第44話「役員プレゼン」
皆で魔物陸上をして、のんびり歩いて帰った日から一夜明けて、月曜日。
戻ってきた、現実の世界。
今日はいよいよ役員への最終プレゼンだ。今後のプロジェクトの行方を左右する重要な一日となる。
……とは言っても、プレゼン資料はもう完成している。後輩たちと力を合わせて必死に作り上げた、僕たちの努力の結晶だ。
それを読み上げるのは浅峰だけど……そこはもうしょうがない。重要なのはプレゼンが成功して、プロジェクトが上手くいくことだ。
(また先週みたいに、根拠の説明を浅峰から振られるかもしれないな……?)
そう思った僕はいつもより早めに出社して、繰り返し資料に目を通していた。
◇
始業時間が近づき、同僚たちが次々と出社してくる。オフィスにはいつもの雰囲気が流れ出した。
しかしその中にあって、一つだけ異質な存在があった。
それは──出社時間ギリギリにオフィスに駆け込んできた浅峰の姿だった。
身なりだけを見れば、しっかりとセットされた髪に、ピシッとした勝負スーツ。まさに重要なプレゼンの日に相応しい格好だ。
……だがその目は充血しきっていて、焦点が定まらず虚ろに揺れている。
しっかりとした服装とのギャップが、ものすごい違和感を醸し出していた。
◇
その後、会議室に集まってプレゼンまで最終確認を行うことになった。
僕は後輩たちと一緒に土曜日に行った最終調整の内容を、浅峰に向けて説明する。
しかし浅峰は瞳孔が開いたような表情でボーっとしていて、聞いているんだか聞いていないんだかわからない。会議室に微妙な雰囲気が流れ始めた。
その時。浅峰が低い声で呟いた。
「……自慢か?」
「……えっ?」
自慢? どういうことだ? 意味がわからない。浅峰はそんな僕の戸惑いを無視するように、イラ立ちを露わにして声を荒げた。
「休みの日もがんばって働きましたアピールして、自慢してんのかって言ってんだよォ!?」
「……は?」
めちゃくちゃすぎる。
そもそも僕たちが土曜日に出勤したのは、浅峰が金曜日に思いつきのように「ここの追加資料も一応よろしく」と言い出した部分の対応だったのだが。
しかし浅峰は、僕の言い分など聞かずに続けた。
「なぁタマオ。お前がいくらアピールしても無駄だぞ? リーダーは俺。つまり全部俺の手柄だ。がんばったのに残念だったなァ?」
そういって浅峰はニタリと、嫌らしい笑みを浮かべた。
(アピールなんかしてないし、手柄も欲しくないんだけど……)
ただ、浅峰に何を言っても無駄なことだけは嫌というほどよくわかった。そこで説明は終わり、僕は静かに資料を閉じた。
◇
そしてついに、役員プレゼンの時間がやって来た。
浅峰が重々しい会議室のドアを開く。
そこには顔だけは見たことがあるような数人の役員が並んで座っていた。
浅峰をリーダーに指名した、高田マネージャーの姿もある。
そして会議室の袖の方には部長と課長が控えている。誰もが鋭い眼差しでこちらを見つめており、会議室全体に張り詰めた空気が漂っていた。
(さすがに重々しいな……)
この場にいるだけで、緊張感で心臓がドキドキと激しく高鳴ってくるようだった。
そして、運命のプレゼンが始まった。
浅峰はいつものごとく、流暢な口調でプレゼンを行う。ペラペラと軽快に資料を読み上げていった。
その時。突然高田マネージャーが手を挙げてプレゼンを止めさせた。
(なんだ? まだ途中だけど……?)
資料に不備があったのだろうか?
僕の胸に不安が走る。すると高田マネージャーが静かに話し始めた。
「浅峰くん。プレゼンの途中だけど、ここの数値について根拠を詳しく説明してくれるかい?」
(根拠の説明、先週と同じ展開だ……!)
僕の脳裏に先週の記憶が蘇る。
そして案の定、浅峰は迷うことなく僕に説明を振ってきた。
「はい! そちらについては田凪よりご説明いたします!」
しかし高田マネージャーは、それを静かに制した。
「いや浅峰くん。……君が説明してくれ」
予想外だったんだろう。
浅峰は「……へ?」と間の抜けた声を上げた。高田マネージャーは表情を崩さず続ける。
「リーダーである君の口から聞きたいんだ。説明を頼むよ」
「は、はい! えーと……こちらは、ですね……」
そこからの浅峰の説明は、聞くに堪えないものだった。しどろもどろになりながら、曖昧な言葉を並べるばかり。
役員たちの表情は鋭いまま、段々と冷ややかな色を帯びていく。
その時、高田マネージャーが大きなため息をついた。
「ハァ……もう良いよ浅峰くん。もう充分だ」
そして少しの間を開けて、高田マネージャーは言葉を続けた。その声には深い失望が込められているようだった。
「正しい説明なんてできるわけないよね? ──全てをチームの仲間に放り投げて、ふんぞり返ってただけの君にはさ?」




