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2-1

年末年始がやってきます。少しばかり書くことが遅れてしまうかもしれませんが、ご了承ください。

二時間ばかしで書いたものなので、少し、荒いかもしれません。誤字脱字は確認したつもりでしたが、見かけた方は連絡ください。

 部屋の中心に私はいる。

 背中に重圧を感じる。

 眼を開けずにそれを判断する。意識というものが途絶された後、自分の置かれた状況を確認するというのは、とても難しく、時には間違った判断をする。これっぽっちも、その場面、場面での状況に合わない選択をしてしまうと、ひどいことが起こったり、悲しんだりしなければならなくなる。まるでそれは、その感情によって判断を誤ったこと自体を忘れさせようとしているみたいに。けれど、近似的にもっとも正解に近い選択をしたからといって、その途絶された区間の自分が、ひどくまるで他人のように見えて、どっちにしろ、最終的には嫌な気持ちになった。

 そして、私は部屋の中心にいる。

 背中に重圧を感じる。

 手足は動きを持ち、血流の脈々としたリズムを感じる。ジャズミュージシャンが抱いているコントラバスがくるくると、その軸を中心に回転しているパフォーマンスを思い浮かべる。アルコールの匂いがしないか鼻を動かす。大抵はしない。する場合はひどく嫌悪をする。時には頭を抱え、時には怒ったように毛布を体からどけながら体を起こす。周りを見る。いつもと同じ風景であることが多い。意識の途絶に気付く、空白部分を考える。想像ではない。考える。そして、今の状況を判断する。

 その周期とも呼べるルーチンワークが、繰り返し起こる時が私にはあった。それは突然起こることで、予期しないことだった。起こる場所も、場面も特定されたものではないし、私が言う周期は行動に対してであり、時間に対しても、私の存在に対しても、周期性は見つけることが出来なかった。

 結末はいつも決まっており、自分の部屋の中心で、私は仰向けに寝転がり、天井を見つめてから、のっそりと起き上る。

 いつから始まったか、正確には私が答えることは出来なかった。小さい頃の記憶を手繰り寄せたならば、ある程度の不確定さに包まれた形をしてその記憶を手にすることは出来た。しかし、それも断片であり、結果として、私が手にしていた、真実のような顔をしてそこに居座ったそれは、近似値としての記憶でしかなかった。私が真にその記憶を信用し、行動をそれに準ずることを選択するには、自由度が高すぎることだった。しかし、私から見ても細すぎるその指と手に支えられた記憶を、どこか遠くの方へ放ってやることは出来なかった。それは、記憶が重すぎたせいなのか、それとも、私がそれをしようとしなかったのか、どちらかは分からなかった。

 最も古い、その意識の途絶が起こった記憶は、正確な時は分からないが、正確な場所とそこで聞こえていた正確な音とで、私に残っている。

 私が目覚めた場所は部屋だった。いつも部屋だ。何らかの部屋。その記憶の部屋は小さい頃から、つい数年前までずっと、過ごした部屋だった。時間によってその部屋の在り方はまちまちといった具合に変化したが、変化しなかった唯一の点は、両親に与えられた、子供にはいささか高価すぎるオーディオセットと、多くのレコード、カセット、そして新進気鋭のコンパクトディスクだった。当時はまだコンパクトディスクというのは珍しくは無いにしろ、主流に移り変わり続けている時期だった。私は毎日それらから一枚だけを選び、それを眠るまで聴いた。食事をするときや家にいないとき以外、それが鳴り止んだことは無かった。音量の大小は気にならなかった。何をするにも、そこから少しばかりの振動が私の体、とくに、耳に与えられることが必要だった。それは私とオーディオの関係であり、どちらも欠けることが可能ではないことだった。それは絶対的に。

 その部屋の中心で、私は目覚める。それがいつもの始まり。

 意識の途絶からの回復。

 私は手と足に力を込める。動かすことはぜずにぴくりと、誰かに触れたことに反応する犬みたいに、ぴくりとだけ身体を反応させる。私はそこにいる。眼に手の平を顔を覆うように当てて、手を動かさず少しだけ手とこすり合わせるように首だけを静かに振る。短い髪の毛がそれでもさらさらと音をたてる。胸のあたりまで掛けられていた毛布が腹の方にくしゃくしゃになりながらずり落ちる。その感触が身体に伝わりながら身体を起こした。

 私はオーディオに半身をやるような形で座りながら見る。大仰なオーディオ。華美な装飾なんてなく、大仰でその無骨な感じが好きだった。でも、それが、ちっとも動いていないことに気付く。プツプツという独特なノイズや、カセットの稼働音も聞こえなかった。コンパクトディスクが回る音も聞こえない。その当時の私は確かアルゲリッチが弾く、ショパンのピアノ協奏曲を狂ったように聴いていたはずだ。与えられたばかりのそれは、アルゲリッチの演奏と相まってか、私を虜にした。私のオーディオからはアルゲリッチのピアノとオーケストラの演奏が流れているはずだった。

