第21話「世界樹の賢者」
新しく届いた依頼書を読み終わると、コンが僕に言った。
「とっても困ってるみたいだね、マオ」
「そうだね。依頼主の所に行って、話を聞いてみよう」
僕たちは依頼書を手に、お城の外に出た。
目的地は「森の図書館」。
地図を見ると、世界樹と呼ばれる大きい木が、そのまま図書館になっているみたいだ。
ちょっと距離があるな……と考えている僕に向かって、コンが言った。
「マオ、私の背中に乗りなよ! もうマオくらいなら乗せたまま走れるから!」
コンが得意げに胸を張る。
僕はお言葉に甘えて、その純白の背中にそっと跨がった。
「コン、お願いします」
「うん、じゃあいくよっ!」
と、コンが言った次の瞬間──周囲の景色がすっ飛んだ。
(わっ、速い!)
コンの走りは、風そのものだ。森の中をものすごいスピードで駆け抜けていく。
そしてそのフカフカの毛並みは、どんな高級な乗り物よりも気持ちがいい。
(これは、超爽快だ……!)
◇
あっという間に、僕たちは目的地にたどり着いた。
そして目の前の光景に、息を呑む。
天を突き破り、その頂きが雲の中に消えるほど巨大な一本の木。
葉の一枚一枚が太陽の光を浴びて、淡い金色に輝いている。
(なんて存在感なんだ。これが世界樹か……!)
……だけどその神々しい木の根元には、なんだか本のようなものが散乱していて、少し散らかっているみたいだ。
「──お前たちは、何者じゃ? この聖域への侵入者か?」
不意に頭上から、威厳のある声がした。
見上げると、世界樹の太い枝に一羽の巨大なフクロウが止まっていた。
月のように輝く金色の瞳に、森の土のように深い茶色の羽。
『賢者』と呼ぶにふさわしい風格だ。
「こんにちは。僕たちは図書館の管理人さんからご依頼をいただいた『魔物の通訳さん』です」
「おお、お主たちが通訳さんか! ワシが依頼をしたソロモンじゃ。よくぞ来てくれた。さあ中へ入ってくれ」
ソロモンと名乗った大きなフクロウは、その大きな翼を広げて僕たちを世界樹の中へと案内してくれた。
世界樹の中には広いスペースがあって、壁一面に無数の書物が収められている巨大な図書館になっていた。
(とても広くて立派だな。……だけどやっぱり、あちこちに本が山積みになっていて散らかっているな)
僕たちは沢山の書物が置かれたテーブルの椅子に、チョコンと座る。
「何も出せずにすまんのう。ワシは本を集めることしかできんでな。お茶の葉がどこにあるかすら、正直分からんのじゃ」
「いえ、お構いなく。それで、依頼書にあった『一族』というのは?」
僕がそう尋ねると、ソロモンさんはその金色の瞳を少しだけ寂しそうに伏せた。
「……オークの一族のことじゃ。大昔にワシが彼らの里を救って以来、彼らはずっとワシの仕事を手伝ってくれていた。言葉は通じなくとも、彼らはかけがえのない友人であり、助手だった」
ソロモンさんはそこで一度言葉を止め、悲しそうな表情で続ける。
「……しかし数日前から、パッタリと誰も来てくれなくなってしまってのう。理由もさっぱりわからんのじゃ」
(なるほど、それで今回の依頼ってことか。でもどうして急に来なくなったんだろう……?)
「年老いたワシだけでは、とても管理しきれん。……どうか彼らに、また戻ってきてもらえるよう伝えてはもらえないだろうか」
ソロモンさんが切実な願いを語った、その時。
僕以外の世界の時間がピタリと止まり、目の前にウィンドウが現れた。
《特殊クエスト【森の賢者の困りごと】が発生しました。受注しますか?》
【受注する】 / 【受注しない】
答えはもう決まっている。
僕が迷わず【受注する】を選ぶと、再び世界がゆっくりと動き出した。
(よし、クエストスタートだ!)
「話はわかりました。まず僕たちがオークさんたちのところに行って、話を聞いてきたいと思います」
賢者ソロモンにそう告げて、僕は再びコンの背中に乗って森を駆け出した。
◇
オークたちの集落は、世界樹から見て谷を一つ越えただけの、割と近くにあった。
そこは巨大な木々を組み上げて作られた、屈強な砦のような集落だった。
僕たちが入り口に近づくと、見張りをしていた巨大なオークが斧を構えて、僕たちの前に立ちはだかった。
「何者だ? ここはオークが治める聖なる地だぞ!」
「怪しいものではございません! 僕たちは『魔物の通訳さん』です。世界樹のソロモンさんからご伝言を預かってきました!」
僕が慌ててそう言うと、オークの態度が一変した。
「なに、賢者様からっ!? ……わかった、少し待っていてくれ。すぐに“お頭”に確認してくる!」
見張りのオークは、慌てた様子で集落の中へと消えていった。
しばらく待っていると見張りが戻ってきて、僕たちをお頭がいる場所へと案内してくれた。
集落で最も大きな建物の玉座に座る、巨大なオーク。
ゴブリンの父ちゃんと同じくらい……いや、それ以上に大きいかもしれない。すごい迫力だ。
「お前たちが、『魔物の通訳さん』かい?」
「はい。僕がマオで、こちらは相棒のコンです」
僕が名乗るとオークのお頭は、その鋭い目でジッと僕たちを見つめた。
そして、なぜソロモンさんの手伝いをやめてしまったのか。
その理由を静かに語ってくれた。
「……賢者様が我らの大恩人であることはわかっている。我らの祖先を救ってくれたのは彼だ。だからこそ我らは先祖代々、世界樹と賢者様を守護して支えることを、一族の“使命”としてきたのだ」
お頭は、一度言葉を区切る。
「しかし今の賢者様は、あまりにも……ズボラすぎる」
「……はい?」
予想外の言葉に、つい聞き返してしまった。
(いま、ズボラって言った……?)
お頭は真面目な表情で話し続ける。
「近年彼は、我らが支えることを当たり前と思っているようだ。集めてきた本はその辺に山積み。片付けは全て任せきり。ご飯も好き嫌いばっかり」
(うわぁ……それは結構ひどいな……)
「……賢者様に恩はあるが、我らは奴隷ではない。誇り高きオークだ。そのことをわかってほしくてな。少しだけ、ボイコットさせてもらっていたのだ」
なるほど……オークさんたちにも色々な想いがあったんだな。
「分かりました。その気持ち、僕が責任を持ってソロモンさんに伝えます」
「……言葉ではっきりと伝えてもらえるのは、我らにとってもありがたいことだ。我らとしても、賢者様とはこれからも良い関係を続けていきたいからな」
オークのお頭はそう言うと、満足そうに頷いた。
「よし、話は決まったな! お前たち、通訳殿を世界樹までお送りしろ!」
お頭がそう号令をかけると、周りにいた屈強なオークたちが「「「おう!」」」と一斉に声を上げる。
こうして僕とコンは、オークの世界樹担当部隊(総勢50名ほど)という、とんでもなく物々しい護衛を引き連れて、再び世界樹の下へと向かうことになったのだった──。




