第41話「歩いて帰ろう!」
立て続けに流れるアナウンス。僕はその内容を──ほとんど聞いてなかった。
なぜかと言うと……九尾の狐であるコンと、僕に抱っこされている幼女魔王のリリスヴェルが、まさに激しい火花を散らし始めたからだ。
「リリスヴェル? あんまりマオとベタベタしないでくれないかなー?」
コンが僕にしがみつくリリスヴェルを睨みつける。しかしリリスヴェルは何食わぬ顔で応じた。
「別に良いじゃろ。妾は子どもじゃから、自分で歩けないんじゃ」
「そんなに魔力ある子どもがいるわけないでしょ! さっきまで冒険者嫌いって言ってたのに!」
コンの追及に、リリスヴェルはフンッと鼻を鳴らす。
「普通の冒険者が嫌いなだけじゃ! マオは特別って言ってたのは、其方じゃろー?」
「ぐぬぬ……良いから離れてー!」
必死のコンと、それをからかうようなリリスヴェル。そんな二人の様子に僕は思わず苦笑してしまった。
──すると、それまで楽しげだったリリスヴェルが「む?」と、何か異変に気が付いたように顔を上げた。
僕もそれにつられて周囲を見渡すと、会場中の魔物たちが困惑したような顔でざわめいているのが見えた。
「魔王さまが小さくなっちゃったぞ?」
「俺たちこれからどうすれば良いんだ?」
そんな不安げな声が僕の耳にも届いてくる。
それを見たリリスヴェルは僕の腕からフワッと軽やかに飛び上がり、競技場の上空へと舞い上がった。
そして全員にはっきりと聞こえる、直接脳に響いてくるような声で高らかに宣言し始めた。
「妾はこれから冒険者マオと共に過ごすこととした! 其方たちは引き続き妾の配下として、一緒にマオの所に来るのじゃ! 皆で楽しく暮らそうではないか!」
その声を聞いた魔物たちの顔から困惑が消えて、安心と喜びの表情へと変わっていく。
リリスヴェルは、満足げに頷いた。
「それではさっそく、お引越しじゃあ!」
◇
何万単位で行われることになった盛大なお引越し。
巨大フクロウのソロモンさんが「こんなに大人数を送るのは疲れるからイヤじゃ」と言ったことで、僕たちは皆で歩いて帰ることになった。
会場から出ようとする魔物たちで、通路は一時的な大混雑だ。
全員が競技場から出た後、リリスヴェルはお城と競技場の方向をジッと見つめていた。
「妾の城に冒険者が住み着いたりしたら、キモいのう」
そう呟いたかと思うと、リリスヴェルは唐突に右手を突き出した。
そしてその手から放たれた黒いビームがお城と競技場を瞬時に貫いて──盛大に爆発した。
リリスヴェルから立て続けに発射される漆黒のビーム。
チュドーン! という轟音と共に、巨大な城と競技場が瓦礫と化し、みるみる内に更地へと変わっていく。
「うむ。こんなもんじゃろ」
呆然とする僕の隣で、リリスヴェルは満足げに頷いていた。
「リリス……小さくなっても、すごく強いんだね」
「まぁの?」
幼女の姿になっても規格外の力を持つリリスヴェルに、僕は感心する。
するとリリスヴェルが甘えた声で僕に手を伸ばしてきた。
「……でも、疲れたー。抱っこしてー」
その途端、すぐさま横からコンのツッコミが飛んできた。
「そんなに強い奴が何言ってんの! 自分で歩きなさいっ!」
結局、僕がコンの背に乗り、その腕の中にリリスヴェルがすっぽりと収まる形で落ち着いた。
僕たちを先頭に、後ろには万を超える大勢の魔物たちがゾロゾロと着いてくる形で、僕たちはのんびり家へと帰り始めた。
◇
皆でしばらく歩いていると、ある問題が起きた。
僕たちが進む道の先に、ものすごい数の冒険者たちが待機しているのが見えたのだ。
ただ、冒険者たちの様子は臨戦態勢というよりは、僕たちを見に来た野次馬のような雰囲気に見えた。
武器を構えている者は少なく、多くが遠巻きに僕たちを見つめている。
(そんなに敵意は無さそうだけど……このまま戦いにならないと良いな……)
僕が少し身構えていると、僕に抱きかかえられるようにコンの背中に乗っていたリリスヴェルがボソッと呟いた。
「ウジャウジャと目障りじゃのう……」
そしてリリスヴェルは冒険者の方を指差したかと思うと──その指先から黒いビームを一直線に発射した。
