14.ラミア建国話、不穏分子
なにがなんだか分からないまま三人無言で歩き続けて数分が経った。凄くきまずい。
気を紛らわせようと歩く道を眺めるけれど、迷路のように入り組んでいる道に頭がクラクラする始末。もう何度目か分からない角を曲がる。
――変化は突然現れた。
温度が変わったというのか、空気が変わったというのか……よく分からないけれど、なにか肌に纏わりつくものが変わった。そしてそれは正解らしく、リオが小さくなにかを呟いたかと思うと、少し離れた場所を歩くダラクを手招きする。
転移?でもどこにもそれらしい文様はない。昼に使った転移では文様が必要らしいのに……。
「え、わっ!」
ぼんやりしていた私の目に、恐ろしい光景が映る。
足が消えた。
いや、消えていく。
しかもよくよく見れば私だけじゃなくて、三人全員が消しゴムで消すかのように足元から消えていっている。 その場に立っている感覚はあるのに見えなくなっていくのだ。
消える。なくなるっ。消されてしまう……っ!
「いやっ」
「……大丈夫」
パニックに陥りそうだった私をあやす声が聞こえて、はっとする。
見ようとする前に引き寄せられて、私の身体が温もりに包まれた。変わった服の素材が頬にあたる。近くで聞こえる呼吸音。薬草のような臭い――リオだ。
どくん、どくんと規則正しく聞こえてくる心臓の音に冷静さを取り戻せたけれど、顔の横にあった私の手とリオの身体が消えていくのを見てしまって、息が止まりそうなほど怖くなってしまう。
察するにこれも転移魔法だ。
それは分かるのに、私の存在が消されてしまいそうで怖くてしょうがなかった。必死にリオにしがみつく。
『お別れだね』
一瞬、頭に誰かの声と映像がよぎった。それはひどく懐かしくて悲しい感じのもので、怖さもあいまってか涙が浮かびそうになる。
そしてよぎったのが突然だったようにそれはすぐに消えてしまう。
確か前にもこんなことがあった気がする。……なんだろうね、これは。なんだろうね、この切ない気持ちは。
なんだろうね。
元の世界では思いもしなくなった“ここにいたい”って気持ちをオルヴェンでは持てているのに、なにかが私に囁く。 ここにいるな、離れろって囁いてくる。 ああ、早く逃げなくちゃ。捕まっちゃう。そしたら私は……
あれ?なにから逃げなくちゃならないんだろう。
「ユキ?着いたよ」
優しい声にはっとする。
目の前に見えたマスタード色の瞳には驚いた私の顔が映っていた。のけぞって倒れそうになると、慌てたリオが支えてくれる。
あれ?ここ、どこだろう。
さっきまで路地だったはずなのに、いつのまにかどなたかの家の中にいた。ログハウス仕立ての簡素な部屋に居るのは私とダラクとリオだけ。疑問に首を傾げると、リオが「ああ」と呟いて言った。
「転移して俺の仮家に来たんだよ」
「転移。仮家」
呆然と反芻する。
やっぱりアレって転移だったんだね。というか仮家ってなんで?なんで転移を使って来たの?それよりダラクとの険悪な状態はなんで?
色々疑問はあるけれど、とりあえず、私は二度と転移したくない。 使えるのなら便利だしどんどんしていかないと!なんて思ってたけど、こんな怖い方法なら歩く。私はどんな道のりだって歩きとおしてみせる。
いまはしっかりと見える自分の手を握り締める。消えていく自分の身体があんなにも怖いものだとは思わなかった。脱力してリオにもたれる。
……ん?
「ぅ、あ」
はっとして顔を上げる。
リオは可愛い顔で素敵に微笑んでくれた。 私もうまく動かない頬を持ち上げて笑ってみる。
「し、失礼しました」
「別に」
どうやら今のいままでずっとリオに抱きついていたらしい。しかも思い返せば途中は全力で抱きついていた気がする。気のせいだよ ね?うん。
誤魔化すために空元気を振り絞って笑いながら離れる。気まずくて視線を逸らせば、無表情のダラクと目が合った。余計気まずくなって、また目を逸らす。
ああ、心臓に悪いことが多すぎる……。
ガタン、と椅子を動かす音が聞こえた。見れば椅子に腰掛けてくつろぐリオがいた。目が合うと笑ったリオは落ち着いた様子で、爆弾発言を落とす。
「改めてようこそ。俺の――魔導師の家へ」
……魔導師?