 私にとって静かであるということは、オーディオが振動していることと同義だった。逆に何も振動がない、音楽が流れていない部屋は気持ちが悪く、耳にいつまでも、砂嵐のような、サーという音が離れなかった。それが私はひどく嫌いだった。泣くものかと思って、抑えられない涙があって、それがこぼれる時があった。吐き気や腹痛がする時もあった。空気すら私が求めていない物に思えた。私は、私が求めていない物に包まれているような気がした。だから、私は小さい頃よく涙を流した。吐き気や腹痛のためだけではなく、涙は流れた。

大人になるにつれてそれらは普通のことなのだと感じるようになった。それは成長であり、時間の経過ではなかった。大人に近付くことであり、子供からの脱却とは違った。

 しかし、目覚めた私はそれを感じなかった。当時苦しんでいた吐き気や抑えることの出来ない涙や、砂嵐のような、サーという音も。何一つ感じなかった。あるのは、無音であり、無音を通り過ぎた、日常の音だった。

 窓の向こうから鐘の音が聞こえる。電子的で、遮蔽物に干渉され歪みを帯びた音だった。私は鈍い身体を動かし、窓際に置かれたベッドに膝をつき、窓を開く。

 鐘の音。チャイムの音。

 それだけしか私には届かなかった。記憶の中には確実にその音が、正確に、残っていた。けれど、それだけではなかった。それに気付いたのもしばらくたってからだった。私は音に気付き、そこに意識を持って言った。耳が集音し、私は音を感じる。

 人が笑う声。

 はしゃぐ声。

 車の通る音。

 バイクのエンジン音。アイドリングが少し高いだなんて、その当時は思わなかった。風が切られる音を感じるのがやっとだった。

 鐘の音の背後にあるのはそれらの音だった。

 ただの、ただの日常の音だった。

 私はオーディオの切られたその部屋で窓を開けた。窓から入る暖かい風にも気付くために時間がかかった。そして、しばらく、私は右手で窓の枠に触れて、体操座りのように座りこみ、耳をひそめた。

 気付くと、ベッドに寝転んでいる。それは意識の途絶ではなく、ただの睡眠だった。目覚めた私は、時には食事をして、時には熱いシャワーを浴びて、再びオーディオの電源を入れることにする。

 それが私が手繰り寄せることの出来る最も古い意識の途絶であり、空白は当時から空白のままだった。


「結局のところ。」話を静かに聴いていた神楽洋子は口を開く。そこで話を止めて、コーヒーカップを手にとって口に運ぶ。久しぶりに口を開いたせいで、上手く話せないのかも知れない。そんなに私は話をしたのだろうか。目線は私を見つめたままで、その眼は優しかった。私は小指から順にテーブルを叩く。それを何度か繰り返しながら、彼女を待った。「その鐘の音というのは、何だったの? 教会でも近くにあったのかしら?」

 違うよ、と私は首を横に振る。

「確かにね、教会は近くにたくさんあった。いろんな宗派の教会が点在していた。カトリック、プロテスタント、正教会。もちろん、仏教のそれもたくさんあったよ。」

「一種のテーマパークね。」彼女は可笑しそうに笑う。私はおどけた表情をする。

「城下町だったんだよ。それに古くから市政の場所だったから、そういうものが集まったんだと思う。」

「そんなにたくさんあったのに、教会で無いと言えるの?」

 私は頷く。

「鐘なんて鳴らす習慣が無かったんだ。どこの教会も。鳴るのはチャイムとして利用している学校ぐらい。それもスピーカーから流されるものだよ。」

 ふうん、という表情を神楽はする。

「その鐘はすぐ隣と言ってもいいぐらい近くにあった、女子校のチャイムの音だったんだ。」

「ロマンティックじゃないのね。」

 残念そうに彼女が笑う。私はコーヒーにスプーンを入れて、そのスプーンを取り出し軽く舐める。金属の味とコーヒーの味がする。

「中高一貫の学校で、あんまり大きくないけど、大きな通りを挟んで向かいあって学校が立っていたんだ。その間に何軒か家があって、その一つに私の家があったんだ。」

「その女子校にあなたも通っていたの?」

「ううん。私はそこには通わなかった。」

 どうして、という表情を彼女は見せたけれど、神楽は理由を訊かなかった。その変わりもう一度コーヒーに口をつけてから、どうぞ、という表情で私に笑った。理由が分かっていたから訊ねなかったのかも知れない。それに私はどうであろうと、答えは一つに決まっていた。

