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それが病気だとして、そういうカテゴリー分けが私にとって、どんな意味があるのだろうか。何かを分けるということは、利便性で物事を相互に結びつけようという、私たちの意志だ。類推する。共通点を見つけ、比べる。囲み、主観を植え付ける。ゲージを作り、そこにいるように命令する。カテゴリーに分ける。何かを分類する。差別的に物事を仕分けるということとそれらには違いはない。違いがあるという人は、違いについて考えたことが無い。彼らには、ウィスキーもビールにも違いが無い。あるのはアルコールだというカテゴリーだけ。その違いについて、考えようとはしない。知識はあろうとも、考えようとはしない。けれどそれは、私が作り上げた例。だから、反例なんて幾らでも見つかり、そして、私は時間がある限り、その例を作り続けることが出来る。
病気。その分類。詳しくは分からない。私はそれを専門的に学んだ人間ではなかったし、まがいなりにも学ぼうと思ったことは無かった。私の眼の前にはいつも数式と、そして、数多くの物理学者たちが踊っていた。根源を学んでいるようで、でも、人間という本質を失った学問だった。好奇心が先行しなければ、ついていけなかった。そんな世界に必死で食らいつこうと思ったけれど、私にはその力が足りなかった。
絶望はいつも傍にあったし、それは私の好奇心を、飴をなめるように、なめとっていった。しつこくて、しつこくて、堪らないものだった。薄くなった好奇心は、それを補填するために、体の微粒な構成物をゆっくりと絞り出し、私自身を消耗した。まるで、脂肪が燃えるみたいに。その例えは不適切かもしれなかった。脂肪というのは分子的なものであるけれど、前者は量子よりも不確実で、けれど、法則性に満ち溢れていた。確率が周りを囲み、その法則性をゆがめて見せていたが、確実に、その存在を感じることが出来た。
それが私を取り巻く病気であり、私はそれを、病気にカテゴリーした。訳が分からないものだった。深遠なくらいじめじめしたものが、薄い皮から漏れ出していて、それに触れるだけでも鳥肌がたった。知らないものや理解出来ないものがひどくこわかった。初めてその台に置かれ、針に触れられるレコード盤のように、私が今立っている、序曲の流れ始めた舞台は、怖く、ひどく、ひどく私を怯えさせ、乱した。ただそれだけなのに、私は・・・。