頭の隅でイメージ図が砕けていくのを感じながらリオを見下ろす。リオが軽く指を振ると、机に湯気が立ち上る紅茶が入ったティーカップが出てきた。一気にそれらしくなる。「座って」という言葉に呆然としながら、言われるがまま椅子に腰掛ける。ダラクも眉間にシワを寄せながらも腰掛けた。
「そしてまず言おう。ユキ、ダラクと旅をするのは止めな」
静かな言葉は部屋に沈黙を作った。男二人に女一人がいると狭く感じてしまう空間に、圧力が加わった瞬間だった。
「えっと、なんででしょうか」
なにか言おうとしたけど陳腐なものしか出てこない。
なんでそんなことを言うのかが分からなかった。ダラクが私を旅に参加させてくれた背景はともかく、ダラクがいなかったら私はどうなっていたか分からない。それに、異世界に来てたった二日といえど、途方もない気持ちを抱きながら過ごす時間は考えるだけで恐ろしい。
凄く助けられた。なのに、どうして。
気がつかれないように隣に座っているダラクを覗き見る。ダラクは相変わらず一言も喋らなくて、ずっとリオを睨みつけていた。
「こんな物語を知ってる?」
リオはそう言って言葉を捜すように一度黙る。そしてどこからか古びた本を取り出すと、また口を開いた。 それは遠い昔の物語。
――昔、美しい女がいた。
華奢な身体に白い肌、腰ほどもある美しい金の髪を持っているその女は、なによりも強い意志を感じさせる瞳で人々を魅了する。その姿は言葉に表すには難しくただ誰もが感嘆の息を吐くのだという。女を見た少年はこう言うのだ。女神だ、と。女は容姿のみならず魔力にも恵まれていた。それは天地をも揺るがす力で小さな身体には余りあるものであった。風を操り空を舞い、地と話し生命を蘇らせる。限りない魔力――だがそれを知る者はいない。女だけがその“力”が善にも悪にもなりうることを知っていた。ありすぎる力はときに災いを呼び起こす。それが起こらなかったのは女が意識し、害を避けていたことに他ならない。そのために、考えうる最悪の事態が起こることはなかったのだ。
しかし、その時は起こった。全てが始まったのは、その力の存在を周囲が知ったのは、女の両親の死からだった。知られぬように隠し続けてきた魔力は女の知らぬうちに身に溜まり膨れ上がっていて、だらかこそ女の精神が揺らぐ“きっかけ”に異常なまでに反応して――弾けた。愛するものを奪われた女は真実に怒り狂い――そしてきっと無意識に力を使ってしまった。
音が消えた。
光も消えた。
その場にいたものが最後に聞こえたのは、女の発した小さな声。最後に見えたのは、女の涙、壊れた世界。 一瞬にしてその“国”は消えた。一つの国をいとも簡単に消してしまったその力はそれに止まらず大地を震わせ、他の国にも影響を与えた。
……そしてそれからおよそ数時間後、幾人の者たちが示し合わせたように訳の分からぬまま、なにかに導かれるようにその国が存在したはずの場所に訪れた。その者たちがそこで見たものは、どこまでも続く骸と瓦礫の山の中心で、涙を流しながら空を見続ける女。この状態でも光り輝く金色の髪は鮮やかで、血にまみれたその女をより美しくさせる。その女のことは誰もが知っていた。多くの人々に囲まれて幸せそうに生きていたあの美しい、女だった。
「これは」
一人の男がたまらずそう呟く。いったいなにがどうなっているというのか。女はその声に一度ビクリと肩を揺らすと、ゆっくりと、壊れた玩具のように、ゆっくりと顔を声のしたほうに向けた。風がざわめく。すると辺りに充満していた腐臭が否応なく襲い掛かってきた。あまりにきつい匂いに顔を歪めていると、いつのまにか女は立ち上がっていて、感情の見えない顔で呟いた。
「もう、私には」
涙がまた零れたが、女はそれを拭うことなく、ただ手に持つ二つの骸を見ていた。
「私には……いなく、なってしまった。私の場所も、もう、ない」
そして女は誰も聞いたことがないような言葉を紡ぎ出した。そして 長い、長いその詠唱が終わったあと女は自分を見続ける者たちを見 て、いつかと同じように強い瞳で言った。
「この国は私が滅ぼしてしまった。その力はまだ私の中に宿って いる。 ……貴方達にお願いがある。どうかここをまた人が、命が、笑顔が溢れる国にしてほしい。私が殺してしまったものはもうなにをしても還らない。 お願い。どうか、この国を忘れないで。どうか忘れないで」
