第37話「混沌の魔王リリスヴェル」
ものすごいスピードで放たれた漆黒の光線。
僕目掛けて真っ直ぐに伸びてきて──目の前で激しく爆ぜた。
轟音とともに黒い煙が巻き起こる。僕は身動き一つ取れずに立ち尽くしていた。
「え? 僕死ん……え?」
突然の事態に、僕は何が起きたのか飲み込めずに呆然としていた。
僕の前にはコンとソロモンさん、そしてゴブリン父ちゃんが、僕を庇うようにして立っていた。
彼らが僕に向かって放たれた光線を間一髪で防いでくれたようだった。
「マオは私たちの友達だよ。急になんてことするの?」
コンが普段の甘えた声からは想像もつかない鋭い口調で魔王さま──リリスヴェルを睨みつけた。
「ほう……紛れ込んだ虫ケラかと思ったら、其方たちの友人と申すか」
リリスヴェルの視線はどこまでも冷たく僕のことを射抜いてくる。
あまりの威圧感に心臓が握りつぶされそうだ。声すら出せず、体が震えてきた。
「冒険者なぞ虫ケラしかいないだろうに……。九尾よ、其奴が他の冒険者と何が違うというのじゃ?」
「マオは虫ケラじゃないよ! とっても優しいの!」
コンが必死に反論する。
「フン……死にかけから復活したかと思えば、ずいぶんとくだらん冗談を言うようになったのう、九尾よ」
リリスヴェルは冷淡に言い放ち、場の緊張感がさらに高まる。
──その時、ソロモンさんが二人の間に入ってくれた。
「ホッホ、そうカッカするでないぞリリス。このマオは中々に骨がある男じゃぞ?」
ソロモンさんの言葉にはどこかユーモラスな響きがあり、場の空気をわずかに和ませた。
それを聞いたリリスヴェルが数秒間黙り込んだ。その深紅の瞳がソロモンさんをジッと見つめ、何かを測るような沈黙が続く。
「ふむ……まあ良い。其方たちと争うつもりはないからの。三人の顔に免じて特別に生かしてやろう、冒険者よ」
「あ、ありがとうございます……」
僕は震える声で、ようやくお礼の言葉を絞り出した。
(こ、こわい……。この人がアナウンスにあった混沌の魔王で間違いないな)
僕はメニューから新しく見れるようになっていたワールドクエストの内容をこっそり確認する。
(オーブを六つ集めていて、全部揃うと世界が滅びるのか……とんでもない話だな)
僕がクエスト内容に戦慄していると、ゴブリン父ちゃんがリリスヴェルの方へ近づき、緑色のオーブを差し出した。
「ほれリリスヴェル。確かに返すぞ」
「うむ。確かに受け取ったぞゴブヘイ。……長い間ありがとうな」
ゴブヘイと呼ばれた父ちゃんに、リリスヴェルは驚くほど穏やかな声で感謝を述べた。
(この魔王さま、僕には怖いけど皆には友好的なんだな……)
その態度の差に疑問を持った僕は、勇気を振り絞って尋ねてみることにした。
「あの……」
「……なんじゃ、冒険者よ?」
再び僕に向けられる鋭い視線。目が合った瞬間、ゾクリと背筋が凍る。
(や、やっぱりこわい……!)
「えーと……どうして、そのオーブを集めているんですか?」
「どうしてって……このオーブが元々、妾のモノじゃからに決まっているじゃろ」
リリスヴェルは当然のように答えた。
「あ……そうなんですか?」
「うむ。訳あって長い眠りにつく必要があったからの。オーブを護れる力のある者に預けておっただけじゃ」
リリスヴェルは面倒くさそうに説明し、そして少し間を置いてボソボソと呟いた。
「……妾がオーブを集めるのを冒険者が必死で邪魔してるっぽいが、妾からしたら意味不明じゃ。……冒険者ってマジ鬱陶しすぎなんじゃ」
「そ、そうなんですね……」
(魔王さまにとっても言い分があるんだな。別に世界を滅ぼそうとしているわけじゃないのか……?)
「あの……ちなみに、オーブが全部集まったらどうするんですか?」
「別にどうもせんけど? だから元々妾のモノじゃって言ってるじゃろが」
(あれ? ……なんかやっぱりクエストに書いてある感じと違うな?)
ワールドクエストの説明では「全てのオーブが魔王に集結すると、世界は黒く塗り潰される」と書いてあったが……それは誤解なのか?
僕が疑問に思っていると、リリスヴェルはさらに言葉を続けた。
「あー、でも冒険者共はいっぺん根絶やしにしようかの? あいつらウザすぎじゃし」
(やっぱり違くなかった……!)
