。
「ダラク、入っていい?」
声は震えなかった。……よかった。
廊下を照らしていた月明かりが消えていく。雲が重なったんだろうか。
「……どうぞ」
「ありがとう」
少しの沈黙のあと聞こえた声にほっとする。ドアを開けて見えたのはベッドに腰掛けているダラクの姿だった。部屋が暗いせいか、昼間の話のあとのせいか、どことなく距離を感じる。なにも言わず表情も変えず、ただ、じっとそこにいる。まるで私の動きを警戒しているように。
「こんな時間にごめんね。寝てたよね」
「起きていたから平気だ。……それよりどうした?」
そっけない態度に、部屋でずっと考えていた予感が脳裏を過ぎる。
――ねえ、もしかしてもう一緒に旅をしないのかな?
息苦しさに呼吸を止めていたことに気がついて、息を吸う。
そして溜め息のような重たい息を吐き出した。
――その原因が私の魔力量が国を滅ぼすぐらいで、それで、私とダラクが対峙するようなことがあるって思っているから?
不安が身体を支配していくのに気がついて頭を振る。ネガティブな考えを吹き飛ばすためにもほんの少しだけ歩を進めた。手を伸ばせばダラクに触れそうな距離だ。
――そんなときが来るとしたらさ、ダラクが私を邪魔だと思うか、私がダラクの邪魔をしたいって思うからじゃないかな?
昼間とは違った深い色をした碧眼が私の行動を観察するように見ている。それにも変に勘ぐってしまって駄目だなって思うけど、疑いが、不安が、胸を焼く。
――私がダラクと対峙しようなんて思うことは絶対ない。怖すぎる。遠い昔のような出来事だけど、ダラクに殺されるかもしれない恐怖は今朝味わったばかりだ。それでも可能性があるなら、ダラクを止めたいときぐらいしか思い浮かばない。
「ダラクに聞きたいことがあるの」
見極めないといけない。これからのことを考えなくちゃいけない。私のことも、ダラクのことも。
「ダラクは私と旅をしていてその間に……私とダラクが対峙するようなことがあるって、思ってる?」
見上げる碧眼がゆっくり、よく見ないと分からないぐらいだけど、少しだけ弧を描いた。それはまるでほっとしたような表情で、嫌な予感がしてしまう。表情は一瞬で戻った。
「そうだな。それは避けられないだろう」
冷たい声色に拳が震える。
「なんで」
「俺は闇属性でユキは光属性。理由は昼間の話で分かるだろ?リオ の言ったとおり危険だ」
「だからなんで私とダラクが対峙するの」
先が分かっているような言い方にひっかかりを覚える。相対する属性同士が戦うと周りの被害が凄いことは分かった。だけどなんで戦うことが前提としてあるの。
「俺はもうユキと旅はできない」
「だからっ……!」
「リオの話の余談をしよう」
突然の話に面食らって何も言えなくなる。余談?
