最終話「努力の花」
「正しい説明なんてできるわけないよね? ──全てをチームの仲間に放り投げて、ふんぞり返ってただけの君にはさ?」
高田マネージャーの氷のように冷たいトーンで言い放つ。
その瞬間、浅峰は「えっ」と、完全に虚を突かれた声を漏らした。
僕もマネージャーの口から出た、予想外の言葉に驚いた。
隣をチラリと見ると、同じように驚きで固まっている後輩のタケル君たちの姿が見えた。
役員たちの厳しい視線が、浅峰に集中している。
そして高田マネージャーは、静かな声で語り始めた。その声は、むしろ会議室の空気をより一層重く感じさせる。
「浅峰くん。君が『要領は良いが性格に難がある人物』だということは、最初から把握していた。上の立場になって生まれ変わる場合もあるかと思って、部長たちにモニタリングをお願いしていたのだがね……驚いたよ」
突然、その声のトーンがガラリと変わる。
「まさかここまで酷い人間が、この組織にいたとはね……!」
浅峰は突然の展開に状況が飲み込めていない様子だった。
わけがわからないといった表情で、マネージャーと役員たちを交互に見ている。その顔からはいつもの嫌らしい自信は完全に消え失せていた。
高田マネージャーは、そんな浅峰を一瞥して冷たく言い放つ。
「悪いがプレゼンは一旦中断だ。ここからは君が行った一連の問題行動についての調査結果を、私から話させてもらうよ」
そして高田マネージャーは手元のタブレットに目を落とし、そこに記されているであろう内容を淡々と読み上げ始めた。
「一点目。プロジェクトリーダーという地位を利用した、同僚や後輩に対する複数の暴言。これをハラスメントおよび職場環境の破壊行為と認識する」
僕の隣でタケル君たちが小さく息を呑んだのがわかった。マネージャーの説明は続く。
「二点目。リーダーという立場でありながら業務を丸投げし、リーダーとして相応しくない行動を取り続けた。これを職務放棄および役職の不適格と認識する」
浅峰の顔色がどんどんと青ざめていく。
「三点目。後輩に対して『逆らえばチームから外す』などと、実際には権限のない脅しを行った。これを虚偽の威圧および職権乱用と認識する」
「そして四点目。……君は先週の火曜と水曜日に『身内の不幸』といって急遽の休みを取ったね? そしてその二日間、ひたすらゲームを楽しんでいたようじゃないか」
浅峰が「いえそれはっ」と弁明しかけるが、マネージャーは即座に被せるように言った。
「ちなみに! ……すでに複数の同僚から確認は取れている。言い訳は無駄だ」
その声は、どこまでも冷たい。
浅峰は完全に言い返す言葉を失い、その場に立ち尽くした。
マネージャーは一呼吸おき、さらに追い討ちをかけるように続けた。
「社運がかかったプロジェクトの重要準備期間中にリーダーの職務を放棄して、ウソの理由で欠勤した。……これを会社の信頼失墜に繋がりかねない重大な業務妨害、そして背信行為と認識する」
「その他、諸々。挙げていけばキリがないが……会社としての処罰を告げよう」
高田マネージャーはまるで判決を読み上げるかのように、抑揚のない声で言い放った。
「君の一連の問題行動について、我々は『企業秩序を著しく乱す行為』である認識した。行為の重大さと悪質さを鑑みて、君を──懲戒解雇とする」
(懲戒解雇って……クビってこと……!?)
