第40話「ワールドクエストアナウンス」
僕がゴールへ飛び込んだのとほぼ同時。
僕のすぐ横をまるで空間をねじ曲げたかのような黒い閃光が駆け抜けた。
そしてその光が伸びた先に──魔王リリスヴェルが何事もなかったかのように涼しい顔で立っていた。
(あの光は、リリスヴェルさんだったのか……!)
僕の横を追い越したあの閃光が、リリスヴェルの超高速の走りだったことに今更ながら気がついて、僕は戦慄した。
「マオよ。中々に良い勝負じゃったの」
その深紅の瞳が満足げな光を宿して、僕を見つめる。
「はい……! あの、どっちが勝ったんですか?」
「わからん。ほとんど一緒じゃったな。……おっ、ビデオ判定みたいじゃぞ」
リリスヴェルが指す方向──会場の大型モニターに、ゴールの瞬間のスロー映像が映し出される。
会場には興奮した様子のアナウンスが響き渡っている。
◇◆◇
『さあミチオさん! 運命のビデオ判定ですね! 会場の誰もが固唾を飲んでモニターを見つめています!』
『はいシャベリンさん。スロー映像でじっくりと見ていきましょう。この世紀の接戦、どちらに軍配が上がるのか……』
『さぁ映像が動き出した! アンカーのマオ選手がゴールラインに迫っています! これまでのリードをしっかり守りきれるか?』
『見てくださいシャベリンさん。後ろからリリスヴェル選手が一気に追い上げてきましたよ。スロー映像とは思えない、とてつもないスピードです』
『マオ選手との差がみるみるうちに縮まっていく! ゴールまであと数センチ! しかしリリスヴェル選手がすぐ真後ろに! 間に合うのかマオ選手ーっ! そして……っ!』
『おお……! これは……はっきりと見えましたね、シャベリンさん!』
『はい……! 今、確かにマオ選手が……! マオ選手がゴールラインを先に通過いたしましたーっ! 逃げ切った! 優勝はチームマオだーっ!!』
◇◆◇
スロー映像には、僅かだが確かに先にゴールに辿り着く僕の映像が映っていた。
スロー映像を見た会場中から、爆発したかのような大歓声が巻き起こった。
地鳴りのように響く歓声、魔物たちの咆哮。大興奮に包まれる会場を見渡しながら、リリスヴェルが静かに呟いた。
「妾たちの負けか……。中々やるではないか」
その言葉には悔しさよりも、どこか晴れやかな感情が滲んでいた。
「ありがとうございます……! リリスヴェルさんもすごいスピードでしたね……!」
僕も興奮冷めやらぬまま、素直な感謝と賞賛を口にする。
リリスヴェルは再び、色んな種族が入り乱れる観客席を見渡す。
言葉は通じなくとも、その顔はどれも楽しそうに盛り上がっている。
「負けはしたが……不思議と良い気分じゃ。楽しかったぞ、マオ」
「僕も、すごく楽しかったです」
そう言って、僕とリリスヴェルは顔を見合わせて笑い合った。
──その時だった。
急に会場全体が、ざわめきとどよめきに包まれ始めた。
(ん……? なんか、雰囲気が変わったぞ……?)
僕が戸惑っていると、何処からともなく驚きの声が聞こえ始めた。
「えっ、なんで俺、お前の言葉がわかるんだっ!?」
「ホントだ! 喋れるぞ!?」
「言葉が……言葉が通じるようになった!!」
どうやら僕の【魔物通訳】スキルが、友好度の条件を満たしたことで、会場中の魔物たちが話せるようになったみたいだ。
突然言葉が通じるようになった驚きと、これまで不可能だった「会話」への喜びが会場中に伝播していく。
そして、その全ての感情が──同時に爆発した。
「「「「うぉぉぉおおおお!!!!」」」」
これまでで一番の、大歓声。
魔物たちは皆、嬉しそうに抱き合ったり、笑い合ったりしている。
あまりの感動に涙を流しながら喜んでいる魔物も沢山いた。
「ありがとうマオー! リリスヴェルさまー!」
「やったぞ! 俺たち喋れるようになったんだ!!」
(す、すごい……なんて平和な空間なんだ……!)