膝に肘をつけて口元で手を組んだダラクは目を閉じる。
「――国が滅んだ直後訪れた数人の者は、女が消えたあとあの話どおりに国を立ち上げようと人を呼び土地を開発していこうとした。だが、そのときから頻繁に闇の者が現れるようになってなかなか思うように国づくりは出来なかったんだ。
しかも上に立つのに適当な人物もいなかかった。……当然そんな状態で思うように進まず、一時は国を立ち上げるのは止めようかと言う者も出てきたんだが、そんな頃に一人の人物がその土地を訪れることによって事情は一片した。そいつは国を空けていた滅んだ国の王の息子で、上に立つものとしてはうってつけだった。それからはそいつが中心となって国作りを始めていき、国は確かな形として作られていくことになった。男がまずしたのは国作りにもっとも邪魔な闇の者を排除する者の任命。選ばれた者は全て女に願いを託された者たちで、守人と言われた」
ダラクは言葉を捜しているのか黙り込んだ。私も私で与えられた情報を整理するのに精一杯だった。なんで闇の者は頻繁に現れるように?滅んだ国の王の息子?なんで国を離れていたんだろう。守人は対闇の者ってこと?役職名なんだ。でも、なんで選ばれた人は“女に願いを託された者”なんだろう。強かったとか、なんだろうか。
まだまだ頭はごちゃごちゃするけれど、聞き逃さないように耳を傾けながら先を待つ。そんな私を見て少しだけダラクが笑った。そんな顔もなんだか久しぶりに見たような気持ちになって嬉しくなる。
「……守人のもう一つの仕事は闇の者の鎮静だ。闇の者が人を襲わないように守人は神殿に闇の者を閉じ込めてそこの番をする。だから闇の者にとって守人は忌み嫌う者で、一番の敵だ」
ダラクが指を振る。小さな煙が出てきたかと思えばそれは掌ぐらいの大きさの真っ白な人型になって、かと思えば真っ黒な人型になる。 顔や身体の輪郭を造ったそれは彫刻みたいだ。
「銀色の髪に赤い瞳、それが最後に見たもの、見つかるな見つかるな、逃げろ逃げろ、ああ見つかった」
何の感情もなく呟く遊び歌のような言葉に合わせて、真っ黒な人型に色が足される。銀髪に真っ赤な色の瞳。 見覚えがある姿に、心臓が正直にどきりと音を鳴らした。
――ちゃぷん。
不意をついて部屋に響いた水音に、肩がビクリと縮み上がる。ダラクが水を飲んでいた。
なにを、私は……。
思い浮かんだ記憶を必死で追いやって、目の前のダラクを見ることに意識を集中させる。 皮袋を空間に消し去ったダラクは自嘲的な笑みを浮かべた。
「銀髪に赤い目を持つのは、人型の闇の者の中で最強種族の点綴的な特徴だ」
歪んだ碧眼が私を見上げる。
その姿にだぶるのは今朝見たばかりの ダラクの姿だ。
「……ある出来事を境に俺はあの姿になるようになった。不定期に、特に自分を見失ったときにあの姿になる」
ダラクは闇の者なんだろうか。そうじゃない気がするけど……なら、なんで。ある出来事ってなんだろうか。疑問は次から次に浮かんでくる。目を瞑るダラクはダラクでなにか思い出しているのか、眉間にシワを寄せながら耐えるように唇を結んでいて――終には諦めるように息を吐いた。
「人はあの姿を恐れて、俺を殺そうとする。闇の者もそうだ」
「……え?ちょっと待って。闇の者を恐れてるこの世界の人が闇の者の一番強い姿をしたダラクを見て戦おうとするのは理解できるよ。でもなんで、闇の者もダラクを殺そうとするの?」
人間を襲う闇の者が、人間の一人としてダラクを襲うというニュアンスじゃない。窺ってみれば、ダラクは私を幼子を見るように微笑んだ。
「禁忌を犯したからだ」
静かな声だった。それでいて重い声だった。
もうなにがなんだか分からない。私の魔力が異常で、ダラクは私と対峙するだろうって思ってて、そのとき相当な被害が出るともふんでる。だから旅を止めようって考えていて……。
それで?