女の言葉は私を忘れないでとでも言っているようだった。存在を、その存在が在ったこの場所を。その想いの深さに、集った人々は言葉にこそできなかったが小さく頷く。 すると女は嬉しそうに一度笑って、光を放つ己の手を自身の胸に当てた。
「 」
女は呪を唱えた。誰もが聞いたことの無かった、見たことの無かった呪文。
大地のうねりが底から響いてきて、風が吹き荒れる。砂埃に覆われる視界がいま起きていること全てを覆いつくしていった。骸も、女の鮮やかな金髪も、この現状に似合わないほどに晴れ渡る空でさえも視界から消えていく。きっとそれでよかったのだろう。立ち尽くす彼らの目前を、全てを超越した存在が横切った。なにかよく分からないソレが、呆気にとられて立ち尽くす彼らの手の届くギリギリのところまで訪れて、その存在を地面に刻み込むようにして……去った。その存在が“なに”かだなんて知らない、知っているはずがない。しかし彼らはソレに恐怖した。足元に視線を移せば、そこから一歩でも前に出ていたなら死んでいたであろう。えぐられた地面が存在 していた。 一瞬の出来事だった。 その場に居合わせた者達は声もなくその光景を見入る。風が吹き止み開けた視界に映ったのは、骸も、瓦礫も、女さえも消え――荒野だけが広がる場所だった。 ふと、涙を流した美しい女を思い出す。あの涙はいったいなにを思って流されたのか。声無き叫びとなって、どこへと行くのか。
『どうか忘れないで』
彼らの頭に、女の声が響いた。その瞬間空から季節とそぐわない雪が降ってくる。雪は人の肌に触れると形を無くし、まるで涙のように伝っていく。 そして大地と交わり、かけ離れた存在同士をつなぎ合わせていく。
「っ……!」
誰かが言葉にならない声を上げる。 雪が大地に溶け込んだ瞬間、小さな芽が出てきたのだ。
何個も、何百も、何千も芽生えたその命は目にも止まらぬその速さで成長し、あるものは木へと、あるものは花へと育っていった。荒野は気がつけば緑溢れる豊かな土地へと変わった。
後に彼らはここに国を立ち上げる。 最初は小さな村のようなものだったが、時の速さと同じくして目覚しい発展を遂げ、百年後には人があふれ栄える強国へと成長した。
その国の名は――ラミア。
パタン、と閉じられた本に話しの余韻から目が覚めて息を吐く。
物語のような、だけど実際にあったお話らしい。昨日行ったばかりのラミアを思い出す。人々が賑わう豊かな場所だった。リオから語られたラミア建国の中に出てきた女の人はあの場所を見たらなにを思うんだろう。
嬉しい?
なんだろうね。……そう思えない。話しの流れからしたら女の人の願いは叶っているのに、悲しくて切なくてたまらなくなる。
変な気持ちになってしまったうえ、相変わらず静かすぎる空間が耐えられなくてとりあえず笑って話しかける。
「……ラミアってそうやって出来たんだね」
「らしいね」
「……?」
リオは肩をすくめて随分そっけない口調だ。まるで、信じていないかのよう。
「それにユキがなんの関係がある?」
怪訝に思う私を注意するかのような低いダラクの言葉にはっとして、そうだそうだと頷く。この話のどこが、私とダラクが一緒に旅するなっていう話と繋がるんだろう。聞く限り私に関連しそうなところはなかったはず。あるとすれば女の人がいなくなってから降った雪?まさか関係ないよね。
紅茶を飲んでいたリオがカップを置く。一度私を見た視線はダラクに移った。
「ユキの魔力は話のなかの女と匹敵するほどだろうね」
「っ」
「え」
それはつまり、国一つ滅ぼすほどのものってことなんだろうか。
実感がなくて、でも、魔法を使った瞬間の出来事を思い出してしまって背筋が寒くなる。文字と言葉が一つに組み合わさって魔法になった。初めて使った魔法。あの時震えた身体は、感動で、だっただろうか。
「国を消せるほどの力を、ユキが?」
「そうだね」
「え、いや。待って。なんで私が?それになんでそんなことが分かるんですか?」
「俺がその類が分かる魔導師だからだね。相手の魔力とか属性とかが分かるんだよね。ユキは俺と同じ光属性だね」
「光属性?」
次から次に分からない言葉が出てきてパニック状態だ。突然手を伸ばしてくるリオの動きをぼおっと眺める。うまく頭がまわらない。
「あ、れ」
