第31話「緊急クエスト発生」
町中にカンカンと響く、警戒を知らせるような不穏な鐘の音。
一人の青年が走りながら叫んだ。
「鬼の襲来だー!」
先ほどまで活気に満ちていた城下町は、一瞬にして混沌と恐怖に包まれていく。
人々が走り回り、混乱の渦が広がる中、僕とコンは呆然と立ち尽くしていた。
「……え? なにこれ……?」
僕が困惑の声を漏らすと、エイプリルフーラーさんが、事態を冷静に分析するように話し始めた。
「これは【ヒノモト城下町防衛戦】だね。この町特有のイベントで、定期的に鬼の軍勢が攻めてくるんだ。NPCの侍たちが防衛して一定時間でいなくなるんだけど、冒険者も一緒に戦うことができる」
エイプリルフーラーさんは、周囲の混乱をまるで他人事のように眺めている。
「……鬼の大将は【夜霧坊】だ。今まで二回だけ大レイドで討伐されている強ボスだよ。初代が赤で二代目が青。今の三代目は緑色だね」
(豊富なカラーバリエーションだな……)
状況を把握したコンの表情が、一瞬にして真剣なものに変わった。
先ほどまでの無邪気さは消え、巫女服に身を包んだその姿からはどこか神聖な気迫が漂う。
「マオ、鬼のところに行ってみよう」
コンは僕の腕を掴む手に力を込め、真っ直ぐに鬼の出現方向を指差した。
その瞳には強い意志が宿っている。
「そうだね……エイプリルフーラーさんはどうしますか?」
僕が尋ねると、エイプリルフーラーさんはにこやかに肩をすくめた。
「俺はちょっと用事があるから、ここで抜けるよ。また遊ぼうな、二人とも」
そう言い残すと、エイプリルフーラーさんは人混みに紛れるように、あっという間に姿を消してしまった。
(行っちゃった……すごく自由な人だったな)
二人になった僕とコンは顔を見合わせ、深く頷いた。
そして悲鳴と怒号が響く騒動の先、ヒノモト城下町の外へと向かって僕たちは走り出した──。
◇
城下町を飛び出すと、目の前には広大な平原が広がっていた。
城下町の入口では大勢の侍たちが抜刀し、防衛線を張っている。
その彼らの視線の先、遠くの方から「ドドドッ」という地響きを立てながら、鬼の軍勢がこちらへ迫ってきていた。
「マオ、あの走ってきてるのが鬼だね? 話し合えばきっと街を襲うのを止めてくれるよ。止めにいこう!」
コンは真っ直ぐに、襲来する鬼の方を見つめた。その瞳にあるのは純粋な優しさだ。
その時、頭の中に無機質なアナウンスが響いた。
《緊急クエスト【ヒノモト城下町防衛戦】が発生しました。参加しますか?》
アナウンスが終わると同時に、世界の時間がピタリと止まった。
僕の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【参加する】【参加しない】という二つの選択肢。
(コンも乗り気だし、僕たちなら戦わないで解決できるかも……!)