黒いビームは冒険者たちの前方で爆発し、勢いよく土煙が舞い上がった。
その瞬間、冒険者たちは蜘蛛の子を散らしたようにあっという間に逃げ散っていく。
「ただの威嚇射撃じゃ。平和的で偉いじゃろ?」
リリスヴェルは得意げに僕を見上げてきた。
「うん……偉い、のかな?」
ちょっと過激ではあるけど……確かに冒険者たちは逃げてくれた。どうやら戦いにはならなそうだなと、僕は少し安心した。
……ところが、遠くの方に一人だけ逃げないで残っている冒険者がいた。
金色の鎧を身につけた、金髪の西洋風の男性だ。先ほどの爆発に巻き込まれたのか、その金の鎧は泥だらけになっているように見える。
それを見たリリスヴェルが心底嫌そうな声を出した。
「ゔっ。またあのゴキ〇リかよ……」
「……また? リリスの知ってる人なの?」
僕の問いに、リリスヴェルはうんざりしたように答える。
「知ってるというか……あいつ、ずっと妾に付き纏ってくるヤバいやつなんじゃ」
「ヤバいやつ?」
「うん。味方を囮にして突撃してきたり、城の裏口からこっそり侵入してきたり、地下から土掘ってきたり、とにかくしつこいんじゃ」
「そうなんだ……」
「何回も何回も殺してるのにまた沸いてくるし、マジでゴ〇ブリなんじゃ。あいつのせいで妾、最近寝不足なんじゃよ……」
僕の胸の中で、リリスヴェルは心底疲れたようにため息をついた。
(リリスにここまで言わせるなんて、すごい人もいたもんだな……)
冒険者たちが蜘蛛の子を散らす中、僕たちはのんびりと歩き続ける。
一人だけ逃げないで残った金色の鎧の男性との距離が、段々と近づいてきた。
僕の腕の中で、リリスヴェルが苦々しげに呟く。
「なんじゃあのきったない顔は……ボロ雑巾じゃないか……」
(ボロ雑巾か……)
……確かに。何故かその男性の顔は、涙と汗と鼻水でグジャグジャになっていた。
泥だらけの鎧と相まって、言っちゃ悪いがボロ雑巾という表現が的を得ているように感じてしまった。
その人は、先ほどから何かを叫んでいるようだ。距離が近づいたことで、男性の声が段々と聞こえるようになってきた。
「俺の栄光を……、俺の【世界に自由を描く者】を返しやがれぇぇええ!!」
(……? 返せって言ってる? 何かを盗まれたのかな?)
僕は思わずリリスヴェルに尋ねた。
「リリス、あの人から何かを盗ったの?」
「いや、何も盗っとらんぞ? むしろアイツが妾の城から色々盗もうとしてたぞ……。てかアイツ、マオに向かって叫んでね?」
(えっ、僕?)
言われてみれば、確かにその視線は僕に向けられているようだ。そして男性はさらに叫んだ。
「真の勇者の証を! 俺の【世界に自由を描く者】をがえぜぇぇえ! そのフードを取って顔を見せろぉぉぉおお!!」
(フードって……本当に僕に言ってるっぽいぞ?)
涙と汗と鼻水と、色んなものが混ざり合った顔で、ツバを撒き散らしながら絶叫している男。
それを見たリリスヴェルがさらに眉間にシワを寄せた。
「やっぱりマオじゃね? あのゴキブ〇、マオの知り合いなのか?」
そう言われて僕は、その男性を改めてよく見てみる。
金髪の長髪に、西洋風の整った顔立ちの男性だ。今はとんでもない形相だけど、多分普段は超絶イケメンなんだろう。
(僕にそんな知り合いは……いないな?)
そもそも僕に外国人の友達はいないし、英語も喋れないから【通訳】ジョブまで選んだのだ。
「いや……やっぱり知らない人だよ」
「ふーん? じゃあこいつがオカシイだけじゃな。──死ね〇キブリ。二度と現れんな」
リリスヴェルはそう言うと、考える素振りも見せず、指から迷わず黒いビームを発射した。
「クソォッ! グッソォォォォォォォオオオ!!!」
次の瞬間、男は断末魔の叫びをあげながら爆発の光に包まれ──そのまま消し飛んでいった。
「大丈夫、アイツら死んでも死なんから。さぁ行こうぞ」
リリスヴェルは、まるで石ころでも蹴り飛ばしたかのようにあっけらかんと言った。
そして僕たちの前には──もはや一人の冒険者もいなくなっていた。
何も遮るもののない長い一本道を、僕たちは再び皆で、のんびりと家路についたのだった──。
明日、最終話まであと4話を一括投稿します!