高田マネージャーの言葉に、会議室の空気は凍り付いた。そんな中、浅峰が突然張り上げるような声を出した。
「解雇って……! こっ、これは言いがかりだッ! 証拠は……証拠はあるのかよッ!?」
マネージャーが言ったことは全て、紛れもない事実だ。だが浅峰はそれを必死に否定しようとする。
その様子を見たマネージャーは、諦めを含んだ深いため息をついた。
「ここにきて『言いがかり』とは呆れたな……。どこまでも腐った男だ。さっき言っただろう? 最初からモニタリングしていたと」
そしてどこまでも冷たい目で浅峰を見据え、言葉を続けた。
「先ほど言った暴言などは全て、防犯カメラなどの音声や映像として残っている。証拠は全て集まった。だからこうして伝えているんだ」
「そんなバカな……」
浅峰の顔が見る見るうちに絶望に染まっていく。
「いいか? 君の悪事を我々は全て見ていたんだ。それを最後の最後までふざけたことを抜かして……社会を、人をなめるのも良い加減にしろっ!!」
マネージャーの怒声はこの日一番の大声だった。会議室の壁が震えるような響きに、僕も思わず身をすくめた。
浅峰はもう何も言い返せない。ただ怯えたようにマネージャーを見つめている。
「……ちなみに田凪くん以外の後輩にも、色々仕事を押し付けていたようだね。そのおかげで君がいなくなって困るような仕事は一つもなかった。引継ぎはしなくて済むようだよ」
その言葉は浅峰がどれほど会社に貢献していなかったかを、皮肉たっぷりに突きつけるものだった。
「だから今日は、このまま何もせずに帰ってくれ。あとのやりとりは書面になる。君はもう部外者だから会社の備品に触れることは許さない。何をされるかわからないからね。……さぁ話は終わりだ、出ていってくれ」
マネージャーの言葉は一切の猶予を与えない。浅峰はよろめくように数歩下がった。
「で、でも! でも……!」
「黙れっ! 今すぐここから立ち去れぇっ!!」
マネージャーの容赦ない怒声が再び響く。浅峰は地面に視線を落とし、小さく呟いた。
「なんで……なんでおれが……」
そして浅峰が──発狂した。
「う、うわぁぁぁああああ!! いやだ! イヤだぁぁぁぁあああ!!!」
彼は地べたに這いつくばって、赤ん坊のように駄々をこねながら叫び続けた。
そのあまりにも醜い姿を、この場にいる誰もが冷ややかな目で見下ろしている。僕もただ静かに、その光景を見つめていた。
◇
やがて部長と課長に両脇を抱えられ、浅峰は会議室から引き摺られるようにして出ていった。
彼の絶叫は廊下の奥へと遠ざかり──やがて完全に聞こえなくなった。
会議室に再び重苦しい静寂が戻る。そんな中、高田マネージャーが口を開いた。
「さて、もう一つ大切な話をしなければいけない」
僕は、次は一体何が始まるのかと身構えた。
すると高田マネージャーや他の役員たちが一斉に立ち上がり、僕たちに向かって──深々と頭を下げた。
「私たちの不手際で君たちには大変な負担をかけてしまった。本当に申し訳なかった」
「えっ……え?」
予想外の光景に、僕は困惑した。
僕の横に並ぶ後輩たちをチラリと見る。
後輩たちも同じように、驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。
「本当はすぐに処分しなければならない事案だったが……次々に新しい証拠が出てくること、そして田凪くんを中心に君たちが前向きに取り組んでる姿を見て、ここまで様子を見させてもらった」
マネージャーは一呼吸置き、僕たちの目を見て続けた。
「君たちのがんばりに甘えさせてもらったんだよ。決して許されることではないが……おかげで充分な証拠を集めることができた。本当にありがとう」
そう言って役員たちは、また深く頭を下げた。隣のタケル君たちが焦ったように声を上げる。
「ぼ、僕たちは大丈夫です!」
「そうです! 頭をあげてください!」
そうして役員たちが顔をあげた時。
マネージャーの目には先ほどまでの氷のような冷たさはなく、温かく穏やかな光が宿っていた。
「そう言ってくれて助かるよ。……私たちは浅峰のことをずっと見ていた。そして同時に、君たちが組織のために前向きに取り組んでくれたことも、ずっと見ていたよ。私たちはその姿を、決して忘れない」
僕たちに向けられた、ストレートな称賛の言葉。安心するのと同時に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
チラリと横を見る。一緒にがんばった後輩たちも皆、心から安堵したような、嬉しそうな表情をしていた。
マネージャーが再び僕に視線を向けて話し出す。
「さて、プレゼンが途中だったね。新しいリーダーにプレゼンの続きをお願いしたい。私たちは田凪くんこそが適任だと思っているんだが……受けてくれるかい?」
(新しいリーダーか……)
僕が新しいリーダーとして、この資料をプレゼンすることは、正直言って……できる。
だってこの資料は──僕が皆と必死に作り上げた、努力の結晶なのだから。
資料の内容はもちろん、補足や根拠の一字一句まで、全てが手に取るようにわかる。僕自身の言葉で、この資料の全てを説明できる自信がある。
僕はまた横にいる後輩たちを見る。三人とも僕の方を見て、力強く頷いてくれた。
(……よし!)