僕が意を決して、【参加する】の項目を指でタップすると、止まっていた世界が再び動き出す。
喧騒と地響きが戻り、風が肌を撫でた。
「そうだねコン。もしかしたら、なにか理由があって襲っているのかもしれない」
僕とコンは目を合わせると力強く頷いて、二人同時に走り出す。
「待て! 無茶だ!」
「戻りなさい!」
侍たちの静止の声が飛ぶが、僕たちはそれを振り切り鬼の軍勢へと向かって走り出した。
◇
彼らの前まで辿り着くと、鬼たちはその歩みをピタリと止めた。
その数は……百人以上はいるだろうか。赤や青の肌をした様々な鬼たちが、禍々しい武器を手にこちらを睨みつけている。
その中央に立つひときわ巨大な緑色の鬼が、地を揺らすような低い声で尋ねた。
「我は鬼の大将【夜霧坊】だ。なんだ、お前らは?」
「私はコンだよ。あなた達はどうして人間たちの街を襲うの? ……仲直りできないかな?」
コンは鬼の大将の前に怯むことなく進み出て、真っ直ぐに問いかけた。
しかし大将はフン、と鼻を鳴らす。
「仲直りだと? ケヒャヒャヒャ! 我らはただ、人間を蹂躙したいだけだ。弱きものを踏みにじるのが、我らの喜び! 他に理由などないわ!」
(これは……人間への純粋な悪意だ。こういうモンスターもいるのか……)
僕の知る限り、モンスターにはそれぞれ縄張りや生態系があり、明確な理由なしに人間を襲ってはこない。
だけど目の前の鬼の言葉からは、理屈を超えた根源的な悪意しか感じられなかった。
全てを見下すその下卑た表情は、どこか浅峰を彷彿とさせる。
「コン、話が通じないみたいだ。逃げよう!」
僕がコンの腕を引こうとすると、コンは首を横に振った。
「でも、このままじゃお団子屋さんが危ない……。どうしてもっていうなら、私が相手になるよ」
コンの言葉と共に、巫女服の袖から淡い光が溢れ出す。
「グルルルル!」
「殺せェ!!」
鬼の軍勢が咆哮を上げながら一斉に僕たちに襲いかかってきた。
しかしコンは動じない。
「皆ごめんね──【破邪の天光】」
彼女が両手を広げ白い光を放った瞬間──押し寄せてきた鬼の軍勢はまるで砂のようにザァッと吹き飛び、光の粒子となって消えていった。
「ケヒャッ!?」
「な、なんだとッ!?」
残った鬼たちが動揺する中、コンは軽やかに地を蹴った。
巫女のコンは踊るように鬼の攻撃をいなし、神聖な白光を纏った体術で次々に鬼を撃破していく。
その動きはしなやかで恐ろしいほどに速い。
鬼の刃が触れることはなく、コンが動くたびに鬼が光の粒子となって消滅する。
(すごい……コンってこんなに強かったのか……!)
「クソッ! 炎よ燃え盛れ!」
「氷の檻よ、囚えよ!」
残った鬼が次は一斉に魔法を放つも──それらはコンの前で、何事もなかったかのようにかき消えていく。
「【九尾の神衣】……私に、魔法の類は効かないよ」
コンの踊るような戦闘。そして気が付いた頃には──残すは鬼の大将【夜霧坊】のみとなっていた。
「お前……本当に人間なのか……?」
彼は目の前の少女の圧倒的な強さに、恐怖に震えながら後ずさる。
「私はただの……お団子が大好きな女の子だよ」
「──ッ! ふざけるなァ!!」
その言葉に【夜霧坊】は赤い目をギラつかせ、巨大な棍棒で渾身の一撃を放ってきた。
その攻撃をコンが軽やかにジャンプして避ける。
──空中へと舞い上がった巫女姿のコンが、その両手から白い光を放った。
一瞬にして光が【夜霧坊】を包み込み、大きな煙が巻き起こる。
煙が晴れた時、そこにはもう何も残っていない。光の粒子だけがコンを包むようにキラキラと幻想的に舞っていた──。
《緊急クエスト【ヒノモト城下町防衛戦】を達成しました!》
《クエスト達成ボーナスとして、【討伐経験値】を70,000ポイント獲得しました》
《成長テーブル【神獣ステージⅡ】適用。経験値が規定値に達しました。キャラクターレベルが 66 から 68 に上がりました》
《ジョブ【通訳】のレベルが 33 から 34 に上がりました》
《ステータスポイントを 10 獲得しました。自動割振を行います》
《称号【城下町の守護者】を獲得しました》
《称号効果:【ヒノモト城下町】での友好度が上がりやすくなります。また、侍系NPCからのクエスト受注率が微量に上昇します》




