第28話「いざ侍の町へ」
煙がゆっくりと晴れると、そこにいたのは、僕の知っているモフモフのコンではなかった。
巫女の衣装に身を包んだ、艶やかな黒髪のキツネ系の美少女。
白くてとんがったキツネ耳だけは、しっかりと残っている。
そのあまりにも美しい姿に、僕はしばらく言葉を失って立ち尽くしてしまった。
「え……コン……?」
思わず呟くと、その女の子は可愛らしく首を傾げ、ニッとイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
その表情は、間違いなくコンそのものだ。
「すごいでしょマオ! これが私の『妖狐変化』だよ!」
コンは自慢げに言いながら、クルリと回ってみせた。
「うん、すごいよ……! まさかこんな風に変身できるなんて……」
僕が正直な感想を伝えると、コンは嬉しそうにキツネの耳をピクピクさせた。
「……でもどうして、巫女さんの衣装なの?」
僕が疑問を口にすると、コンは「それはね!」とソロモンさんの方を指差した。
「お団子を食べるならこの衣装だってソロモンさんが教えてくれて、練習しておいたの!」
コンの言葉に僕がソロモンさんの方を見ると、彼は僕に向かって片目を閉じて、パチリとウインクをした。
(おお……なんてデキる賢者様なんだ……!)
ソロモンさんのウインクに、僕は心の中で深く頷いた。
「うん、これならバッチリだね。じゃあソロモンさんにヒノモト城下町まで送ってもらおうか」
僕がそう言うと、コンはその大きな瞳をキラキラさせながら言った。
「せっかくだから、マオもお団子を食べる格好になりなよ!」
「えっ、僕も?」
僕は思わず自分の身なりを見下ろした。僕が着ているのは、下半身が蜘蛛の女性──アラクネさんからもらった、藍色で着心地が最高なローブだ。
動きやすくて便利だけど、お団子を食べる格好かと言われると、ちょっと違う気もする。
「でも僕は、このローブしか持ってないよ」
そう言うと、コンは不思議そうな顔で僕を見上げた。
「マオも『妖狐変化』使えるよ?」
「えっ、そうなの?」
僕は驚いて、すぐに自分のスキルリストを確認してみる。
──そこには確かに、【妖狐変化】というスキルがあった。
(あっ、ホントだ……!)
どうやらコンと結んでいる魂共鳴のおかげで、僕も妖狐変化を使えるらしい。
(えーと、どうすれば良いんだろう……)
初めてのスキルに、僕は操作方法がわからず戸惑ってしまう。
そんな僕の様子を見て、コンが可愛らしく首を傾げた。
「マオの格好も考えてあるから、私に任せてくれる?」
「おお! 頼むよ」
(任せるってことは……これを選べば良いのかな?)
