第43話「その頃のサーバールーム」
◇◆◇World Canvas Onlineサーバールーム
ここは、World Canvas Onlineのサーバールーム。複数のモニターがずらりと並んだ一角に、二人のスタッフが慌ただしくキーボードを叩いている。
一人は真面目そうな面持ちの男性、松久。
そしてもう一人は、普段ならばのんびりと掲示板を眺めているはずの女性スタッフ、橋本だ。
しかし、今日の彼女はいつもの軽い雰囲気とはかけ離れ、眉間に深い皺を寄せてパソコンの画面と格闘していた。
「ちょっと松久くん! なんか急にタスク増え過ぎじゃない!?」
橋本の声には焦りと疲労がにじみ出ていた。松久もまた額に汗を浮かべながら、モニターから目を離さず答える。
「急にワールドクエストクリアされたんだから仕方ないでしょ! 一ヶ月以上はかかると思ってたのに……!」
そう──二人はマオがワールドクエストをものの数時間でクリアしてしまったことにより、その対応でてんやわんやになっていたのだ。
次々に飛び込んでくるアラートや通知に、二人は悲鳴を上げる。
「松久くん、問い合わせのメールやばいよっ!?」
「知ってるって! ……やっぱりあの通訳さん異常だよ!」
二人は必死に手を動かしながらも、途切れることなく会話を続ける。
「ログインして一日でクリアはさすがに予想できないよね……!」
橋本の言葉に松久が頷く。
そして今回のクエストについての自身の見解という名の言い訳を述べ始めた。
「うん……。このゲームの魔物って、エンカウントしたらまず敵意確認から入るようになってるでしょ?」
「うん、基本はそうみたいね?」
「基本はね。でもリリスヴェルにはそれがないから、仲良くなるのはムリかなって思ってたんだよ……」
「なるほど。まさかリリスヴェルが【通訳】ジョブにあんなに食いつくとはね……」
「そこなんだよね。まぁリリスヴェルの行動原理から言うと、むしろ自然な流れだったのかも……?」
今更ながら今回の一連の流れを整理する二人。しかしクリアされてしまったという事実は曲げられない。
橋本は天井を仰ぐようにして、思い出すように呟いた。
「だとしても魔物陸上からのクエストクリアは予想できんわ……」
「競技場作り始めた時、橋本さん爆笑してたもんね?」
「そういう松久くんも面白がってたでしょ……」
◇
そこで一旦会話が途切れた。
カチャカチャ、ターン、カチャカチャ、ターン。というキーボードを叩く音だけがサーバールームに響く。
しばらくして、橋本が沈黙を破るように再び口を開いた。
「……それにしてもさ、通訳さんのレベルアップのスピードってすごいよね?」
松久はモニターに視線を向けたまま短く答える。
「すごいね。あっという間に最高レベルだもんね」
「ねー。……まぁアーサーよりは適任よね?」
その言葉に松久は迷わず同意する。
「そりゃそうだ。……ちなみにあのレベルアップは、今のところ通訳さんの特権だね」
橋本がチラリと松久を見た。
いつもはノホホンとしている彼女も、今だけは真剣な眼差しだ。
「そうなの?」
「うん。あの超速レベルアップの秘密は、経験値に特殊な倍率がかかってることにあるんだよ」
そう言って松久は、忙しい手を止めずに解説を始めた。
「まずクリアの仕方ね。普通は討伐経験値だけど、通訳さんは仲良くなって解決することによる交流経験値なのさ。これで経験値が2.5倍になってる」
「2.5倍! かなり大きいわね」
松久は頷き、そして解説を続ける。
「しかも九尾と魂共鳴して、成長テーブルが【神獣ステージⅢ】になってるでしょ? これは獲得経験値に内部処理がかかって、実質4倍として計算されているのさ」
橋本は目を見開いて、大げさに肩をすくめてみせた。
「ひぇー、それはどんどんレベルが上がるわけだわ」
「でしょ? 2.5倍と4倍、合わせて実質経験値10倍だから、今回で言えばリリスヴェルを10回討伐したようなもんさ」
──その時。
松久の解説を感心しながら聞いていた橋本が、突然大きな声をあげた。
「なるほどねぇ……あっ、松久くん! 管理人から新しいメールが来たよ!」
その報告に、松久の表情が一瞬で曇る。
「えっ、もしかして追加のタスク? 勘弁してよ……」
二人は不安げな顔でメールを開く。しかしそこに記されていたのは追加のタスクではなく──二人にとって意外な内容だった。
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件名:今回のワールドクエストについて
運営スタッフのお二人へ
業務お疲れ様です。早期のワールドクエストクリア、予想外の事態で忙しいと思いますが、引き続きご協力をお願いします。
さて、今回のワールドクエストは「交流」という形で終息するという、素晴らしい結果に終わりました。
このままワールドキャンバスオンラインに、さらに自由な世界が描かれていくことを期待したいですね。
この度の結果を記念して、お二人に臨時ボーナスをお支払い致します。明細は添付の通りです。
それでは引き続き、私たちで自由を描く世界を支え続けましょう。
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メールを読み終えた松久の顔が、一気に安堵の表情に変わる。
「ホッ……。追加のタスクじゃなかった……」
橋本はメールの文面を何度も確認するように読み返し、それから満面の笑みで松久を見た。
「ラッキー! 臨時ボーナスだって松久くん! ……それにしても管理人ったら、こんなに早くクリアされちゃったわりに嬉しそうね?」
橋本の素朴な疑問に、松久も不思議そうに首を傾げる。
「確かに、『交流という素晴らしい結果』だってさ。……そういえば交流経験値も2.5倍って破格な設定だし、その辺に管理人の理想があるのかな……?」
「理想ねぇ……? ま、ボーナスくれるなら万々歳ね! よーし働くぞー!」
急に目を輝かせて猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた橋本に、松久は苦笑した。
「全く現金な人だねぇ……。よし、僕もがんばるか……!」
そして二人はまた、山積みのタスク処理に黙々と取りかかり始めたのだった──。




