孤児
あと2話投稿されます!
目覚めた僕が最初に見たのは見覚えのあるような白い天井だった。
仄かに香る消毒液や薬品の匂いはここが病室であることを示す。
「起きたのですかー?思ったより早かったのです。ちなみに瑠璃ちゃんはお仕事に戻ったのですよー」
自分の寝るベッドはカーテンで囲まれており、その見えない先から知っている声が聞こえてくる。
「若葉先輩……試合は、どうなったんですか?」
なぜか酷く鈍痛の響いている身体を無理やり起こしカーテンを引く。
その先では白衣を着て小さな身体に見合わない広い机へ向かって書類と格闘している若葉先輩がいた。
回転式の椅子をくるりと回しこちらを向いた若葉先輩は戦いの顛末を語った。
「瑠璃ちゃんが言う限り、どこから後輩の意識が無かったのか分からないらしいのですが――」
どうやら僕は極限まで上げた自身の集中力に意識を持っていかれ、ただ究極に『目の前の敵を倒す』という目的を果たすため動いていたという。
そこに”思考”や”経験”なんて概念は無く、まるで獣のように刀を振るっていたらしい。
「最後に瑠璃ちゃんが後輩へ話しかけたあと、後輩は”属性”による超加速で瑠璃ちゃんを追い詰めたのです。ですが、そこで1分が経過し瑠璃ちゃんの”水”が解放されて……結果は気づいた通りなのですよ」
えっへん、全部伝えたのですよ!と胸を張る若葉先輩だったが、僕は1つの単語に驚いていた。
僕が”属性攻撃”をしていた?
それも”加速”を?加速攻撃といえば黄金くんの雷だが……僕の属性は”雷”だったのか?
”属性”が攻撃に使えたことを飲み込んだ後、僕は現状を理解した。
「……負けた。ということは、僕は出ていくべきなんでしょうか」
「なんでそうなるのですか?」
心底不思議そうにコテンと首を傾げる若葉先輩。
僕は杜若さんが試合前に言っていたことを話した。
「もし、そうだとしても関係ないのですよ。隊長の指示は絶対、それを守らない人はいないのです。たぶん瑠璃ちゃんも勢いで言っただけだと思うのです。それに――」
そこまで言うと若葉先輩は白衣のポケットから何かをゴソゴソと取り出した。
出てきたのは一枚の紙、それを僕へ手渡す。
紙に書いてあったのは街外れにある施設の名前だった。
「瑠璃ちゃんからの指令なのです!『そこで"属性"を正しく身につけなさい』とのことなのですよ」
またもや可愛らしく胸を張る若葉先輩の言葉に頷き、次の目的地が決まった。
病室を出る前に、若葉先輩に再度治癒を施してもらい病院を出た。
治癒のおかげで電気が走るように軋む痛みが走っていた身体はすっかり元通りになり、歩き続けた現在の僕は本部基地を抜けていた。
基地の外にはもちろん一般の人が暮らす住宅地や商店街の並ぶ街がある。
紅上之国は主に4つの大都市からなっていて、軍の本部基地を含めた重要拠点と最大の人口を誇る首都『紅上』。
そして紅上之国を囲む3つの強国から首都を守るための大都市、『神薙』、『赤銅』、『杜若』。
どうして都市の名前が特選部隊の部隊員と同じ名前なのか。
それは3つの大都市が首都を守るためにあるから、というのが理由になるんだろう。
これまではそれぞれの三大属性で最も力のある名家が守護していたのだが、今回の特選部隊には珍しく各属性の部隊員が揃っている。
極めて珍しく過去にない『風』『火』『水』の最強が揃う事態に国は初めての守護家交代を任じた。
そのため1つの家を除き、新たに特選部隊隊員の赤銅さんと杜若さんが就任したのだ。
僕が今向かっているのは首都近郊にある施設。
歩くと首都を出るだけで何時間もかかってしまうため街の中を走る乗り合い馬車を使って進んでいた。
杜若さんからの指令には、追記事項として施設での労働をすることが書かれていた。
「――兄ちゃん!そろそろつくよ!」
馬車を操っていた御者の男性から声がかかり外を覗く。
紅上を出てしばらくした場所、そこは広い草原地帯で牛や豚などの家畜を飼い、広い畑で農場を拓く大きな建物。
建物の前にゆっくりと馬車が止まり御者の男性に支払いを済ませ入り口前へ歩いて進む。
本来であれば紅上から出ることのない馬車を優しさでここまで進めてくれた御者の男性には感謝しかない。
入り口から眺めると建物はしっかりした木造建築で最近立て直されたような新鮮さがある。
施設の中からは子供たちの元気そうな声が響き、僕はその声にかき消されないように大きめの声で施設の主を呼ぶ。
「シスター!いらっしゃいますかー?杜若さんから紹介された露草です!」
僕の声が届いたのか「はーい!」という女性の声が聞こえ、しばらく待っていると大勢の子供たちと妙齢の女性が顔を出した。
「露草怜音くんですね。瑠璃ちゃんから話は聞いてます。中へどうぞ」
「にいちゃん、なにものだー!るりねえのこいびとかー?」
「瑠璃姉ちゃんの手紙読まなかったの?この人はね……げぼく?なんだよ」
違いますけど?
