第32話「コンの覚醒・進む世界」
光の粒子がキラキラと舞い、その中心に巫女姿のコンが精悍な顔つきで佇んでいる。
その光景はとても幻想的だった。
(あっという間に全員倒しちゃった……コン、すごかったな……)
僕がコンの圧倒的な力に感嘆していると、頭の中に無機質なアナウンスが響いた。
《既定の戦闘経験値を満たしました》
《魂共鳴中の【神獣:九尾の狐“コン”】が一段階覚醒しました。神獣ステージⅢに移行します》
(おお! なんだかコンが覚醒したみたいだ)
アナウンスが消えると、コンがハッとしたように顔を上げ、何かを深く考え始めた。
その表情には先ほどまでの無邪気さはなく、どこか遠くを見つめるような真剣なものだった。
「コン、お疲れさま。すごかったね」
僕が労いの言葉をかけると、コンはゆっくりとこちらを振り向いた。
「ありがとう……あのねマオ、私……思い出したの」
「思い出した?」
「うん。マオと初めて会った日、樹海で目覚めるよりも、もっと前のこと」
(!!!)
初めて会った日、コンは確か『気が付いたら森の中にいた』と言っていた。
それよりも前の記憶。一体、何を思い出したのだろう。
コンは真剣な表情で続ける。
「マオ、確かめたいことがあるの。今から一緒に樹海に行ってくれる?」
僕を真っ直ぐに見つめるその瞳は、有無を言わせないほどの真剣な光を宿している。僕は迷うことなく頷いた。
「わかったよ、すぐに行こう」
そう僕が答えた、その時だった。
「いやあ、大義であった!」
僕たちの目の前に、見るからに上級武士といった風貌の侍が数名、近づいてきた。
その中でも特に位の高そうな人物が、威厳のある声で僕たちに語りかける。
「此度の貴殿らの活躍、誠に見事。この武功、見過ごすわけにはいかぬ。褒美がある故、ヒノモト城まで参られよ」
恭しく頭を下げて、侍が僕たちを城へ招こうとする。
……だけど僕たちの心は、もうすでに別の場所にあった。
僕とコンは無言で目を合わせ、頷きあう。そして──城下町とは反対方向へ一目散に走り出した。
「これ何処へゆくっ!?」
武士の怒鳴り声が飛ぶ。
「ごめんなさいっ!」
僕は思わず謝るが、その足は止めない。
「おいッ! 褒美はぁ!?」
「せめて名を名乗られよっ!!」
背後から侍たちの困惑した声が聞こえるが、僕たちは構わずに全力でその場を後にした。
そしてある程度距離が離れたところで、この前覚えた新スキル【以心伝心】でソロモンさんへ連絡を取り、僕たちが初めて出会った場所まで送ってもらった──。
◇
樹海に着いた時、コンはもう美少女巫女さんではなく、いつものフカフカの九尾の姿に戻っていた。
「マオ、私の背中に乗ってしっかり捕まっててね」
僕がその背中に跨ると、コンは樹海を風のように駆けていく。
木々が視界の端をものすごいスピードで流れ去っていく。そしてある場所でコンはその走りをピタリと止め、小さく呟いた。
「……ここだ」
「ここ……が、どうかしたの?」
コンが僕を降ろして、とある一点を見つめる。その場所は……何の変哲もないただの樹海の景色だった。
強いて言うなら樹海には珍しく木が生えていない広いスペースがあるが、それだけ。
周りを見渡せば、ひたすらに木に囲まれているだけの空間が広がっている。
一体、ここで何があったというのだろう?