「だから、鐘の音も、はしゃぐ声も、その学校のチャイムの音だし、そこの生徒の声だったんだ。」

「でも、聴き入ってしまったの?」

「聴き入るのとは違うよ。もっと別のもの。もっと、自然なものだよ。」

「聴き入るということも自然なものよ。気付かないうちにそれに集中するのだから。」

 私は、反論はしなかった。

「起きると、いつもそうなのかしら?」

「うん、大抵はこんな感じだね。聴いていたはずの音楽は流れていないし、気分は悪いというよりも良かった。すごく静かで、バックグラウンドミュージックみたいに、ふっと、周囲の物音に気付いて、それを聴いているのがとても恋しくなるんだ。」

 恋しくなるという言葉を使って、はっと恥ずかしくなったが、神楽は穏やかな顔をしていた。滅多に使わない言葉を使うと、気恥ずかしさに、私は自分の口を疑う。どこからそんな言葉が出たんだ、と。誤魔化すように、コーヒーを

飲む。まだ熱かった。時間経過は物によって異なる。


 神楽とは、図書館で出会ってから、何度か大学で出会い、何度か食事をした。校内で話をすることは少なかったが、行動に共通点があったのか、それから余った時間を少しばかり埋めるように彼女に会った。さまざまなことをした。彼女は黒いスカイラインに乗っていた。セダンでスポーツタイプだった。エンジンが暴れそうな音をしていたけれど、彼女は上手に乗り、とても懐いているみたいに、静かに走らせた。そのスカイラインに乗り、時折、二人で出掛けた。

 彼女は結婚しており、夫がいた。職もあった。簡単なコラムを雑誌に三つばかし載していた。毎月発売されるタイプな雑誌だった。若い女性雑誌に、科学雑誌、そして、音楽雑誌に一つずつ。それぞれまったく異なる種類の雑誌のコラムを彼女は書いていた。大学に復学した理由は分からなかった。そんなことを考えることもあまり無かった。

 子供が二人いるといった。男の子と女の子。男の子は十四、五歳ぐらいだと言った。女の子は男の子の一つ下らしい。

 私は、私と遊んでいる時間なんてあるのか、と訊ねたことがあった。心配になったというよりも、私に時間を取られている子供たちは何て思うのかと不思議に思ったからだ。その時彼女は笑って答えた。

「大学なんて時間がありあまっているし、子供たちはしっかりしているから、私が家庭ですることなんてないのよ。時折、母親としての自分を利用しなくてはいけないこともあるけれど。おかしな話だけど、彼らは、私と夫よりも母親だし、父親なの。」

 彼女の子供たちや夫には、まだ会ったことがなかった。

 それが原因なのか分からないが、私にはその存在が、彼女の夫や、彼女が産んだ子友達が、実在するのかどうかが信じられなかった。信じられなかったというよりも現実的でなかった。彼女を見れば母親だとは思えないし、結婚しているとも思えなかった。若く綺麗であり、自由奔放な格好をしていた。彼女ならば素敵なドレスでシャワーを浴びても、様になった。だからと言って、作り話だと疑うこともなかった。


「心地良かったのね?」

 私は頷く。二杯目のコーヒーに神楽は口をつける。

「いつもと、その時、それはどっちが心地良かったの?」

「比べられない。」

 私は答えた。そうだ、実際対比することは出来なかった。

「ブツブツと切れているんだ。空白の部分がある。意識がどこかにいっちゃう前から気付くまでのその間。それは埋めることが出来なかったんだ。埋めようともしなかったのかも知れないけれど、でも、何で埋められるのか分からなかったんだ。地面に穴を掘れば、掻きだした土がその場に溜まって、それをもう一度戻してやればいいんだけれど、その私が掻き出した土は誰かが持って行ってしまったから、どんな土を入れればいいのか分からなかったんだ。」

「別の土では、駄目なのね。」

「別の土では駄目だよ。そこには違う系があるから。」

「それは。」

神楽は一息入れ、分かるわ、といった。

「系が違うからそこには入れないんだ。絶対に。絶対に、侵入出来ない。何故って、そこと別のところではそもそも空間だとか、次元だとか、そういうものが違うんだよ。だから、いつだって空白があるんだ。まるで、寝ている間に見る夢だとか、記憶だとかみたいに、不連続な、そういうものが。その空白は連続的じゃないし、その空白があることで私も連続的ではなくなってしまうんだ。続いているんじゃなくて、事物の一つ一つに区切るような堀があって、そこで分けている。君はあっち、あなたはあっち。そうやってね。」

 


いまだに改行がうまくいかないせいか、どうしても綺麗でない場所があると思います。読みにくかったらお教えください。改行にも意味を持たせているので、そこがぐちゃぐちゃになってしまうと、私としても困ったものなので、間違いがありしだい、訂正は行う予定です。

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