10.笑っていて
ぼおっと混濁する意識のなか誰かの声が聞こえた。キツイ口調かと思えばくだけた笑い声が聞こえてなんだか楽しそうだ。一人は聞き慣れない男の声で、もう一人はダラクだ。
「男を捕まえて女は殺せ、って」
物騒な言葉に先ほどまであった和やかな空気が凍る。
なにを話しているんだろう。
目を開けると、ぼやける視界に見慣れないものばかりが映った。ベッド……。いつのまにか私は寝ていたらしい。
「闇の者か」
「っ!?」
「お前まんまと憑かれたな」
「俺はお前らを襲ったのか?」
「まあな」
「……この状態からしたら俺は負けたんだな」
「ああ、あっちで寝てるユキにな」
「え゛っ!?」
ダラクの言葉に男がこっちを向く気配を感じた。その反応はなんか悔しいなあ。起きて文句を言おうと思ったけど、あまりにも眠くて身体が動かない。あんなに歩いたのは久しぶりだったし、初めての実戦にはそれなりに緊張していたんだろうか。
「──やっぱりお前は憎たらしいっ!!」
「やっぱり、って、俺と会ったことあんの?」
「会ったこともねぇっ!しかも男と出会ったことなんかいちいち記憶しねえよっ!」
「だーっ!お前意味分かんねぇっ!」
「……ん゛。なんなの?五月蝿い」
とても寝ていられる状況じゃなくて、しょうがなく、眠りたいのを我慢して身体を起こす。そうだろうなと思ったけど、聞き慣れない声の主は私が対峙した奴みたいだ。なんでここにいるのかとか、さっきの話の内容にも色々疑問があったけど、ダラクがこの状況を許しているんだったら大丈夫だろう。
いま問題なのは五月蝿いってただそれだけだ。お願いだから眠らせ、う、わ!
「ひゃあ!」
「ユキかっわいー!っぅ゛ぐえ」
目が合った瞬間男が抱きついてきて思わず叫んでしまう。反射的に脇腹に拳を一発きめてから怯んだ男の手首を捻り上げた。男は呻きながら床に蹲る。そしてベッドの上から見下ろす私。
目、覚めた。
「ダラク!この人……それよりなんで助けてくれなかったの?!」
「まあ色々あって。それに助ける前にもうユキがコイツのしてたし」
「はあ?……あー、うん、もういいや。あとどうでもいいけどこの人元に戻ったんだ」
ダラクは驚いたように目を見開く。
「すげえじゃん。操られてること分かったんだ」
「だって目が異常だったし」
「……あー、こいつザートって言うらしいんだけど、闇の者に操られてたんだよ。だからユキと戦ってたのは闇の者ってことだな」
え。
驚いて声が出なくなる。なんとなく男、もといザートを見ればニコニコ笑いながら手を振ってきた。なんか狐みたいな笑い方の人だな。
操られてた。
確かにそうだろう。面影が微塵も見当たらない。
「じゃあ私、闇の者と戦えたんだ……あれ、強い奴?」
ドキドキしながら聞いてみると、ダラクは呆れたような顔をする。「ザートの反応が普通なのに」とか呟いてるけど、どうでもいいから教えてほしい。
「ユキが戦ったのは人を媒介にするタイプでクランっていうやつ……聞けばザートの意識が少しはあったらしいから中級だな」
「クラン」
「ああ、闇の者にも種類がたくさんあるって言っただろ?種類ごとに名前があるんだよ。人を媒介にするのがクランって言うんだ」
「そうなんだ……。じゃあ他にもいっぱいあるんだね?呼び名」
「ん、まあその度に教えるよ」
「ありがと」
アレが他にもいることに口元が緩む。脳裏に思い出すのは対峙した瞬間──やっぱり最高にワクワクする。胸が高ぶって緩む唇は震える始末だ。
また戦いたい。あの緊迫した雰囲気をもう一度味わいたい……っ。
これじゃあ子供扱いされてもしょうがないのかもしれない。頭を撫でてくるダラクを見上げれば、やっぱり呆れたように、だけどどうしようもないなあって感じに笑っていた。少し首を傾げてしまう。
なんだか、凄くダラクの雰囲気が柔らかい。