「マオ、ここで少し待ってて」
コンはそう言うと、何の木も生えていない広めのスペースの前に進み出る。
そしてそこで目を瞑り、何か集中し始めた。
静寂が僕たちを包む。聞こえるのは風の音と、木の葉が揺れる音だけ。
ついさっきまで活気溢れる城下町にいたことが、まるで夢だったみたいだ。
しばらくすると、コンの体がポウッと淡く、白く光り出した。
そしてその体から放たれる光が徐々にその輝きを強めていく。
コンが小さな声で何かを呟いているのが聞こえたが、風の音にかき消されて、僕には聞き取ることができなかった。
さらに光が強くなる。あまりの眩しさに僕は思わず目を瞑った。
◇
「……マオ、目を開けて」
「うん……えっ!?」
コンの声に促され、ゆっくりと開いた僕の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
さっきまで何もなかったはずのただの樹海に、突如として神聖な雰囲気を纏う稲荷神社が現れていたのだ。
鮮やかな朱色に塗られた鳥居がそびえ立ち、その奥には瓦屋根の厳かな本殿が見える。
周りには結界を示すかのように白い注連縄が厳重に張られ、空気はヒンヤリとしてどこか身が引き締まるような清らかな気配に満ちている。
まるで古の時代から存在したかのような、威厳ある稲荷神社だった。
「……ここは?」
僕はあまりのことに言葉を失いながらも、コンに尋ねた。
「うーん。私の前の家、かな……?」
コンはどこか自信なさげに、曖昧な返事をした。
「マオ、中に入ろう。そこで説明するね」
「……うん」
僕たちは真っ赤な鳥居をくぐり、厳かな雰囲気の稲荷神社の中へ足を踏み入れた。足元には参道が奥へと続いている。
辺りは清浄な空気に満ちていて、さっきまでの樹海とは明らかに違う空間だった。
「こっちだよ」
コンの声に導かれるまま、神社の奥へと進んでいく。
本殿へと続く階段を上って扉をくぐると、その空間はひときわ神聖な雰囲気に満ちていた。
中央には、簡素ながらも立派な祭壇が据えられている。
木製の祭壇の上には厳かに布が敷かれ、その上に──手の平サイズのまん丸い紫色の玉が飾られていた。
(これは……ソロモンさんが持っているのと同じオーブ……?)
僕がソロモンさんの持つオーブを思い出したその時。
コンはその紫色のオーブをジッと見つめながら、遠い過去の記憶を語り始めた。
その声はどこか夢見るようで……しかし、はっきりと僕の耳に届いてくる。
「昔……私は力が弱まってしまって、この樹海で動けなくなって……もう死んじゃうのかなって思っていたの」
「その時にね、一人のお姉さんが私の前に現れて……この玉をくれたの」
コンは大きな狐の手で、祭壇の上の紫色のオーブを優しく指し示した。
「お姉さんはこう言った。『このオーブを使えば、お前は今の窮地を乗り越えられる』って」
コンは、さらに言葉を続けた。
「そして『ちょうど妾もオーブを預かれる強者を探しておったのじゃ。このオーブで力を蓄える代わりに、しばらくの間預かっていてくれ。……いずれ返してもらうがの』……って」
(預かる……。そういえばソロモンさんも、古い友人から預かっているって言ってたような……?)
「それから私はオーブの力で、この神社と結界を作って……ここでずっと眠っていたの。そしてマオと初めて会った日に、眠りから覚めたんだ」
コンの記憶を辿る旅が終わった。
祭壇にある紫色のオーブが、微かに光を放っているように見えた。
「……じゃあコンは、このオーブをそのお姉さんに返しに行くの?」
「うん。これを持っていれば、その時が来ればわかると思う」
コンはオーブから目を離さずに言った。その瞳にはかつて自分を救ってくれた人への、感謝の念が宿っているようにみえた。
「そっか……。僕にも何かできることがあれば、手伝うよ」
(そこまでの力になれる気はしないけど……)
「うん。ありがとう、マオ!」
でもコンは僕の言葉に、嬉しそうにフカフカの尻尾を揺らして答えてくれた。
その時だった。
突如として、世界に響くような荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
ゴーン……ゴーン……
そして鐘の音に続くように、僕たちの頭の中にアナウンスが響き渡る。
《ワールド・アナウンス:
World Canvas Onlineをプレイされている全ての冒険者にお知らせ致します》
《世界の理を司る六つの【創世のオーブ】が、その六つ目を世界の前に姿を現しました》
《オーブの名は【叡智のオーブ】》
《発見者の偉業を讃え、ここに唯一無二の称号を授けます》
《プレイヤー名「マオ」が、称号【叡智の発見者】を獲得しました》
《世界に存在する六つの【創世のオーブ】、その全てが、冒険者により確認されました》
《World Canvas Onlineが、新たなステージへと移行します》
《【終末の平原】に、【混沌の魔王城】が出現します》
《明日午前零時より、ワールドクエスト【黒蝕の胎動、自由を紡ぐ剣】を開始します》




