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剣士は音を奏でる  作者: 超山熊
第一章

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9/12

彼方の実力差

お久しぶりです!


「そういえば、若葉先輩は何をお探しになっていたのですか?」

「そうなのです!花たちに与えるはずだった肥料の試験管がどこかに行ってしまったのですよ!」


「どこにいったのですかー?」と僕が入室したときと同じ態勢で植物棚の下を覗き込む若葉先輩。

 せっかくだから僕も探すか……と考えたとき思い出す。

 先程、僕を治療するために白衣の下に隠れていた刀を取り出したとき若葉先輩の腰に見えたガラス瓶の存在を。


「若葉先輩、もしかしてズボンのポケットに入ってませんか?」

「――?そんなわけないのです。うちがそんな見落としするわけが……あったのです……」


 植物棚から出てきた若葉先輩が白衣の内側に手を突っ込むと中から緑の液体が入った試験管が出てきた。

 自分の見落としに愕然として動きを止める若葉先輩に僕は言った。


「見つかって良かったですね!でも肝心の花が……」


 すでに枯れて地に落ちた花を見る。

 これではどんなに特別な肥料を与えたとしても息を吹き返すことは無いだろう。

 少し悲しくなる気持ちの僕を横から覗き込むようにして若葉先輩が顔を出す。


「花なら大丈夫なのですよ?うちの千草なら、この程度問題ないのです!」


 若葉先輩は千草に手を添え、属性を行使する。

 花と土のような香りが混ざる暖かい空気が室内を満たし、それは一つのエネルギーとなって集まりだす。

 空気中で圧縮されたエネルギーは枯れたはずの花が並ぶ植木鉢へ向かい、命の尽きたはずの花に力を与えていく。


 時間にして数秒、たったそれだけの時間で花は息を吹き返すように起き上がり鮮やかな色を取り戻した。

 これが、柳若葉が特選部隊たり得る理由。


「ほら!元通りなのです!良かったのですよー。品種改良用の肥料が無駄にならなくて、これもかなり高かったのですよー」


 若葉先輩は手に持つ緑の特殊な肥料を青々と育つ花へかけていく。

 

 彼女の属性”土”と愛刀”千草”の相乗効果がもたらすのは『無限再生』。

 植物を生やし、その植物の生命力で癒す。植物研究の第一人者でもある彼女は特定環境下でも育つ植物にも詳しい。

 雨風吹き荒れる嵐の中でも、水分の少ない乾燥地帯でも、たとえ炎の中であろうとも、どんな環境でも彼女が一度刀を抜けばそこは緑溢れる大自然と化す。


 植物があれば治せぬ傷は無く、その植物すら自身の力で生やしてしまう。

 紅上之国最強の”土属性”剣士にして最高の医者が彼女なのだ。


「お手伝いありがとうなのです!これで訓練も出来るのですね!瑠璃ちゃんも待ってると思うので行ってあげるのです!」

「……はい。ありがとうございました」

 

 初めてみる人智を逸脱した力を前に若干呆然とする僕は先の予定のためエレベーターに乗り扉が閉まる寸前まで笑顔でパタパタと手を振る若葉先輩と別れ病院を後にする。

 

 病院から次に向かうのは正規軍基地内にある大型訓練施設。

 そこは士官学校のような簡易グラウンドではなく強力な力を持つ軍人たちが己の技を磨くために建てられている特別頑丈な施設。

 その場所に向かっている理由としては、僕の指導担当?である杜若瑠璃さんに治療が終わったらそこへ来いと呼ばれているからだった。


「――失礼します!」

 

 大勢の軍人が個人訓練や対人訓練など様々な訓練を同時にできるよう中々に広く隔絶された空間。

 本来であれば何人もの軍人が励むその場所は、今日に限って嵐の前に訪れるような静けさに包まれていた。


 白い壁と白い床、天井には眩しく感じるほど大量の光源があり広い室内を満遍なく照らす。

 

 その中央、まるでそこに今出現したかのように一切の気配をこちらに感じさせなかった女性はゆっくりと瞼を開く。

 濡れたようにも見える蒼のまつげはサファイアの瞳に影を落とし、その瞳は昏い感情でこちらを視る。

 ただ見られただけなのに身がすくむような悪寒を覚える彼女が僕の指導担当、杜若瑠璃さんだ。


 彼女の発する”気”はまるで広大な海がこちらを飲み込むようにして室内を満たしている。

 ――これがこの場所に誰もいない理由か。

 誰だって”確実に巻き込まれる”場所で訓練なんてしたくない。


 それほど攻撃的な意志が感じられる”気”の中で彼女は静かに呟いた。


「……遅い」

「すみません!ちょっと――」

「言い訳はいらない。若葉は治療に時間かからない。ここまで遅くなっているのは全てお前が悪い」


 まるでこちらの言葉を聞いてくれない。

 治療には時間がかからなかったがそれ以外のことで多少時間がかかってしまったことには目をつぶってほしいのだけれど。

 とにかく不機嫌になっている杜若さんは一息吐いて自信を落ち着かせると、自然な動作で刀を抜いた。

 

「もう少しも無駄な時間は取りたくない。あなたの実力を見る。刀を抜いて」

 

 若葉先輩のように属性行使をするような”練り”は見られない。

 それなのに刀を抜いた瞬間から背筋が凍るように冷たい殺気を突き付けられている。


 僕は言われるがまま刀を青眼に構える。


「1分、私は属性攻撃を”使わない”。その1分の時間で少しでも傷をつけられるのなら任務にも同行させる。無理なら荷物を纏めて帰りなさい」


 今、なんていったのか。こんなたった一回の試合で全てが決まる!?