「……あの、俺を忘れてませんか?」
「お前まだいたのか」
手を上げて控えめに発言したザートにダラクは容赦ない一言を言う。
なんだかこの二人仲いいな。
微笑ましい気持ちで見ていたらザートが私を見てにかっと笑う。
「俺はザートって言うんだ。よろしく」
「あ、そうだった。私はユキ、よろしくね」
そういえばちゃんと名乗ってなかった。
フレンドリーに伸ばされた手と握手しながらザートを見上げると、人懐っこい表情が見えた。恐らく年上なんだろうけれど言動のせいでかなり若く見える。顔だけを見ていたら武器を持って戦うような人にはまったく見えない。なのに操られていたとはいえザートの手元や体型、装備しているものを見る限り武器を使うことは普段から慣れた人だと思われる。ザートはダラクのように旅をする人みたいだ。
「長すぎ」
「え」
「わ」
確かに長い握手だったとはいえ、ダラクがえんがちょみたいに大袈裟に握手してる手をきってきたもんだから驚く。
ダラクは私の手を握って引っ張るとザートに背を向けて手を振った。
「ということで俺ら急いでる身なんでもう行くわ」
「えっ!?ちょ、っと待ってよダラク!荷物とか!」
「大丈夫。諸々持ってるしあの小屋はあのままで問題なし」
「あ、そうなんだ。じゃなくてザートのこと」
「そうだそうだ!ほら、ダラク達この先にある街に行くんだろう?俺もそこが目的なんだ。一緒に行こうぜ?」
「嫌だね」
足早に小屋を出る忙しないダラクを追ってきたザートは、なにが面白いのかニヤニヤ笑っている。ダラクはあからさまに不機嫌だ。
ザートはニヤニヤ顔のまま私の顔を覗き込んできた。
「いいよな、ユキ?」
「うん。同じなんだったら別にいいと思う、けど」
「……」
肩を落とすダラク、口元を隠しながらも笑みを隠し切れないザート。
本当に仲が良さそうだ。
「ダラク行くよ?」
楽しそうに歩を進めるザートのあとを追う変な形になったけど、どうやらザートは次に寄る町の道を知っているらしいからついていくことにする。ダラクの手を握りなおして引っ張った。
ザートの思惑通りに動くのは不機嫌そうだったものの、歩き続けているうちにダラクはいつのまにかご機嫌になっていた。そしてザートがなにか耳打ちしたあとダラクは酷く狼狽したあと、動揺残る顔でザートを睨む──私はコロコロ変わる表情に目が離せない。初めて年相応に見える言動をするダラクに大人びた顔をよくみせる普段の表情と、気を失う前に見た異常な姿がダブル。銀色の髪に見え隠れしていた赤い瞳、頬を伝っていた涙、私の血がついた赤い唇──あのあとの記憶がない。気を失って倒れたんだろうけど、あのあと何があったんだろう。あのあと……そっと唇をおさえる。
顔が熱い。
冷静になって考えてみれば、あのときの自分が信じられない。私はちょっとおかしくなってきているのかもしれない。
あの夢だ。
夢であの男にキスされたとき、私が安らぎを感じたように、ダラクも安らぎを感じればと思ったんだ。
なにを馬鹿なことを。
「なあなあユキ、ダラクがさー」
「ザートてめえお前もう喋るんじゃねえっ!」
「……え。え?なになに?」
「ユキも聞くな!あとザートはユキに触んじゃねえよっ!」
おちゃらけて肩をくんでくるザートにも驚いたけど、顔を赤くしているダラクに興味が傾く。この短時間でよくもここまでダラクの表情を崩したなとザートを尊敬する。
とにかく、まあ、いいか。
いまダラクはもう泣きそうじゃない。だったらもういいや。
私もザートと同じようにニヤリと笑ってダラクを見上げる。ダラクの黄土色の髪が眩しい太陽に照らされて金色に光っている。赤いハチマキが青い空を泳いでいる。
うっと怯んだダラクに楽しくなって悪のりしすぎ、ザートと一緒にダラクに釘を刺されるのはもう少し経ってから。