僕は「おまかせ変化」と表示されているボタンを押した。
その瞬間。
僕の体が淡い光に包まれ……ポンッという音とともに、真っ白な煙が巻き起こった。
煙が晴れると──僕はいつもとは全く違う姿に変身していた。
先ほどまでのローブ姿ではない。
茶色の着物に袴を纏って、腰には木刀を差している。
やけにスースーする頭を触ってみると、髪はきっちりと結い上げられ、頭のテッペンは剃り上げられた、まさに「ちょんまげ侍」の姿だった。
「わっ、すごい……!」
思わず感動の声を上げると、コンがキラキラした目で僕を褒めてくれた。
「マオ、すっごく似合ってるよ! カッコいい!」
巫女の衣装を着た超絶美少女のコンに褒められると、なんだかすごく照れてしまう。
「そうかな。ありがとう、コン」
僕が照れ隠しに頭を掻くと、コンは自慢げに言った。
「うん! 私の変化は人間には見破れないから安心してねっ」
よし、これでホントに準備万端だ。
すると、ソファにいたソロモンさんがバサッと大きな羽根を広げて言った。
「ホッホ、それじゃあさっそく城下町まで送ってやろう」
ソロモンさんは胸の羽毛から水色のオーブを取り出し、目を瞑って集中し始める。
すると、オーブが淡く光り始め、僕たちの体も同時に光に包まれた。
視界が真っ白な光に覆われる。
フワリ、と体が浮き上がるような感覚──。
◇
光が収まると目の前に広がっていたのは──まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような光景だった。
瓦屋根の建物が軒を連ね、活気に満ちた声が飛び交っている。
ちょんまげを結い上げた侍たちが刀を差して闊歩し、色とりどりの着物を着た町人たちが通りを行き交う。
屋台からは湯気と香ばしい匂いが立ち上り、子供たちが狭い路地で鬼ごっこをしている。
人々の表情は明るく、行き交う誰もがこの世界での生活を心から楽しんでいるようだった。
ここが【ヒノモト城下町】か。
(なんだか別世界に来たみたいで、すごくワクワクしてきたぞ)
目の前に広がる活気あふれる城下町に、コンは目を輝かせて「わあ! すごーい!」と声を上げた。
その無邪気な反応が、たまらなく可愛い。
「お団子屋さんはどこかな?」
僕が周囲を見回しながら呟くと、コンも同じように「どこかな?」と、僕の言葉を繰り返した。
「適当に歩いて探してみようか」
「うんっ」
そして二人で歩き出そうとした、その時だった。
コンが突然、僕の左腕にそっと手を組んできた。
「えっ、コン!?」
思わず声を上げると、コンは可愛らしい上目遣いで僕を見上げてきた。
「んー? どうしたの?」
やばい。キツネ耳の巫女姿のコンが、その大きな瞳で僕を見つめてくる。
……これはかなり、心臓に悪い。
「えっと、これだと歩きにくいんじゃ……」
僕が控えめに言うと、コンは驚いた顔をした。
「えっ、マオ知らないの? 人間の仲良しの二人は、こうやって歩くんだよ?」
「仲良しって、そうだけど……もしかしてそれも、ソロモンさんから教えてもらったの?」
「うん、そうだよっ」
コンは悪びれる様子もなく、ニコニコと答える。
(やっぱりソロモンさん……。いや、最高なんだけどさ!)
……でもいくらコンとはいえ、こんなに可愛い子と腕を組んで歩くなんて、緊張で心臓がバクバクしてしまう。
するとコンが、ウルウルした瞳で僕を見つめてきた。
その瞳はまるで、僕の返事を待つ子犬(子狐?)のようだ。
「私、マオとは仲良しだと思ってるんだけど……やっぱり、ダメかな?」
「いや全然ダメじゃないです」
(……はっ!? 気づけば即答してしまっていた。これはまさか……九尾の魔力ッ!?)
……というわけで、僕たちのお団子探しデートが始まった。
二人で腕を組んで、街の賑わいを楽しみながら、屋台の並ぶ通りをゆっくりと歩いていく。
だけど……。
「なかなか見つからないね……?」
コンが不安げに呟く。
「うん、そうだね……」
僕たちはお団子屋さんを見つけられずに、同じ場所をウロウロと何度も行ったり来たりしていた。
そんな時だった。
僕たちの様子を見ていたのか、一人の冒険者が気さくに話しかけてきた。
「お二人さん、この町は初めてかい? もし良かったら案内しようか?」
そこに立っていたのは、身の丈ほどの長剣を腰に差した、侍姿の男性だった。
顔には知的な笑みを浮かべ、少しばかり遊び人のような雰囲気を纏っている。
年齢は三十代半ばだろうか。
その立ち姿からは、ベテラン冒険者特有の風格が滲み出ていた。
まさに「イケオジ」といった風貌だ。
「はい、初めてで迷ってしまって……。あなたは?」
僕が尋ねると、男性は人懐っこく笑って名乗った。
「俺かい? 俺はフリーの冒険者をやっている、『エイプリルフーラー』って者だ──」