 隊長との約束の期間は2か月では無かったのか!?

 そんな混乱の中、杜若さんは澄んだ泉のような色をした刀の切っ先を僕に向け歩き出してくる。

 心を整える間もなく始まった戦闘に僕は意識を集中させる。


 大丈夫だ。たった一回の試合?そんなもの、卒業試験だってそうだったじゃないか。

 あのときと違うのは、目の前に立つ相手が圧倒的実力者であること、そして相手が「属性攻撃をしない」と決まっていること。

 ここまでの経験を、ここまでの研鑽を、自分自身を信じろ。

 

 何より1分だけであれ属性を使わないなら、その時間に限って言えば条件は同じ。どちらかといえば僕の方が優勢なのでは?

 

 そんな考えは攻撃動作に移る瞬間に消え去り、僕の中で1つの疑問を浮かべる。


『どうやって攻撃すればいいんだ?』


 剣術であれば磨いてきた自信がある。

 しかし杜若さんが言っているのは、僕に属性で攻撃してこい。ということに他ならない。

 思い返してみれば僕の属性でやったことあるのは「相手の属性を消す」という一点のみ。


 自分の属性がどういう力を持っていて、なぜ相手の攻撃を消すことができるのかも分かっていないのに。


 相手が属性を使わない場合、僕はどうしたらいいのか。

 考えても答えが出なかった僕は最速の剣術”抜刀術”の構えに移行し、”剣技”での勝負に挑む。


 僕が属性を使わず刀同士での決着を望んでいるのを感じたのか。杜若さんの雰囲気が一層暗くなる。


「――嘗めるなよ。三下」


 刀を身体の横に力を抜いて構え静かに一歩また一歩と前へ進んでくる杜若さんはそう吐き捨て。

 言葉と同時に一瞬で距離を詰めてくる。


『縮地』


 そう呼ばれる歩法技術。

 相手の呼吸を読み完全な意識外から間合いを詰める技術。

 

 相手の呼吸をかなり難しい技なのだが、あまりに自然な動きでやられるとここまで驚く物か。

 もはや距離的に抜刀術では遅いと分かりながらも、すでに構えてしまっている状態ではそれ以外の選択肢はない。

 

 この時点で僕は気づいていた。

 特選部隊に所属している剣士たちは”属性攻撃”のエキスパートたちであると考えていた自分自身への間違いに。

 紅上之国における最強の剣士、その人たちが”剣士”として優れていないわけがないのだ。

 

「――っ!」

 

 僕が放った苦し紛れの抜刀はまるで杜若さんの刀を滑るようにして逸らされる。

 ”水”は使っていない。ただの剣技による受け流し、それだけのはずなのに刀同士が触れていないと錯覚するほど完璧にいなされる。

 返す刀で二撃目を狙うが再度いなされ何度刀を振ろうとも相手に当たる気配がしない。どころか徐々に姿勢が崩されてまともな攻撃もできない。


 自分の攻撃に繋げるためのフェイントをしても向こうは引っかからず逆に仕掛けられる。


 刀から注意を逸らすために蹴りを入れようとしても蹴りによる力を利用され体捌きにより体勢を崩される。


 距離ができたときも、身体を低くし抜刀術の構えへ移行する前に縮地にて距離を詰められる。

 

「……はぁ……はぁ」


 極度の緊張感、相手の殺気、圧倒的な実力差……そして1分後には攻撃が始まるということへの焦燥感。

 全てが呼吸を乱し、徐々に集中力を欠いていくのが自分で分かる。


 いつの間にか”刀を構える”という戦う姿勢すら解き、刀から手を離して膝をつく。

 荒い呼吸と『何をしても通じるはずがない』という自分自身への諦めが全身から力を抜かせる。


 まるで戦いになっていない。

 剣技だけではなく、縮地を含めた身体的技術は勿論のこと、試合における細かい駆け引きもこれまでの相手とは比べるまでもなく群を抜いている。


 このまま何も出来ずに負けるのか?

 このまま自分自身に才能は無いと諦めるのか?

 このまま目の前で悠々と立ち自分を見下す相手に屈服するのか?

 

 ――覆せ


 ――抗え


 ――立ち上がれ


 添える力を無くした手は、最後の希望を探すよう刀の納まる鞘へ伸びていく。

 昨日、僕を助けてくれた刀は静かに寄り添うように僕の心へ火を灯す。


「もう終わり?なら。あそこの出口から――」


 膝をつき刀を抜く姿勢すら見せず俯く僕に最後の言葉を告げようとする杜若さん。

 僕はその言葉聞かず、ただ己の心臓が奏でる鼓動に意識を集中させていた。


 ――ドクン


 ――ドクン


 ――ドクン


 全身から力が抜けているおかげか、ゆるやかに一定のリズムで心臓は脈打つ。

 

 今は何も聞かなくていい。

 杜若さんの声も、こちらに近づいてくる足音も、細かい衣擦れの音ですら全ては”雑音”にすぎない。


 深く集中しろ。

 目をつぶり、自分が生きていることを証明する音を聴く。

 

 脈打つ心臓の”音”に自分の出来る”最速”を乗せろ。

 

 さあ――今、奏でよう。




 そこで僕の意識は途切れた。

 


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