同じ空間にいる様々な種族の魔物たちの言葉の壁がたった今、無くなった。
今この瞬間、ここにいる全員が、その一つの大きな喜びを純粋に分かち合っている。
この広い会場から溢れるほどの圧倒的な平和の波に、僕の胸は震えた。
そしてその様子を見ていたリリスヴェルの白い頬に──キラリと光る一筋の涙が、音もなく伝った。
「リリスヴェルさん……」
「ち、違うぞ! これはただすごく……すごく、嬉しいだけじゃ!」
慌てて涙を拭おうとするリリスヴェル。その声は感動で上ずっていた。
「はい……すごく、わかります」
僕もまた、心の底から同じ気持ちだった。
◇
その時。コンたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「マオー! やったね!」と喜ぶコン。その白い体を、僕は強く抱きしめた。
「俺たちが優勝だ!」とイタゾウが手のカマを突き上げた。
「よくがんばったなマオっ!」と、ゴブオが僕の肩を叩いた。
「うん、皆ありがとう!」
僕たちは互いに健闘を称え合い、喜びを分かち合った。
◇
その様子を穏やかな表情で見ていたリリスヴェルが、ふいにコンに尋ねた。
「九尾の……コンよ。マオと一緒にいるのは、楽しいか?」
リリスヴェルの問いに、コンは胸を張って迷わず答えた。
「うん、すっごく楽しいよ! マオは優しいし、それに色んな魔物と友達になって、幸せにしてあげられるんだからっ!」
「そうか……『色んな魔物と友達になって、幸せにする』……それはまさに、妾の夢そのものかもしれんのう」
リリスヴェルは遠い目をして、何かを深く考えているようだった。
そして少しの間を置いた後、何かを決心したかのような顔で僕に告げた。
「決めたぞ、マオ。冒険者との闘いは、一旦やめじゃ。妾も其方と一緒に過ごすこととする」
「えっ?」
僕の返事を聞かずに、リリスヴェルは話を続けた。
「この体のままだと、冒険者に闘いを挑まれたりして何かとダルいからの。一旦、昔の姿に戻るわ」
「む、昔の姿に戻る?」
戸惑う僕をよそにリリスヴェルは突然グッと踏ん張ると──空高く跳躍した。
そして遥か上空、競技場の観客席よりもずっと高くでリリスヴェルの身体が白い光を放ち始め──大爆発した。
(えぇっ!? 爆発!? なに、どういうことっ!?)
あまりに急な展開に、僕は戸惑いを隠せない。
リリスヴェルが巻き起こした爆発に空気が震え、その衝撃波が辺り一面を駆け抜けた。
その爆発は会場の上空に漂っていた雲を全て吹き飛ばす。
そして僕たちの頭上に──吸い込まれるような青空が広がった。
その雲一つない青空から、何かを叫ぶ声が聞こえてくる。
「おーい!」
見上げると遥か上空から何かが降ってくる。よく見るとそれは──幼い女の子だった。
「マオー! キャッチしてくれー!」
「えっ? えぇぇぇえええ!?」
(空から幼女が降ってきたァ!?)
突然のことに思考が追いつかないまま、僕は両腕を広げてその幼女を──なんとかキャッチした。
(ちゃんとキャッチできた……! さすが高レベルのステータス……!)
そして僕の胸に舞い落ちてきたのは、やはり漆黒のドレスを纏った幼女だった。
艶やかな黒髪は光を反射して輝き、深紅の瞳がキラキラ揺れている。この見覚えのある顔は……。
「リリスヴェルさん!?」
「うむ、リリスで良いぞ。よろしくなマオっ!」
そう言って、僕の胸の中で無邪気に笑うリリスヴェル。
(まさか、今さっきまで威厳に満ちた綺麗なお姉さんだった魔王が、こんなに可愛い女の子に変身するとは……)
僕が呆然としていたその時、頭の中にシステムからのアナウンスが響き渡った──。
《ワールドクエスト【黒蝕の胎動、自由を紡ぐ剣】を達成しました!》
《ワールドクエスト達成ボーナスとして、【超高難度交流経験値】を500,000ポイント獲得しました》
《成長テーブル【神獣ステージⅢ】適用。経験値が規定値に達しました。キャラクターレベルが 68 から 77 に上がりました》
《ジョブ【通訳】のレベルが 34 から 38 に上がりました》
《ステータスポイントを 90 獲得しました。自動割振を行います》
《特別称号【自由の救世主】を獲得しました》
《おめでとうございます! キャラクターレベル77、World Canvas Onlineにおける最高レベルに到達しました》
《特別称号【世界に自由を描く者】を獲得しました》
そして立て続けに、世界中に響き渡るような荘厳な鐘の音が鳴り響く。
ゴーン……ゴーン……
《ワールド・アナウンス:
World Canvas Onlineをプレイされている全ての冒険者にお知らせ致します》
《ただいまの時をもって、混沌の魔王リリスヴェルとの戦いの終息が確認されました》
《ワールドクエスト【黒蝕の胎動、自由を紡ぐ剣】を達成! 世界の自由が守られました!》
《プレイヤー名「マオ」が特別称号【自由の救世主】を獲得しました》
《プレイヤー名「マオ」が、
World Canvas Onlineにおける最高レベルに到達しました》
《特別称号【世界に自由を描く者】がプレイヤー名「アーサー」から、プレイヤー名「マオ」へ移動しました》