僕の期待はあっさり裏切られた。
……どうにかして冒険者を滅ぼさないように説得したいが、正直この魔王さまを上手く説得できる気はしない。
(この流れはまずい。せめてなんとか話題だけでも変えないと……)
と、僕が必死に頭を回転させていたその時。
「しかしリリスヴェルの冒険者ギライは変わんねぇな」
「ホッホ、全くじゃのう」
ゴブリン父ちゃんとソロモンさんが、呆れたように笑い合った。
するとその様子を玉座に座りながら見ていたリリスヴェルが──何かに驚いたように、当然その表情を変えた。
深紅の瞳が僕たちを見比べ、疑問を投げかける。
「あれ、そういえば其方たち……何で話せているのじゃ? 魔王である妾以外の魔物同士が会話できるとは……一体どういう訳じゃ?」
その時、コンが待ってましたとばかりに威勢良く話し始めた。
「それはマオの【魔物通訳】のスキルだよっ! マオはすごいんだから!」
コンは僕を自慢するように胸を張っている。
それを聞いた魔王さまは、興味深げに僕を見た。その視線が、まるで獲物を品定めするかのように僕を射抜く。
「【魔物通訳】……。それで魔物同士が話せるようになるのか?」
「は、はい。一応そうなってます……」
(良かった……上手いこと話題が逸れてくれたみたいだ)
「ふーん。……そのスキルさ、めっちゃ便利じゃね?」
意外にもリリスヴェルは、とても率直な感想を述べた。
「そ、そうですかね?」
その反応に戸惑いつつも、僕は相槌を打つ。
「うむ。そのスキルがあれば、魔物の世界が変わるぞ? 超絶神スキルじゃ」
(そうなのかな……? なんかやたらと食いつきが良いな)
その時、魔王さまがおもむろに立ち上がり、玉座から僕の目の前まで歩いてきた。
一歩一歩と真っ赤な絨毯を踏みしめる度に、彼女の放つ威圧感が強まっていく。
(な、なんだっ!? こわいこわい……! あ……すごく良い匂い……)
目の前に立つリリスヴェルから、甘く魅惑的な香りが漂ってきた。
その香りのせいか、それとも恐怖のせいなのか。僕の心臓は跳ね上がり、呼吸が浅くなる。
……なんだかクラクラして、頭が回らなくなってきた。
「其方、マオといったな。そのスキル、我が配下にも掛けろ」
リリスヴェルは僕のすぐ前に立って目をジッと見つめながら、命令するように告げた。
「はい……喜んで……ってイダッ!?」
突然足に痛みが走る。見るとコンの狐の足が僕の足を踏みつけていた。
(無意識に答えるところだった……助けてくれてありがとうコン。……ってコンの目がなんか冷たいな……?)
……おっと、今は早く返事をしなくちゃ。
僕は気を取り直してリリスヴェルの命令に答える。
「えっと、僕のスキルにはある条件があるんです」
「ほう……どんな条件じゃ?」
リリスヴェルは興味津々といった顔で聞き返す。
「はい。魔物同士で会話するためには、僕と一定以上の友好度になる必要があるんです」
「友好度……。つまり其方と仲良しになると言うことか」
リリスヴェルは、僕の言葉をゆっくりと反芻する。
「はい。多分ですが、誰か一人と仲良くなれば、その種族単位で効果があるはずです」
「ふーん? やっぱり神スキルじゃのう。……とは言っても妾の配下ってめっちゃ色んな種族いるからの……」
リリスヴェルが腕を組み、難しい顔で呟いた。ソロモンさんもその言葉に同意する。
「ふむ。それぞれと交流してたら時間がいくらあっても足りないのう」
玉座の間に沈黙が流れる。
(まずい、また会話が途切れてしまった……!)
このままではまた冒険者を根絶やしにする話に戻ってしまうかもしれない。
何とかしなければ、と僕はまだ若干クラクラしている頭で必死に考える。
言葉の通じない魔物たちと、一気に仲良くなる方法……。
(……あっ!)
一つのアイデアが、僕の脳裏に閃いた。
「あの……僕に考えがあります。もしかしたら、みんないっぺんに仲良くなれるかも?」
僕は焦る気持ちを抑え、恐る恐ると提案した。リリスヴェルが眉を上げて僕を見つめる。
「ほう……なんじゃ、申してみよ」
その声には、わずかな好奇心が混じっているように聞こえた。
皆の視線が集中する中、僕はそのアイデアを口にした。
「はい、それはですね──」




