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剣士は音を奏でる  作者: 超山熊


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試合の裏側で


 目が覚めたのは良く知る天井だった。

 これまで訓練の中で怪我をするたび通っていた士官学校の救護室。

 ほのかに薬品の匂いのする部屋にいくつか配置されたベッドの一つ、その上に僕は寝ていた。


「……僕は……」

「おはよう。怪我はどうだ?」


 ベッドの横に座っていたのは卒業試験で審判をしてくれていた教官だった。


「……まだ、身体は痛いですが……それよりも試合結果は!?」


 急に起き上がったことで体中に軋むような痛みが広がる。

 でもそんなことどうでも良かった。

 勝ったのか。負けたのか。それを真っ先に聞きたかった。


「あの試合は――」


 教官が語ったのは試合中に僕達の知らないところで起きていた話だった。



 

「――おい、どれだけ続くんだよ。この試合……」


 誰が発した言葉だったのか分からない。

 ただその一言はその場にいた全員の考えを示す。


 そこまでの卒業試験は単調なもので、正直審判として立っているのが「意味はあるのだろうか?」というほどには両者に実力差があった。

 そもそも修練を積んできた上級生と入学して間もない下級生では試合になるはずも無く、上級生は間違いのないように手を抜き下級生に敗北を突き付ける。

 死人はもちろん怪我人すら出さず、さらにいえば下級生には今後の目標もできる。という意味のある試合が続いていた、はずだった。


 最後に行われ、今目の前で繰り広げられている試合は正しく”殺し合い”になっている。


 藤黄家の力に飲まれ、この試合を組んでしまった自分に最も非があるのは分かっている。

 それでも、自分はどこかで思っていた。


『きっと怜音は棄権するだろう』と。


 戦争に行く軍人として鍛えられている以上、いつでも国のため民のために命を失う覚悟は出来ている。

 だが、それはあくまでも軍人になってからの話だ。


 たかが卒業試験ごときで命を張るような命知らずはいないと、勝手に思ってしまっていた。


 だってそうだろう?

 もし自分が属性も持たず”気”による身体強化のみで、希少属性かつ名家に生まれた”天才”を相手にしろと言われれば誰だって”逃走”を選択する。


 だから自分は見誤っていたのだ。


 親を目の前で殺された人間の執念を。

 9年もの間、誰に認められるでもなく、ただ己の心と向き合い続けた人間の精神力を。

 そして”天才”と張り合うためだけに努力してきた怜音の自己研鑽を。


 嘗めていたのは黄金だけでは無かった。ということだろう。

 訓練中も「彼は弱いから」そして「自分が間に入らなければいつか命を落とすだろうから」と。

 違うのだ。彼は、怜音は、9年もの月日をかけてようやく今、成ったのだ。彼が追い続けていた、『剣士』へと。


 だから心の中で強く願う。

 劣勢であろうと強く刀を握り続け、傷が増えていく中でも心の折れない怜音に。

 どうか神様、今日だけは彼に”勝利”を与えてください。


 

「どうなってるんだ!?」


 その声は二人が切り結び続けてしばらくしたあと聞こえてきた。

 距離を取った黄金が再度「自己加速」による攻撃に走る。

 しかし、その刃は怜音の刀に防がれ、さらに”雷”が解けていた。


「え、属性が解けた?黄金くんに限界が来たのか?」


 生徒の中にも動揺が広がる。

 初めて見る光景に自分が混乱していると。


「――なんだ!あれは!?――彼は属性攻撃が使えないはずでは!?」


 最も若く新しい部隊長が自分に詰め寄ってくる。


「分かりません……でも、あれは――」


 間違いなく”属性”攻撃。良く見れば怜音が練った”気”が変化し黄金の刀に影響を与えているのが良くわかる。

 他の部隊長も同様に混乱しているようだった。


 どんな攻撃をしているのか自分にも分からない。

 さっきまで使っていなかったということは、今ここで覚醒したということなのだろう。

 だが、そんな不安定な力で均衡した試合。そんなものを続けてもいいのだろうか。


 ここで自分は1つの決断をする。


「分かりませんが……試合を――」


 止めます。そう言おうとしたところを”何か”が抑えた。


「――全員、黙れ。どんな力であろうと、それは奴の”力”なのだろう。試合は続行だ」


 ここに来て初めて口を開いた”死神”、烏羽漆。

 彼は鞘から刀を抜かずに自身の”属性”でその場にいた精鋭たる部隊長たちの動きを止めた。


 烏羽漆、その人物を有名にした属性"黒"。

 紅上之国を囲む3国が同時侵攻してきた最悪の戦争において、たった1人で侵攻軍を撃退した。伝説そのもの。

 現在自分たちを縫い止めているのが、そんな彼の得意とする技の1つ「影踏み」。


 まるで自分自身を彼に操られているかのように、指の先から髪の毛の1本に至るまで全ての動きが止まる。

 