闇の者と戦う守人がいて、守人は闇の者に忌み嫌われていてる。ダラクは一番強いとされる闇の者と全く同じ姿に不定期になってしまう人で、それで人からも闇の者からも狙われていて、それは、禁忌を犯したから。
これが全て絡んで納得の出来る流れになったとき、私はどういう状態にあるんだろう。
何も分かっていない今はある意味幸せなんだろうか。
「だからユキは俺と居ると、なにも魔法系統のことだけじゃなくて危険なんだ」
「じゃあ!なんで、なんでそれは分かってたはずなのに私と旅をしようなんて誘ってくれたの?」
疲れた顔をしたダラクの顔は初めてみるものだった。
そして、気がついた。きっと今までしてきた話は普段のダラクだったら絶対にしない話ばかりなのだろう。なにがそうさせるのか精神状態が不安定なダラクは、虚ろな目をしている。
「それは、人探しのためだ。言われたんだ。俺の願いを叶えてくれる奴を、そいつを探して、俺は」
そこまで言って、急にダラクの目に強い意志が宿る。
なにかを再確認したような瞳には私が映っていて、思わず唾を飲み込んだ。なにか粘つくような暗い意図がのった怖い視線だった。
「そいつまで案内してくれる奴があの場所に、ユキと会った場所に現れる。そう言われた」
思い出すのは白い雲が薄くひかれた綺麗な青空のなか笑ったダラク。
『何してんだ?んなとこで』
あの場所で出会った。明るい口調だった。ダラクはずっとあそこにいたんだ。あそこに現れるだろう誰かを待っていた。 誰がそんな助言をしたんだろう。考えてすぐに思い出したのは、私をこの世界に連れてきてくれた男のこと。冷たい目で笑う、意思の読めないあの男。
「……そう。だったら旅は続行だよ。そのほうがダラクのためにもいいじゃん。例え危険でも私はそう簡単にやられたりしないし、そうだね。なんらかの結果で私が死んじゃうようなことがあってもそれは私の責任だよ。私はダラクについていく」
「な、だから」
「ダラクはダラクの意見を出した。私もだよ。私の身を案じてなんてよして。私とする旅で付きまとう可能性に不安を覚えるのもしょうがないと思う。でもそれで願いは叶うの?」
驚く顔を冷静に見下ろす。きっとダラクが私を案じるのは本当だろう。だけどそれ以上になにか他にもあるはずだ。
なんでかな。私はそれを知らなきゃいけない気がする。そしてそれは、私とダラクが対峙するって予測するダラクの判断材料に関わるはずだ。
二の句が告げないダラクに少しだけ申し訳なさを感じるけれど、ごめん。ダラクが建前を使ったように、私も使わせてもらう。
「私は無一文で知識もない異世界から来た奴で、この世界を知りたいからダラクを利用してるよ。旅をするなかで危ないことも承知の上。認識が甘いってことをもうこの数日で痛感してるし覚悟も甘いけど、それはダラクの責任じゃない。そのせいで死んでもしょうがないって言われても寝覚めは悪いだろうから私も私で死なないようにする。そこは安心して。
それになによりダラクの願いには私が……まあ、正直なにも出来る自信ないけど、私の力が必要なんでしょ?だったらやっぱりそのときまで旅をしようよ。お互い利用して利用されて、上等じゃんか」
私が一人で世界を周れる力をつけるのが先か、ダラクが“その人”に会うのが先か、私とダラクが対峙するのが先か……分からないけれど、それまでは。
どれぐらいの時間が経ったんだろう。部屋に月明かりが差した。頼りない光は薄っすらとダラクの顔を照らす。自信を無くした子供のような目の前の人は、なにかを食いしばるような表情を見せたあと、立ち上がる。大きな人。でも見上げながら、 なんだか凄くこの人の頭を撫でたくなった。
大丈夫、大丈夫って教えてあげたかった。
「ユキ」
「なに?」
「……明日からも俺と旅をしないか?」
恐々いう大きな人に少しだけ呆れながら、その手をとる。
「成立、だね。よろしく相棒」
大丈夫。
私自身にも言い聞かせながら、けれど嬉しくて笑う。握った手とは違う手が伸びてきて頬を覆う。冷たい感触が広がるのを感じて、自分が泣いていたことを知った。
これは、どういう涙なんだろうね。
肌に感じた温かい吐息が唇に触れる。長い睫……。重なるだけの唇に私も目を閉じる。そしてそっと離れていく熱に、悲しい声が脳裏を過ぎった。
『また……』
よく分からないこの現象に胸がざわめくけど、もう駄目だ。
──ねえ、ダラク。私もまだダラクに言ってないことがあるんだ。ダラクに知られたくないことがある。 私、知らないことが沢山あるよ。何かがここから離れろって囁くけれど、私は知りたいことが沢山あって、我慢できないんだ。
知りたいことが、ある。