僕がいつから杜若さんの下僕になったのだろうか。
というか、あの人は手紙で僕のことを自分の下僕と書いたのか。
「僕は”瑠璃ねえ”の……」
子供たちに分かりやすく説明しようとするが、そういえば今の僕ってどういった立場なのだろうか。
少し考えるように言葉を止めた瞬間、おでこに強い衝撃を与えられ尻もちをついた。
「いっつ……何が――」
「誰が”瑠璃ねえ”だ。身の程をわきまえろ」
顔を上げるとそこには子供たちの笑顔溢れる空間から一瞬で現実へ引き戻す殺気に満ちた視線で僕を貫く杜若さんが立っていた。
おそらく今のも水の攻撃だったのだろうが、なんという威力。反応できないほどの速度とギリギリ人を貫通しないよう抑えられた威力調整技術に驚いていると。
「私は基地に戻る。あとのことは弦さんに任せてある」
口数少なく、それだけ言ってシスターに挨拶した杜若さんはいなくなった。
「ごめんなさいねー。あの子、物静かだから大変でしょう?でもね、とても優しい子だから仲良くしてあげてね」
シスターはとても柔らかい笑みでそう言った。
今のところキツイことしか言われていないが、子供達にも慕われているところを見ると少し見る目が変わる気がした。
施設の中へ入り、シスターが子供たちに外へ行っていてねと優しく諭したあと。
僕とシスターは応接室のような場所で向かい合っていた。
「瑠璃ちゃんから聞いていると思うけれど、ここは戦争で親を亡くした子供や貧困家庭で親に捨てられた子供を預かる孤児院です。自給自足で子供たちに生きる力を身につけさせ、元軍人の方に指導していただく形で”生きる力”を教えています」
戦争孤児、僕は運よく親戚の家庭で引き取ってもらえたが大部分はそうともいかない。
紅上之国は周囲を強国で囲まれているため戦争とまでいかなくても”侵略行為”は何度も受けている。ただ3つの強国もそれぞれで牽制しあっているため大規模な侵略は受けないでいるが。
それでも一度侵略行為を受ければ必ず被害は出ることになる。
それは侵略行為を受けた街や村とそこに住む民間人はもちろんのこと、侵略を阻むべく抗戦に出た軍人たちも含む。
その戦いで親を失った子供と戦争が起こることによって一時的であろうと財政状況が苦しくなる家庭で捨てられた子供、それがここだけでなく国中にある孤児院で暮らしている。
悲しくても背けてはならない現実。
「そんな悲しい顔はなさらないでください」
シスターは優しい微笑みを浮かべて言った。
「争いは無くならない。でも貴方達が戦ってくれるおかげで私たちの生活は成り立っているのです。悲しくても、悔しくても、あなたが動くことで助けられる命があるなら――」
悲しい顔はせず、堂々と前を向いてください。
そういわれて大きく息を吐いた僕は一言「ありがとうございます」と感謝の言葉をもらしていた。
「それでは僕はここで子供たちの世話をすればいいのでしょうか?」
指令は『正しく”属性攻撃”を身につけよ』とのこと、なら厳しい修行が待っているのだと思っていたが。
「孤児院の仕事も少し手伝ってもらいますけど、瑠璃ちゃんはあなたに”弦さん”のお手伝いをするように言っていたの」
今は外にいるだろうから。とシスターに言われた僕は”弦さん”に会うべく外へ出た。