 動きを止められた全員が「ここで抵抗することは"死"に直結する」と感じたとき、烏羽は技を解いた。


「よく見てろ。奴の眼は死んでない。面白くなるぞ」


 若き部隊長が静かに椅子へ座ったことで、落ち着きを取り戻した現場はひたすらに雷光走る試合に目を向けた。


 何度も振るわれる雷に、剣士はただ静かに刀を振う。

 刀と刀が触れ、甲高い音を響かせながら雷が消え鍔迫り合いになる。


 黄金は「自己加速」が消えたことから、その変化に身体が反応出来ず怜音の剣戟が襲う。

 しかし、対する怜音の剣戟も削られた体力では数を放てず、黄金は隙を見て距離を取る。


 少ないとはいえ攻撃を何度か受けてしまい身体中に切り傷のある怜音は息を荒くし、されど目指す勝利のために立ち続ける。

 黄金も長時間の「自己加速」制御に加え、先ほどから強制的に"消される"雷を再度纏うために息を荒くするほど目に見えて限界を迎えている。


「……次が最後だぞ……」


 誰が発した言葉だろうか。その言葉に呼応するように2人は大きく距離を取った。

 自分は黄金の構えから次どんなことをするのか理解した。


 天に差し出すように刀を出す、あの構えは。かつて藤黄家当主が戦場にて相手将軍を一撃で屠った技。


 そんなものが覚醒したとはいえ不安定な力の怜音に向けられれば――死んでしまう!


 黄金が"気"を練り技の準備をしている間なら、自分でも止められる。

 卒業試験だとか、2人の大事な勝負だとか、関係ない!

 止めなければ死人が出てしまう。それだけは止めなければ。それだけがこの場における自分の役割なのだから。


 腰に差した己の刀に手を伸ばし、"風"による加速と遠距離攻撃で黄金を止めようと"気"を練り始めたとき。

 圧を感じた。

 それは先程も向けられた死神の視線。


 今度は「影踏み」を使っていないはず、それなのに自分は本能で動きを止めていた。

 動いても同じように止められる。

 人間として逆らえない。という。

 生物として当然に備わっている『死への恐怖』


「来い!雷龍!我が敵を滅ぼせ!」


 躊躇っている間に詠唱が終わってしまう。

 天を覆うのは、いつの間にか発生していた嵐を起こすような重く闇深い色をした積乱雲。

 ゴロゴロとどこまでも響くような何かが腹を空かせるような呻き声をあげる雷。

 

 それは黄金の刀が振り下ろされると同時に地へ落ちる。

 そこにいる怜音(獲物)を捕食するが如く、ただ真っ直ぐに敵へ向けて落ちていく。

 

 対する怜音は、そんなものへの恐怖心は無いとばかりに身体を伏せ敵を見ずに集中力を高める。


「――彼は何をしているんだ?」


 若い部隊長は今まさに死がそこまで迫っている怜音を見ながらそう呟いた。


 引き伸ばされる一瞬。

 ここまで戦ってきた傷だらけの身体から放たれた極限の一太刀は自分が見たことある中で――最も速かった。


 抜かれた刀は雷と衝突し、その天より舞い降りた雷龍を……消した。


「何が起こった!?」

「……雷龍が……消えた?」

「そんなこと出来るわけが無いだろう!」


 部隊長たちが騒ぎ立てる中、先程まで強烈な圧を放っていた死神は――口角をあげ、笑っていた。



 


「……それからお前は体力が底をついたのか気絶した。黄金は意識を保っていたが雷龍を放ったことで動く体力は無く……試合は終了した」


 試合について終始の出来事を聞いた僕は最後まで聞いたことで結果を知った。


「つまり、僕は負けたんですね……」


 卒業試験における勝敗は相手が敗北を認めるか、どちらかが怪我もしくは"失神"等により審判が続行不可能とした判断したとき。

 僕は最後の一振りで気絶してしまった。


 これが、最後の卒業試験だった。

 最後に何か掴めた気がしたのに……ここで、終わるのか。


 これまでの想いと必死に訓練した思い出がよぎり涙が溢れる。


 膝にかかる布団に涙の染みをつくる僕に教官は肩を支えるよう手を添える。


「ごめんなさい……すぐに出ていき――」

「推薦卒業おめでとう」


 ……今、教官はなんて言った?

 咄嗟に僕は顔をあげる。


「とある隊長から怜音へ推薦届けが提出された。君は明日から軍人だ」

 

 こうして混乱の中、僕は士官学校を卒業し。

 軍人となった。


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