私の手に重なったリオの手を凝視する。触れた瞬間、体温だけじゃないなにかの温もりを感じた。それはあっという間に全身に伝わっていく。驚いてリオを見れば笑っていた。どうやら当たっているらしい。これは魔力だ。なんて優しい温もりなんだろう。凄く心地いい。
「魔力を持っている者は大きく火・水・土・風・光・闇という属性 に分けられて、火は赤、水は青、土は茶色、風は緑、光は白、闇は黒っていうふうにも色分けがされてる。火と水・土と風・光と闇は 対極に位置していて力の反発が著しくでることはよく知られてるよね。あれと同じものだよ。
火とはすべてを灰にする力を持つが故にこの属性の者は攻撃魔法 に長けている。
水とは生命の恵が故にこの属性の者は治癒魔法に長けている。
土とはすべての基盤で守り支える役目を持つが故にこの属性の者は防御魔法に長けている。
風とは移ろい教えるものが故に補助魔法に長けている。
光とは先を照らす導であるが故にこの属性の者は守る力に長けている。
闇とは好奇心と恐怖であるが故にこの属性の者は破る力に長けている。
――これは魔法の属性に関して言われている言葉。だけど火は陽でもあるから殺す力ではなく生かす力に、水は洪水のように死を呼ぶ力に、土は地割れのように基盤を消す力に、風はその気まぐれさから息吹を止める力に、光はその力のために己を壊し破壊を招く力に、闇は暗夜人に安らぎを与えるように癒しの力になるから一概に一言で表すことはできない。……それでも属性は馬鹿にできない重要な点で、軽視することは愚かともいえる。
同じ属性同士は魔力の強弱がものをいって上下関係を感知する。まあ、俺とユキを比べたらユキのほうが魔力は強いけどコントロールの差でいまは同等かな?」
気を抜けば一瞬で忘れてしまいそうなリオの言葉を頭のなかで反芻する。きっとこれは大事なこと。でも気になることがありすぎてあまり集中できない。特に、これ。上下関係を感知するって、どういうことなんだろう。コイツには敵わないって思うのと一緒なんだろうか。
意味を租借していると、リオがなにか呟いた。それに伴って現れた真っ白な球体がフワフワとダラクに向かっていく。ダラクは無言で、避けようともしない。ならきっとあれは害あるものじゃないんだろうけど、なんなんだろう?
疑問はすぐに解ける。 真っ白な球体がダラクに当たったと同時に、真っ黒な球体へと姿を変えて、霧散した。消えた。
「光属性と対になっているのが闇属性。ユキは光属性でダラクは闇属性。……言っている意味が分かるよな?ダラク。性格の相反する者同士がなかなかそりが合わないように、魔法でも自分の属性と全く違うものと衝突してしまったら拒絶反応が少なからず出る。魔力に差があるならば力の強い方に押しやられ拒絶反応は出ることないが、似たような魔力を持つ者同士であればその反発は強い。
ユキは旅をするにつれて力をつけていくだろう。結果、ダラクと見合うような力をつけてしまったときにユキがダラクと居るようなことがあったなら……そのときはどちらかが必ず大怪我ではすまないことになる。俺が旅を反対する理由だ」
部屋の中は物音一つしない。それが数秒、そして十秒――私はいまだ頭の整理が出来ずにいた。
真っ白な球体はダラクの前で霧散して消えた。それはきっとリオの言葉を借りるならダラクの魔力に拒絶反応をして、結果負けたからなんだろう。言っていることは分かる。
でも、おかしいでしょう?
「なんで大怪我するようなことになるの?相反する魔法が衝突して拒絶反応がでるってことはなんとなく分かるよ。でもそれって要は魔法が衝突しなければいいってことじゃんか。 私とダラクが魔法をお互いに使うことなんてないから別に大丈夫でしょ?」
そうだよ。
リオの言い方じゃまるで私とダラクが魔法でも使って争うことが決まっているみたいじゃんか。
「ユキはそう考えるんだよね?」
リオは強い口調で私に言い聞かせるように聞く。
「えっ?……はい」
「お前のほうはどうだ?ダラク」
リオの言葉につられてダラクのほうを見る。
てっきり私はダラクが「俺だってそうだ」と言ってリオを責めるような顔でもしてくれてるんだって思っていた。だけど、ダラクは私が想像していたような顔じゃなかった。
眼に映ったのは冷や汗を流しながら目を見開いて固まっているダラクだった。その顔には明らかに迷いが見えていて怖くなる。
ダラクはそんなときが来ると思ってるの……?
部屋に流れる沈黙が、私たちに訪れるはずの未来を示唆しているようだった。




