音を感じた日
新作投稿!
火の粉散る中、幼い僕は母の腕に抱かれ炎に照らされる道を走っていた。
「大丈夫よっ!きっと大丈夫っ!お父さんが何とかしてくれるからね」
どうして母が息を切らして走っているのか。どうして僕の住んでいた町が燃えているのか。当時の僕は何も知らなかった。
覚えているのは父が兵士で国が「戦争」というものの真っ只中であったという話だけ。僕は戦争について知らなかった、知らなさ過ぎた。
人々は逃げ惑い、どこからか飛んでくる兵器の攻撃がそこら中の建物を粉砕していく。
刀を持ち白い軍服を着た父さんが慌てて家に帰ってきたと思った次の瞬間には僕の目の前はそうなっていた。
『まだ生き残りがいたのか?人間とは弱く醜く……どこまでも臆病な獣であるな』
そう言って走る母の眼前に立ったのは黒い服で全身を覆った人物だった。
母さんはその人物と何やら会話をしたあと抱き上げていた僕を降ろし、こう言った。
「怜音、あなたは強く優しい誰かを守れる子になってね。……愛してるわ」
何も分からず、ただ聞いていた僕を母は最期に一度抱きしめてそう呟いた。
『……もういいな?』
「ええ、約束は守りなさいよ?」
『その強き姿勢……ハハハ!貴様の願い、必ず守ろう』
全身黒の人物は高笑いすると僕から離れた母に手を翳し、母の身体を光で覆った。
――チリン
光の眩しさに目を瞑る。光が収まり母の立っていた場所に遺されたのは、母の大切な首飾り。
誕生日の度に「お父さんから初めてもらったものなのよ?」と自慢げに話してくれた蒼い首飾り。
それは地面に転がり、まるで寄り添うように僕の手元まで転がってきた。
灰すら残さず、弱く幼い僕を遺して母が逝ってしまったことに気づいたのはそのときだった。
「……あ……あぁ……」
『母が遺した思い出に寄り添うか。強き母から生まれても、子は強くなれんということだな。女との約束だ。弱者は嫌いだが、貴様は見逃してやろう』
その人物は僕を冷たい眼で見降ろしてそう残し、去って行った。
何をしたのか分からなかった。ただ光に覆われる直前に母が微笑みで僕を見ていたことだけが脳裏に焼き付き、母を殺した男に恨みの言葉を吐くことも拳を振り上げることも出来なかった。
弱い僕は――何も出来なかったんだ。
「……っ!……はぁ……はぁ。また、あの日の夢か……」
最近、小さい頃の夢を頻繁に見る。
あの日、母を目の前で殺された僕は母の首飾りを持って父を探して歩いた。
焼け焦げた自宅を通り過ぎ、そこら中に転がる誰かの思い出を通り過ぎ、市民と生き残った兵士たちの集まっている場所についた僕はそこで父の死を知った。
兵士の詰所前に貼りだされた戦死者リストに載っていた父の名前は僕の喪失感と反比例するように隅に小さく書かれていた。
戦争で父を亡くし、敵に眼前で母を殺された僕は母の遺言である「強く優しく誰かを守れる男になれ」という言葉を胸に兵士の訓練学校に通っていた。
学校の名前は――紅上士官学校。
紅上之国で唯一の兵士育成機関。そこは兵士を目指す者は必ず通らなければならない場所。
最低7歳から入学を認められ、在学中に実戦部隊の隊長推薦や卒業試験の合格が出ることで何歳であろうと卒業が認められている。
そんな学校で僕は今、16歳を迎えていた。
7歳で士官学校へ入学して9年、現在10年目を迎えた僕は士官学校そして現場に出る人間につけられる”等級”を最低等級の”8”から上げられずにいた。
最低等級から変わらない僕についたあだ名は”落ちこぼレオン”。名前が露草怜音なのでそれにあてがわれたであろう名で年下からも蔑称扱いされている。
悪夢から覚め冷や汗を拭った僕は長年の訓練でくすんだ白の訓練服を羽織り他の訓練生が起きる前の外が暗い時間に木刀を持って訓練場に出る。
1時間から2時間ほど、日が昇ってくるまでの間でこれまで習い自身で辿り着いた技を反復していく。
気持ちのいい早朝訓練を終えると訓練場に礼をして片付ける。僕程度が早朝から訓練場を使っていることがバレると怒られるため痕跡を残さないように慎重に。
片付けを終えると次に待っているのは訓練生全員分の洗濯である。
本来当番制で当番になっている人が担当しているはずなのだが、今日担当になっている僕より等級の高い生徒に半ば強制されてしまったので仕方なくやっている。
「おい!落ちこぼレオン!まだ終わってないのか!?」
「黄金くん……ごめん」
洗濯物を干している僕に怒鳴り声で突っ込んできたのは僕の3歳下で訓練生成績2位の藤黄黄金。
今日の洗濯当番を僕に押し付けてきた張本人である。
黄金くんは等級こそ5等級であり、いつでも卒業試験に合格できるだけの水準なのだが、彼の素行の悪さと弱者しか相手にしない戦い方から卒業を認められていないのだ。
他にも理由はあると思うけれど。
「……い!……おい!落ちこぼれ!無視するな!」
「あ、ごめんね。それで何の用?洗濯はもう終わるけれど」
僕が黙っていたのが気に入らないのか。何やら興奮している黄金くんはニヤリと笑いながらこう言った。
「明日は卒業試験の日だ。ようやく、ようやくお前を潰せる!楽しみにしてろよ!」
年に一度の士官学校卒業試験の日。
それが彼は楽しみでしょうがないらしい。……理由は分かるけど。