決心した僕は、できるだけ大きな声で会議室に響き渡るように話し始めた。
「はい……! それでは、私の方からご説明いたします──」
◇
それからの役員プレゼンは、無事に成功した。
役員の人たちは満足げな表情で頷くと、「本番もこの調子で頼むよ」と、温かい期待の言葉をかけてくれた。
会議室を出る頃には、僕の心臓のドキドキはもう緊張からくるものではなく、達成感と高揚感で満たされていた。
そしてオフィスに戻ると、一緒にがんばった後輩たち三人が、興奮した様子で話しかけてきた。
「田凪さん! やりましたね!」
タケル君が満面の笑みでガッツポーズをする。その心からの喜びが、僕にも伝わってくる。
「うん、やったねタケル君……!」
後の二人も、感極まったように言葉を続けた。
「田凪さん……本当にありがとうございました!」
「大変だったけど……俺、がんばって良かったです……!」
彼らの純粋な言葉に、僕の胸も熱くなる。
「うん。ヤマト君とミコトさんも、本当にありがとう……!」
ひとしきり喜びを分かち合った後、僕は気を引き締めて、皆の目を見て言った。
「本番もこの調子でがんばろう。皆、引き続きよろしくね」
「「「はいっ!」」」
三人の力強い返事がオフィスに心地よく響き渡った。
僕たちの間に生まれた絆が、さらに強くなったことを実感した瞬間だった。
◇
その日の終業間近。
部長が改めて今回の件の謝罪とお礼を、僕たちチーム全員にしてくれた。
そして「今日くらいは早く帰ると良い」という労いの言葉をかけてくれたので、僕は久しぶりに定時で退社することになった。
会社の自動ドアが開き、外へ出る。
(うわっ、まだ明るい……!)
目に映るオレンジ色の空に──思わず見惚れてしまう。
燃えるような茜色から薄紫へと続く美しいグラデーションの中で、一番星が力強く瞬いているのが見えた。
(最近は、会社を出る頃には真っ暗だったからな……)
爽やかな風に吹かれていると、今日の出来事が頭に浮かんでくる。
今までの努力が認められて、沢山の温かい言葉をかけてもらったこと。
プレゼンを無事に成功させ、皆と喜びを分かち合ったこと。
浅峰のことは……正直、同情はできないかな? とにかく、良くも悪くも忘れられない一日になった。
僕はそんなことを考えながら、いつものコンビニに入った。棚に並ぶ商品を眺めて、いつものように夜食を選ぶ。
そして、お酒コーナーの前で足が止まった。
(せっかくまだ明るいし、ビールを何本か買って……)
そこでふと、手を止めた。
(いや……今日はお酒は、止めておこう)
そして夜食だけを買った僕はコンビニを出ると、一目散に自宅まで駆け足で帰った。
自宅に着いた僕は、いつもよりも少しだけ豪華な夜食を口に運びながら考える。
(月曜からログインしたら、皆驚くかな?)
コンが僕の姿を見つけた瞬間の嬉しそうな反応を想像するだけで、自分の顔が緩んでしまうのがわかった。
そして夜食を食べ終わった僕は溢れるほどのワクワクを胸に、いつものフルダイブ型ヘッドギアを装着して、ベッドに寝転がった。
真っ暗な視界の中に──いつもと変わらない文字がゆっくりと浮かび上がる。
さぁ、今日も。
魔法の世界で、自由を描こう。
──LINK TO WORLD.
◇
「あれっ、マオもう起きたの!? おはよーっ!」
「ホッホ、珍しいこともあるもんじゃのう」
「よし! 妾がおはようのチューを……」
◇◆◇
【魔物の世界の通訳さん】 ──完──