洗濯物が終わり、朝食を食べた僕は他の訓練生と交じりながら教官の待つ訓練所へ向かう。
教官は戦争で実地経験もある3等級以上の兵士が務めてくれる。
「それでは、本日の訓練を始める!全員、礼!」
「「「「お願いします!」」」」
訓練所に立つ総勢50名近くの生徒達は揃った礼をすると縦列に並び、最初のトレーニングであるランニングから始まる。
士官学校で習うのは単純な戦闘技術は勿論、戦争における戦術論や指示系統など座学も含んで一日の授業となる。
座学はすでに単位を取り終え履修済みの僕は他の生徒より時間がある。その分を実技訓練に当てているのだが……。
「露草!何度言ったら分かるんだ!受けるのではなく、攻めろ!属性を持たないお前が攻めずに生き残れると思うなよ!」
「はい!」
実技訓練に含まれている”対人訓練”では訓練生同士が二人組を組んで刀を振るう。
目の前に立っているのは2つも年下の訓練生なのに、僕の刀は押されていた。
「雑魚が!さっさといなくなれよっ!」
乱暴な言葉遣いだが、その刀には彼の積んできた技術と才能が伺える。
彼の刀に込められた属性は”風”。一般的なカテゴリーで言われる三大属性といわれるやつで大半の訓練生が属するものである。
刀に属性を纏わせることができれば最低限の兵士として戦うことができる。
対する僕の刀には何も込められていない。
相手の刀から溢れる風は鍔迫り合いになった僕の刀を弾き体勢を崩してくる。
教官は攻めろと言ってきたが、風を相手に攻めようと守ろうと属性を持たない僕の負けは変わらない。それほどまでに”属性力”というものは圧倒的なのだ。
刀から伝わる衝撃に顔を顰め痛みを堪える。崩された体制から何とか刀を握り直し、斬りかかってくる相手の刃に合わせる。
「そこまで!」
「……ちっ!」
合わせた木刀が弾き飛ばされたところで教官から全体終了の合図が出た。
まるで僕を仕留められなかったことが悔しそうに去っていく年下の剣士を見つめ溜息を吐く。
たかが訓練で教官が怪我させるほどの攻撃を許すはずが無いのに。
訓練中も教官は僕と相手の動きを常に視界に収めていた。助けてくれるわけでは無いが、それでも先ほどの合図といい様子を伺っていたのに変わりない。
訓練を終え、皆は木刀を片付けて座学へ向かう。僕は誰もいなくなった訓練所でしばらく刀を振り続けた。
――明日だ。明日で全てが決まる。
士官学校における”卒業”とは二通り存在する。1つは、圧倒的才能により有名部隊より入隊推薦が届く場合。これは才能と努力そして運が重ならなければ出来ない。
そのため大半の生徒が目指すのは卒業試験の合格である。
年に一度行われる卒業試験という名の対人戦闘において「勝利」する。これが最も確実で簡単な卒業方法となる。
卒業試験は入学1年目でも参加することができるが、誰と戦うのかは完全なランダムとなっているため経験の浅い新入生は不利となる。
そして何より重要となるのは卒業試験では――真剣の使用が許可されている、ということ。
卒業が決まれば次の日には戦争へ出て戦うかもしれない。
それなのに怪我をすることを怖がったり、相手を斬ることを恐れる者に卒業は認められない。という考えかららしいのだが、この制度のせいで卒業試験で死人が出るなんてことも珍しくない。
だからこそ黄金くんは気合いが入っているのだろうけど。
黄金くんは名家である藤黄家の名と力を使い不当に卒業試験の組み合わせを変え、僕と組ませるように仕組んだ。
許されることでは無いが、僕が何を言っても変わるはずもなく。
この卒業試験は入学してから”9回”は最大で受けることができ10年目に受ける試験が最後となる、つまり僕は今年挑戦しないと退学。
挑戦して”死”を選ぶか、叶えたいものを諦めて”生”を選ぶか。
こんなもの選ぶも何もない。僕には初めから「戦って勝つ」しか未来は選べないのだから。
「――ふっ!――ふっ!」
木刀が振りに合わせてビュンビュンと風を斬る音を奏でる。リズム良く、乱れなく、同じ音を、淡々と。
しばらく振り続けると自分の"気"に妙な物が「混じる」感覚があった。心臓の鼓動に合わせて胸から肩を通り腕を走って刀へ伝う。
冬場の金属のように冷たく、どこか優しい音のような温かさを秘めた感覚は刀をフワリと包み込む。
不思議な感覚に目を細め観察するが手に持つのは何も変わらない訓練用の木刀。
属性が発現したのだろうか?なんて淡い期待を抱いたが、三大属性の風も炎も水も無ければ、黄金くんのような希少属性である雷でも氷でも土でも無い。
何も見えないのに"そこにある"と思わせる感覚に、僕は試しに刀を振った。
さっきと同じ力で、さっきと同じ構えから、さっきと同じ軌道なのに――音が違った。
刀を握る力の強さ、刀の軌道、流派の異なる構え、その全てで刀は違う音を奏でる。
金属楽器のような甲高い音、笛のように柔らかく包み込むような音、楽し気に弾む打楽器のような音まで様々な音が刀から感じる。
なんでそうなるのかは分からない。
それでもいつの間にか僕は、明日の試験も相手の強さも忘れ、楽団で指揮を取るように夢中で刀を振り続けた。
――その光景を誰が見ているとも知らずに。
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